長引く可能性が高いウクライナ戦争
首都キーウ(キエフ)など主要都市からロシア軍が退いたことから一部には和平への期待が高まったが、東部への軍事侵攻が活発化する中、今のところ和平交渉の糸口すら見出せない。
また、プーチン大統領はウクライナ東部の「ドンバス地方の人々を助ける」とも述べており、東部を本格的に攻略するまでは軍事侵攻を止めるつもりはない。
それに前後して、アメリカからショッキングニュースが舞い込んでいる。
4月5日のアメリカ議会下院の公聴会で、アメリカ軍の制服組トップであるミリー統合参謀本部議長が「ウクライナでは今も地上戦が続いているが、これはロシアが起こした非常に長期化する争いだ。10年かかるかはわからないが、少なくとも数年であることは間違いない」と述べたのである。(4月7日NHKニュース)
ミリー議長はさらに、NATOやアメリカ、それにウクライナを支援するすべての同盟国や友好国は長い間、関与することになるだろうとも述べており、ウクライナ戦争が数年レベルの長期間続く可能性があることを明らかにした。
では、なぜ長引く可能性が高いか。
これはあくまでプーチン大統領しだいということになるが、もし東部攻略のあとで再度キーウ攻略を考えているのであれば、あと数カ月というレベルではとても収まらないからだ。
要はプーチン大統領が東部だけで収めるつもりなのか、東部を拠点にしてさらに首都を含む西部まで侵攻の範囲を拡げるつもりなのかに拠るのである。
アメリカ当局が「数年単位」という数字を出したのは、おそらくキーウ攻略の意図がある可能性が高いと見たからだろう。
普通の民主国家であれば、戦争が長引けば厭戦(えんせん)の感情が国民に広まり、政府に対して戦争を止める圧力になり得るが、ロシアではその可能性は小さい。プーチン大統領は選挙で選ばれているとは言え、事実上の独裁体制を築いており、プーチン大統領が戦争継続の意志を示せば、ロシア軍が止まることはないだろう。
したがって、戦争が数年単位の長期にわたるという可能性はかなり高いと言わざるを得ないのだ。
侵攻を招いたバイデンの失策
トランプ前大統領は対中国強硬路線を敷き、イランと北朝鮮を抑え込んで、中国包囲網を形成することを進めた。バイデン政権も基本的にトランプ外交を継承している。
そのために、ヨーロッパや米軍を退かせ、戦力をアジアにシフトし、台湾防衛を中心に中国を封じ込める構えをとり続けている。
ただ、トランプ外交とバイデン外交で決定的に違う点がある。それがロシアへの姿勢だ。
トランプ大統領は中露が連携することを警戒し、プーチン大統領への高評価をことあるごとに公にして、ロシア融和を積極的に図ろうとしてきた。
だが、実際にはその政策の中心となるべきマイケル・フリン中将が安全保障補佐官に着いたとたん、いわゆる「ロシアゲート」が起こり、米露接近はかなり意図的に阻まれてきた。
ただ、ロシアは基本的に拡大主義に走ることはなく、その政策は一応成功したと言っていいだろう。
それに対し、バイデン大統領はメディアでの「プーチンは人殺しだと思うか」というインタビューで「そう思う」と答え、プーチン大統領を貶(おとし)め、ウクライナのゼレンスキー大統領に対してNATO加盟支援を申し出るなど、反露外交を貫いている。
この両者の外交方針の違いが、ウクライナへの軍事侵攻を招く遠因になったことは間違いない。
ウクライナへは抑制的な支援を
ウクライナ戦争はヨーロッパ中心に対応するべきであり、アメリカのアジアシフトを止めるべきではないと考える。もしアメリカが再度ヨーロッパシフトをとり、在欧米軍の拡充に乗り出せば、アジアが手薄になる。その結果、喜ぶのは中国なのである。
また、アメリカがヨーロッパ再シフトすれば、米露対立の「新冷戦」となる可能性がある。そうなってしまえば、アメリカは中露の二正面作戦を常に強いられることになる。
今のアメリカの軍事力で中露を封じ込めるのはかなり無理がある。
たしかに中露の同時封じ込めは戦後から議論されてきたことだが、防衛費の大幅増額が必要であり相当の無理を重ねると、その策はずっととられてこなかった。アメリカの経済力は当時より落ちており、同時封じ込めは無理だろう。
アメリカはウクライナ軍への武器提供などの支援は続けなければないものの、欧州への軍事力の配分を拡充させるほどまでのコミットはすべきではない。
中国包囲網を維持・拡大することを優先して、ウクライナへのコミットを大きく拡大させることは避けるべきである。これはアメリカのみならず、日本、オーストラリア、インドなどにとっても同じだ。
もし新冷戦になってしまえば、中国の思うつぼになるだけだ。
評論家・翻訳家。幅広いフィールドで活躍し、海外メディアや論文などの情報を駆使した国際情勢の分析に定評がある。また、foomii配信のメルマガ「マスコミに騙されないための国際政治入門」が好評を博している。