※本稿は2021年3月3日配信記事『言論封殺・不法移民・学校崩壊…失われる古き良きドイツ』の続きとなります。

《グレートリセット》で社会を再建?

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【ライスフェルド・真実】ドイツ:≪グレートリセット≫で目指す伝統の完全破壊

メルケルは何を思う…
 前回見たように、「言論封殺」「大量移民とそれに伴う学校崩壊」がドイツの断絶を深めているが、それを一層深刻化させているのは、やはりコロナだ。

 「コロナパンデミック後の世界経済の持続可能な再建に関する提案」として記されたのが、ダボス会議「世界経済フォーラム」主宰、クラウス・シュワブ氏の著書『グレート・リセット』(ティエリ・マルレ氏との共著/日経ナショナルジオグラフィック社/2020年9月29日)である。

 コロナで経済も精神も破壊された世界から「かつての日常に戻ることはできない」ため、「全てをリセット」(「グレート・リセット」)した上で、「絶望的な変化」に対応する「望ましいシナリオの提言」が本書の目的である。

 氏は、このような対応の担い手として、2004年に「若き世界指導者のフォーラム」を立ち上げ、マーク・ザッカーバーグ氏やアレクサンダー・ソロス氏、エマニュエル・マクロン氏などの「世界規模の問題を解決する能力のある人材」を育てている。

 氏は、豊かであることについて我々は「考え方を変えなければいけない」とし、「より少ない所有で、我々はより幸せになれる」と、片づけコンサルタントの近藤麻理恵氏の著書に言及、「ミニマリズム」を推奨し、「過度の消費は生きがいではない」とする。GNP(国民総生産)は、「もはや国富の指標ではあり得ない」と、「持続可能性のため生産も消費もダウンサイジングするべき」で、公共の福祉に関しても、「戻ってきた『大きな』国家」はグローバルなつながりを利用し、このような政策を担っていくべきだ」とした。

 氏のシナリオは、端的に言えば「共産主義の夢」または「共産主義の虚構」に相当する。ジャン・ジャック・ルソーは『人間不平等起源論』(岩波文庫)で「不平等の到達点では、極度に盲目的な服従だけが奴隷に残された唯一の美徳」(表現の自由の消滅)となり、「ここで全ての個人が再び平等となる」と語った。≪グレート・リセット≫は、全体主義の一バリエーションと解釈できるだろう。

 シュワブ氏の本はアマゾンドイツでの評価がかなり悪く、ある書評に「21世紀の『わが闘争』」とあったのは印象的である。

 《グレート・リセット》には、道徳的には正しいポリコレが満載で、このシナリオへの批判を著しく困難にしている。この戦略は、いわゆる慰安婦問題等にも観察される左派の常套手段と同等の構造を持っている。

≪グレートリセット≫は新たな支配の構図だ

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クリスマスでも閑散とするベルリン
 元ウォールストリート側でヘッジファンドのマネージャーだったドイツ人のフローリアン・ホム氏は、《グレート・リセット》について警鐘を鳴らす。ホム氏は、投資詐欺疑惑でFBIから追われるなど、波乱万丈な過去を持つが、「これまで世界の最も裕福な人々を儲けさせ、金融業界の裏舞台を深く見てきた経験と知識を、これからは全ての民衆のために生かしたい」と、ユーチューバーとして活躍している人物である。

 氏によると《グレート・リセット》は「コロナによる疲弊した世界に対する救済プラン」のように聞こえるが、実は、私有財産の収用を意味し、中間層の貧困化が促進するシナリオだという(「グレート・リセット 2021年に何が起こるか? 私のフォーキャスト」/2020年1月10日)。

 その担い手は、かつて彼自身がそうであった《金貴族》(国際金融資本)と呼ぶ人々である。彼らの行うキャリートレード(金利の低い通貨で資金調達し、金利の高い通貨を買う手法)は、「全経済の倒錯」「病的な市場操作」であり、「富める者はますます富み、持たざる者はますます貧困化」する原因だと説明している(「なぜ、『金貴族』はどんどん富み、大多数の民衆は血を流すのか」/2017年6月20日)。

 WerteUnion(メルケル政権の左傾化政治に危機感を覚えたCDU内の保守派)が「ドイツのための政治的転換」を掲げ、2017年に立ち上げた協会:前稿参照)のメンバーで、著名な経済学者であるファンド・マネージャーのマックス・オッテ教授も、同様の指摘をしている。氏も、投資の専門家で米市民権を持つ知米家だ。オッテ教授によると、経済危機の裏で、異常な価格上昇を見せる不動産バブルが起こっていると言う。たしかに、ドイツの大都市では、高学歴のダブルインカムの夫婦でさえ、現実的な返済額のローンを組んで持ち家を購入することが極めて困難になっている。

 かつて一世を風靡したドイツのネット通販サイト・クヴェレや同グループの1881年創業の老舗百貨店・カールシュタットは2009年に破産手続きを行った。そして「今は全てアマゾンになってしまった」。クリスマス商戦が始まる昨年11月、ドイツは再びロックダウンに入った。ドイツで最も購買力の上がる時期と言われているクリスマスから新年の間も店舗やレストランは全て閉まっていたのだ。

 結果、アマゾンは年末の4日間で60%増、1日あたり10億ドル以上の収益という「記録的売り上げ」を報告した(マネージャーマガジン電子版/2020年12月1日)。老舗企業が姿を消し、大手ITプラットフォー―マーが支配してゆくというコロナで加速した構図は、80年代のドイツにすでに現れていた中間層の経済疲弊に萌芽があり、その原因は、≪グレート・リセット≫のようなグローバリズム的な動きだ、とオッテ教授は指摘する。

日本も他人事ではない≪グレートリセット≫

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菅総理の施政方針演説にも≪グレートリセット≫の匂いが?
 日本も1980年代頃までは「一家1人稼ぎモデル」「日本型経営」「終身雇用」がまだ信じられ、明日は今日よりいい日がくる、「いつかはトヨタのクラウンに乗る」といった、中間層が希望に満ちた時代があった。これらは現在の日本では幻のようである。

 筆者の田舎は、県営バスの流通の廃止、シャッター街、廃校につぐ廃校など、年々悪化の一途をたどっている。トランプ氏曰く「国家は国民に奉仕するためにある」ということだが、日本政府が同様の認識を持っているかは、日本の地方の疲弊を見る限り大変疑問である。

 菅総理大臣の施政方針演説の内容は、《グレート・リセット》との親和性が高い。「多国間主義」で「ポストコロナの国際秩序づくりに指導力を発揮していく決意」をシュワブ氏はきっと歓迎するだろう。それは一方で「グレート・リセットに参加するバイデン米大統領」(スコット・モリソン豪首相)との結束をさらに強固にする。

 「脱炭素化」も《グレート・リセット》の中心キーワードである。シュワブ氏によると、「次は環境関係の危機が予測されるので」環境政策に重点を置くべきだ、という。デジタル化の促進は、中国の5Gやシリコンバレーなどグローバル企業との結びつきが濃厚だ。また、最低賃金の継続的な引上げは、安価な労働力と裏合わせの移民政策とセットである。

 方針の一つである「美しく豊かな農山漁村を守る」には大賛成だが、続く文章から判断すると、残念ながら愛国とは無縁のようだ。守る理由はニッポンが「世界の観光大国」たるため。「街中に残る廃屋を撤去し、魅力ある施設へとリニューアル」するのもそのためだという。

 第2、第3の「ウポポイ」ではなく、若い家族のための持ち家政策や、地方の不便さを払拭するためのインフラ設備の充実といったことをしてほしいものだ。「自然、気候、文化、食」は、まずはそこに住む日本人のためにあるべきではなかろうか?

 世界中のメインメディアが熱心に報道する《コロナホラー》は、人々の常識を壊すのに圧倒的な効果を発揮する。「コロナ前には戻れないから、全てをリセットすればいい」といった主張も無批判に信じるようになるだろう。

 《グレート・リセット》は、コロナ・移民・ワクチンなどの柱を持つプロジェクトだ。「人種差別者」「陰謀論者」といった用語や反社のデモを言論統制の道具とし、批判対策もしっかりしており、人々もすでに自己検閲を始めている。

 オッテ教授は「昔は批判的社会科学と呼んでいたことが、今は陰謀論となった」と指摘し、CDU(キリスト教民主同盟)に所属する彼は「自分もそのうち、(政治家生命を失った)CDUのザラツィンになるかもしれない」と暗澹たる思いを語った。ユダヤ人虐殺をうすうす感じ取っていても誰も何も言えなかった、当時の状況とはこのようなものであったのではないか。
ライスフェルド・真実(マサミ)
1970年、福島県生まれ。東洋大学短期大学文学科英文学専攻卒業。ゲオルク・アウグスト・ゲッティンゲン大学M.A.修了。専攻は社会学、社会政策(比較福祉国家論)、日本学(江戸文学)。在独25年。東日本大震災を機に国家とは何か、等についての思索を続ける。

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