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アフターコロナ:グローバル経済は終焉を迎えるのか?

※聞き手・構成 鈴木 雅光(金融ジャーナリスト)

武者 結論から申し上げると、パンデミックでグローバリゼーションが終焉を迎えるようなことにはならないでしょう。世界中の人々の生活は、世界中の人々の労働によって支えられているからです。その仕組みがここまで確立された以上、グローバル化以前に戻ることは考えられません。

 かつてはグローバル化が加速していくなかで国民国家が相対化され、国家よりも企業が世界秩序をつくると考えられていた時代がありました。グローバルサプライチェーンを中核としたグローバル経済が浸透し、国家主権が衰退するという考え方です。

 しかしトランプ大統領が登場し、彼のアメリカファースト的な政策が強調されていくなかで、再び主権国家が中核であることが明らかになりました。今その反動で、グローバリゼーションは終わったという声も聞こえてきましたが、その見方はやや短絡的です。グローバリゼーションに見られる国同士の相互依存関係は、これからも続いていくでしょう。とりわけビジネスのプラットホームとして定着したインターネットは、国境に囚われない世界なので、グローバル化はむしろ加速すると思います。

エミン 新型ウイルスの歴史を振り返ると、2003年にSARSのパンデミックが発生した後、2005年の鳥インフルエンザ、2009年の豚インフルエンザ、2012年のMERS、2014年のエボラ出血熱、2018年のアフリカ豚コレラ、そして今回の新型コロナウイルスというように、世界のどこかで数年に1度は発生しています。もちろん致死率の違いはありますが、世界的なパンデミックは普通に起こり得るものであり、私たちはそれと共存していくのだという認識を持たなければなりません。パンデミックが起こる度にいちいちグローバル経済の終焉(しゅうえん)とか、世界の終わりなどと言っていては何もできなくなります。

 ただ今回、グローバル社会における行動指針を考えるうえで、良い機会になったと考えています。たとえば渡航規制についても、中国でウイルスが発生した初期段階で行っていれば、ここまで世界的にウイルスが拡散することはなかったように思います。目先の経済的利益を重視したことが仇(あだ)になりました。したがって今後は、今まで以上に警戒して動くようになるでしょう。

 加えて、製造コストの考え方にも変化が生じてくるはずです。これまで製造業は製造コストだけを考えていたので、安い労働力が豊富にある中国を世界の工場として重用してきたのですが、今後は政治的リスク、品質問題、そしてパンデミックリスクなどへの対処も含めたトータルコストで考えるようになるはずです。

 ここ30年間、世界経済の成長は中国が牽引してきましたが、その代償が決して安いものではないことが今回の一件で分かりました。したがって、製造拠点の中国一極はなくなると思います。

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アフターコロナ:米中対立の行方

武者 世界中で製造されているモノの5割は中国製であり、それが中国のオーバープレゼンスにつながっているのですが、それは徐々に是正されていくでしょう。

 たとえば今から200年前の世界経済は農業の時代で、世界中で生み出されている財の7~8割は農作物でした。それが今や先進国だと1~2%まで縮小しています。

 製造業も同じで、かつての日本は国内で生み出されている財の3~4割が製造業によるものでしたが、今では2割程度です。米英に至っては1割程度ですから、今や多くの先進国は脱工業化を進めるのと同時に、各種サービス・金融の分野に産業構造をシフトさせています。

 つまり、モノをたくさんつくっている国が強国であるという時代は終わり、これからはサービスや金融で稼ぐ国がグローバル経済のリーダーになっていくでしょう。そして、サービスや金融はネットを経由してますますグローバル化しているのです。

エミン 米中間の政治対立、覇権争いが激化したら、米国は戦略物資に該当する物品の製造や物資の調達を中国に依存しなくなるでしょう。医薬品の原料、レアアースの調達や、高い技術を要するチップの製造などは中国から徐々に撤退し、米国本国に戻すか、あるいは米国と強い同盟関係にある国に移すことになります。それは中国経済の弱体化につながると思います。

武者 米国もこれ以上、中国に対して甘い顔はしないでしょう。オバマ政権の前半までは米中協力を打ち出すほど、中国が米国と覇権争いをするという認識はほとんどありませんでしたが、習近平体制が確立されてからは「中国の夢」というスローガンのもと、覇権国家の野望をあからさまにして、南沙諸島を埋め立て、南シナ海を自国の領海だと言い始めました。

 米国はこれを極めて深刻な安全保障上の脅威であると考え、2018年にはペンス副大統領が中国との冷戦を宣言しました。中国はパートナーではなく、コンペティターであり、災いをもたらす国であるという認識は、今回のパンデミックによって一挙に米国民の間で共有されたと思います。

 したがって、これから米国は徹底的に中国を封じ込めようとするはずです。貿易交渉で中国のアンフェアネスを叩き、多額の軍事費を投入して中国の軍事力との差を一気に突き放そうとするでしょう。加えて、これから米国が強く締め上げるのが中国の金融だと思います。

 確かに、中国は輸出によって巨額の経常黒字を積み上げましたが、それ以上に巨額の対外債務を抱えています。ここを締め上げれば、中国はドル資金の調達が困難になり、人民元が不安定化するのと同時に金融緩和ができなくなり、最終的にバブル崩壊に直面すると考えています。すぐにそうはならないと思いますが、これから数年かけて、中国は弱体化していくでしょう。

アフターコロナ:各国による巨額の財政出動は大丈夫か?

エミン 米国や日本だけでなく、各国が今回のパンデミックによる経済困難から脱するため、巨額の財政出動をしていますが、これを大丈夫かと問われれば、大丈夫ではないと答えるしかないでしょう。
では、どうなったら大丈夫ではないのかというと、インフレ率が著しい上昇を見せたらダメでしょうね。

 ただ、今回の財政出動については評価できる点もあります。たとえば米国では、国民に直接恩恵のある政策が講じられました。リーマンショックの時は、金融機関救済に多額の資金が投入されて終わりでしたが、今回は中小企業向け融資や雇用維持のための給与補填、現金給付などが行われています。
 
これは、いずれ米国社会の中核になるミレニアル世代を意識したものと考えられます。行き過ぎた新自由主義を軌道修正することで、ユニバーサルベーシックインカムの導入や学生ローンの免除、社会保障の充実といった社会民主主義的な政策が打ち出されていく可能性があります。そうしないと、本当に社会主義的な政治思想を持った人物が政権を取るかも知れない。そこに対する危機感が、米国のエスタブリッシュメントの間にも広がりつつあります。

武者 この財政出動で、米国の財政赤字はGDP比で15%を超え、戦後最悪の財政赤字を抱えることになりますが、私はそれで何が起こるわけではないと考えています。

 パンデミックが起こる以前から、世界経済は3つの問題を抱えていました。極めて巨額な資金余剰、デフレリスク、格差がそれです。ちなみにデフレリスクは生産性向上による供給過剰が根本的な要因です。

 この3つの問題のうち、資金余剰と供給過剰の解決策として浮上したのが、ケルトン教授によるMMT(現代貨幣理論)であり、その言わんとするところは政府が借金をして経済力を高めるということです。つまりケインズ経済学です。

 当初、MMTは異端視されていましたが、パンデミックによる経済停滞により、どの国も政府が借金して新たな需要創造をせざるを得ない状況となりました。

 問題は、巨額の財政出動によって金利上昇、インフレの昂進、通貨暴落が起こることですが、これは先進国で最悪の財政赤字国と言われている日本を見れば、いかに根拠のない話か分かろうというものです。日本は金利ゼロ、インフレ率も極めて低く、むしろ円高圧力が強い状況です。これは今後検証されることですが、ひょっとしたら我々は、単なる幻想、思い込みを恐れていただけなのかも知れません。

エミン 
私は、それでもやはりインフレリスクを懸念しますね。確かに今はデフレですが、その要因は安い労働力がふんだんにある中国で多くのモノがつくられているからです。

 でも、米国がモノづくりに関して中国への依存度を引き下げれば、モノの値段は上がるはずです。極端なインフレにはならないと思いますが、少なくともインフレ率にして3~5%程度の、マイルドなインフレは生じるのではないでしょうか。なので、私は財政出動を永遠に出し続けるのは難しいと考えています。

武者 それは技術の発展がどの段階で止まるか次第でしょう。イノベーションが止まれば生産性が低下し、需要過多になってインフレが生じます。でも、それは近い将来に起こることではないと思います。たとえば通信にしても、これから5Gが普及し、いずれは6Gも視野に入ってくるでしょう。そうなれば、人々のライフスタイルは劇的に変わります。その流れが続いているうちは、インフレにならないと思います。

 また、これからは余剰労働力の価格競争がグローバルで起こる可能性があります。たとえばアフリカやラテンアメリカなど世界中で労働力が余っているので、この点からもインフレになりにくい経済構造が構築されつつあると見ています。

~本稿は《日本篇》に続きます(5月下旬掲載予定)~
武者 陵司(むしゃ りょうじ)
株式会社武者リサーチ代表。ドイツ証券株式会社アドバイザー。ドイツ銀行東京支店アドバイザー。1949年、長野県生まれ。73年、横浜国立大学経済学部卒業。大和証券株式会社入社後、企業調査アナリスト、繊維、建設、不動産、自動車、電機、エレクトロニクスを担当。大和総研アメリカでチーフアナリスト、大和総研企業調査第二部長を経て、97年、ドイツ証券入社。調査部長兼チーフストラテジストを経て、2005年、副会長に就任。09年7月、株式会社武者リサーチ設立。
新著:『武者陵司の世界経済の大局を読む(仮題)』(ビジネス社)を6月発売予定。

エミン・ユルマズ
トルコ・イスタンブール出身。1996年、国際生物学オリンピックで優勝。97年に日本に留学。翌年、東京大学理科一類合格。東京大学工学部卒業。同大学院で生命工学修士を取得。2006年、野村證券に入社。投資銀行部門、機関投資家営業部門に携わり、16年から複眼経済塾の取締役・塾頭に就任。日経マネー、ザイFX!、会社四季報オンラインで連載を持つ。近著に『米中新冷戦のはざまで日本経済は必ず浮上する』(かや書房)などがある。

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