【門田隆将】ロシアが嵌ったウクライナの“罠”

【門田隆将】ロシアが嵌ったウクライナの“罠”

プーチンは何を思う・・・
 侵略開始から50日が経ったのに、キーウ州から逆にロシア軍は撤退し、戦争の目的をロシア側が「変更」せざるを得なくなった。容赦ない民間人虐殺が世界に衝撃を与え、ロシアはさらに孤立。国自体がデフォルトに向かって突き進んでいる。

 戦争が始まった2月24日、軍事作戦の目的をウクライナの「非ナチ化」「非武装化」と語っていたプーチン大統領。しかし、50日が経ち「我々の目的は、ドンバス地域に住む人々を助けることにある」と言うに至った。「えっ、そのためにあれほどの民間人虐殺を行なったか?」「ドンバスとは全く無関係の学校や病院、駅、民家に砲弾やミサイルを撃ち込むのも、それが目的か?」と世界中が呆れ果てたのも無理はない。
 さて、このウクライナの善戦を考える場合に忘れてはならないのは、ITと宣伝戦略の圧倒的なロシアとの「差」である。ウクライナ副首相にして、デジタル改革相も兼務するミハイロ・フェドロフ氏(31)の働きに世界は目を見張っている。

 もともとは俳優だったゼレンスキー大統領。コミカルな演技が得意な同氏は、戦争が始まるや、それまでとは打って変わった〝迫力あるリーダー〟となった。インターネットやメディアを通して力強い訴えが国際社会の絶大な支持を取りつけた。国別に議会でオンライン演説を行い、共感だけでなく物理的支援も実現していく手腕は、本人だけでなく、スタッフの力量の凄さを教えてくれる。その中心がフェドロフ氏だ。

 彼らの発信はあくまでネットが中心で、ロシアはこの基幹インフラを初期に叩いた。だが、民間人の犠牲や倒壊した建物など、悲惨な映像が途切れることなく国際社会の目を釘づけにしたのは周知のとおりだ。

 賛否両論を巻き起こしたのは戦闘で死亡したロシア兵の顔をAIで特定し、SNSを介して家族や友人に知らせていく手法である。息子の死を知らされていない遺族に直接、アプローチするのである。祖国にボディバッグ(遺体袋)がどんどん帰ってくれば、動揺と厭戦気分が広がる。米国でもベトナム戦争の時、それが起こった。しかし、ロシアには、戦死者の遺体が帰っていないという情報があるや、「ロシア人は実際の被害を知らない」と、フェドロフ氏がこの方法を採ったのだ。これは、世界を代表するIT企業のCEOに直接、同氏が要請するという奇想天外なやり方から生じたもので、遺族へのアプローチも「顔認証プラットフォーム」を手がける米大手の技術提供を受けたことから可能になったものである。
gettyimages (12094)

ウクライナ:ミハイロ・フェドロフ副首相
 なかでも最も大きかったのは世界一の富豪イーロン・マスク氏を説得したことだろう。フェドロフ氏は侵略開始3日目の2月26日にツイッターで「ウクライナに〝スターリンク〟を提供して下さい」とマスク氏に要請している。スターリンクとは同氏が行なっている衛星から直接電波を送る通信サービスのことで、通常より遥かに低い軌道上に通信衛星を飛ばし、既存のネットワークに接続できない地域に高速ブロードバンドネットワークを提供する。インターネットの基幹インフラが破壊されても、これさえ提供してもらえれば、ウクライナのネット環境は揺るがないのだ。

 だが、利用には専用アンテナと専用モバイルアプリが必要だ。フェドロフ氏がツイートして十時間後、マスク氏はいきなり「ウクライナで〝スターリンク〟のサービスを開始した」とツイートで発表した。一方、フェドロフ氏は写真つきで機器の到着を伝え、「スターリンクが来た。イーロン・マスク氏、有難う」とツイートし、マスク氏は「どういたしまして」と応えた。

 これは戦争の帰趨に絶大な影響を与えた。ドローンが飛び、収集された画像や映像を世界の人々が目の当たりにできるのは、この通信環境のおかげだ。情報収集のみならず、有名になったカミカゼ・ドローンなど、そのままロシア軍への攻撃にもつながった。威力抜群のバイラクタルTB2などの活躍で、実際の戦果も日を追うごとに大きくなっていった。〝力押し〟で来るロシア軍は、戦力が劣るウクライナのこれらITを駆使した戦術と罠に、まんまと嵌ったのだ。

 ザポリージャ国立大学卒業後、キーウで広告会社を興し、三年前に大統領のアドバイザーとなったフェドロフ氏。2021年9月には大統領と共に米大手のIT企業を軒並み訪問し、今回の協力につなげた。

 時代は変わったと言うは易しい。だが戦力がたとえ劣っても祖国に貢献できる若き閣僚を発掘し、力を発揮させて戦うゼレンスキー政権。翻って未だ現実逃避の平和主義から抜け出せず、核抑止力さえ議論できない岸田政権。彼我の差に、私はただ愕然としている。
門田隆将 かどた りゅうしょう
1958年、高知県生まれ。作家、ジャーナリスト。著書に『なぜ君は絶望と闘えたのか』(新潮文庫)、『死の淵を見た男』(角川文庫)、『疫病2020』(産経新聞出版)など。『この命、義に捧ぐ』(角川文庫)で第19回山本七平賞を受賞。最新刊は『新・階級闘争論』(ワック)。

関連する記事

関連するキーワード

投稿者

この記事へのコメント

コメントはまだありません

コメントを書く