中国はなぜ“ヒトヒト感染”を隠したのか

中国はなぜ“ヒトヒト感染”を隠したのか

 中国が隠蔽していたのは何だったのか。多くの日本人は、中国が武漢肺炎そのものの発生を隠していたのではないかと考えている。

 だが事実は違う。中国の隠蔽の対象がどこにあり、何から目を逸らせようとしたのか。そのことを多くの人に知って欲しい。

 7月10日、米FOXニュースで新証言が紹介された。渡米した中国の感染症専門家が新型コロナウイルス流行初期に「ヒトからヒト」への感染が起きていたが、中国当局により、「これが隠蔽された」というものだ。証言者は、香港大学公共衛生学院の感染症専門家の閻麗夢氏である。彼女はこう語った。

「12月31日、中国当局はすでにヒトからヒトへの感染を把握していたのです。しかも、感染は非常に深刻でした。しかし、当局は誰にもこのことを公表することを許しませんでした」

 私は、「ああ、やっと本当のことが報道され始めた」と思った。6月に上梓した拙著『疫病2020』には、このあたりの事情を詳述させてもらったが、いまだに誤解が多いので改めて書かせていただきたい。

 武漢市中心医院に勤める李文亮、艾芬という2人の医師が謎の肺炎の情報を医師仲間で共有すべくチャットで発信したのは、昨年12月30日のことだった。

 患者からの感染を防ぐために医療最前線で情報を共有するのは当然である。だが、このことで李文亮医師は武漢市公安局武昌分局から、艾芬医師は病院内にある共産党規律検査委員会から共に呼び出しを受け、厳しい指弾を受けることになる。

「法に従い、あなたがインターネット上で事実に反する言論を発表した違法問題に対し、警告する」

 これで李は訓戒処分、艾は譴責処分を受けたのだ。これは謎の肺炎の発生そのものを隠蔽したと思われがちだ。だが、李医師が訓戒処分を受けた当日の今年1月3日、CCTV(中国中央電視台)はこの事実をただちに全国放送している。李医師の名前こそ伏せたものの、医師たちの〝違法行為〟を報じ、同時に肺炎の発生を全国民に知らせたのだ。

 このニュースは、武漢海鮮卸売市場の映像をくり返し流し、ここが「発生源であること」を強く印象づけるものだった。これは何を意味しているだろうか。

 ヒントは放送当日、中国国家衛生健康委員会が武漢市にある武漢病毒研究所と武漢市疾病予防管理センターなどに対し、ウイルスサンプルの「破壊と移管を命じていた」という事実にある。のちに中国のニュースサイト『財新網』がスッパ抜き、ポンペオ米国務長官が反応し、記者会見でも厳しい糾弾をする〝もと〟になるものだ。

 ウイルスサンプルの「破壊」と「移管」を国家衛生健康委員会が命じたのなら、中国はその存在自体を「隠したかった」ことになる。ポンペオ氏の指摘に対して当の国家衛生健康委員会は記者会見でこう語った。

「たしかに1月3日に関連文書を出したが、これは原因不明の病原体による2次災害を防ぐためであり、サンプルの保存条件に満たない施設では、その場で破壊するか、専門組織に移すべきであると考えたからだ」

 この弁明こそ急所である。つまりウイルスサンプルがこの時点で「存在」し、2次災害を防ぐために何らかの措置を命じたことを当局が「認めた」からだ。

 李文亮や艾芬といった武漢市中心医院の医師たちへの呼び出しと処分、そしてCCTVの報道、さらには、ウイルスサンプルの国家衛生健康委員会による破壊・移管命令──当局はこれらを今年1月3日までに集中的に行っていた。のちに判明するように、武漢の海鮮市場には、コロナウイルスの宿主のコウモリなど売られていなかった。だが当局はCCTVを通じてここが感染源であることを印象づけるのに成功する。

 ウイルスが実験・研究している場所から漏れていることに目を向けられれば、〝自然発生〟に比べて補償等で大きなリスクを負ううえ「生物兵器ではなかったのか」等の痛くもないハラを探られる。さらには、ヒトからヒトへの感染が明らかになれば、拡大を防ぐためにWHOから職員が乗り込んでくるなど大騒動となるのは必至だった。まだ十分な対応もとっていない段階でそういう大ごとは避けたかったに違いない。

 そして当局は隠蔽工作を完遂させた。だが、そのツケの大きさは改めて記すまでもない。7月13日、世界の感染者は遂に1300万人を超え、死者は56万人となった。鎮静化の兆しは未だ見えない。無念の思いを呑み込んで死んでいった人々のためにも、中国の犯罪の「本質」を究明しなければならないのである。
門田 隆将(かどた りゅうしょう)
1958年、高知県生まれ。作家、ジャーナリスト。著書に『なぜ君は絶望と闘えたのか』(新潮文庫)、『死の淵を見た男』(角川文庫)など。『この命、義に捧ぐ』(角川文庫)で第十九回山本七平賞を受賞。近著に、『新聞という病』(産経セレクト)、『疾病2020』(産経新聞出版)など

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