悪乗りの改憲論議か
2月10日現在、新型コロナウイルスの感染者は中国本土で4万人を超え、死者も増え続けている。死者数は17年前の重症急性呼吸器症候群(SARS)を超えた。
このような中で、新型肺炎の発生地、中国・武漢市からチャーター機で帰国した邦人のうち2人が当初、検査を拒否したことなどから、緊急事態の対応をめぐって国会で改憲論議が起きている。
自民党の伊吹文明元衆議院議長は二階派の会合で、発症前の経過観察に強制力がないことに触れ、「公益を守るために個人の権利をどう制限していくか、緊急事態の一つの例として、憲法改正の大きな一つの実験台と考えた方がいいのかもしれない」と語った。
これに反論した立憲民主党の枝野幸男代表は記者会見で「拡大防止の必要な措置はあらゆることが現行法制でできる。憲法とは全く関係ない。人命に関わる問題を悪用しようとする姿勢は許されない」と断じた(毎日新聞/2月5日付)。
また、自民党の石破茂元幹事長も、この問題で与野党の一部から憲法改正による緊急事態条項創設を訴える意見が出ていることについて「これに悪乗りして憲法(改正)に持っていくつもりはない」と述べたという(ネット版「産経ニュース」2月3日)。
もちろん、枝野代表の言うように現行憲法の枠組みですべて対処できれば、それで良かろう。例えば、先の「検査」や「強制入院」については、その後、政府が新型肺炎を検疫法の「検疫感染症」、感染症法の「指定感染症」に指定したことから可能になった。
しかし、発症していない感染者は対象外であり、一時的な「隔離」にしても現行法では強制できない。となると、現行法の枠組みそのものを見直す必要はないのか。
にもかかわらず議論することさえ許されず、頭から「悪乗り」と決めつけるのはいかがなものか。国民の命よりも「改憲阻止」を優先していると言われても仕方あるまい。今後、想定外の事態が発生した場合、現在の法律だけで本当に国民の生命や安全は守られるのか、憲法改正も視野に入れて法整備を行うことこそ、改憲の発議権を有する国会に課せられた重大な責務ではなかろうか。
このような中で、新型肺炎の発生地、中国・武漢市からチャーター機で帰国した邦人のうち2人が当初、検査を拒否したことなどから、緊急事態の対応をめぐって国会で改憲論議が起きている。
自民党の伊吹文明元衆議院議長は二階派の会合で、発症前の経過観察に強制力がないことに触れ、「公益を守るために個人の権利をどう制限していくか、緊急事態の一つの例として、憲法改正の大きな一つの実験台と考えた方がいいのかもしれない」と語った。
これに反論した立憲民主党の枝野幸男代表は記者会見で「拡大防止の必要な措置はあらゆることが現行法制でできる。憲法とは全く関係ない。人命に関わる問題を悪用しようとする姿勢は許されない」と断じた(毎日新聞/2月5日付)。
また、自民党の石破茂元幹事長も、この問題で与野党の一部から憲法改正による緊急事態条項創設を訴える意見が出ていることについて「これに悪乗りして憲法(改正)に持っていくつもりはない」と述べたという(ネット版「産経ニュース」2月3日)。
もちろん、枝野代表の言うように現行憲法の枠組みですべて対処できれば、それで良かろう。例えば、先の「検査」や「強制入院」については、その後、政府が新型肺炎を検疫法の「検疫感染症」、感染症法の「指定感染症」に指定したことから可能になった。
しかし、発症していない感染者は対象外であり、一時的な「隔離」にしても現行法では強制できない。となると、現行法の枠組みそのものを見直す必要はないのか。
にもかかわらず議論することさえ許されず、頭から「悪乗り」と決めつけるのはいかがなものか。国民の命よりも「改憲阻止」を優先していると言われても仕方あるまい。今後、想定外の事態が発生した場合、現在の法律だけで本当に国民の生命や安全は守られるのか、憲法改正も視野に入れて法整備を行うことこそ、改憲の発議権を有する国会に課せられた重大な責務ではなかろうか。
積極的な議論を
今回、特に問題となったのが、武漢から帰国した邦人の一時的隔離の問題であった。現在の感染症法では、二類感染症に指定された新型コロナウイルス肺炎の発症者については、一類感染症のエボラ出血熱などと違って強制的な隔離は認められていない。そのため、本人の同意により、民間のホテルや国の施設に収容されたのだが、長い隔離に不満を持つ人はいるという。
また、横浜港に着岸した大型クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号でも、新型コロナウイルスの感染者が出たため、乗客・乗員約3700人が14日間も船内待機を要請されたが、法律上、強制的隔離はできない。そこで検疫法に基づき診察のための停留という形を取ったようだ。
となると、万一、無理やり施設や船を離れようとする人が出たとしても、現在の法律ではそれを阻止できないだろうし、もし強制的に隔離を続けようとすれば、憲法の保障する「居住・移転の自由」(22条1項)や、「人身の自由」(31条)との関係が問われよう。
天然痘などの「法定伝染病」(現在の一類感染症)に罹患した者を強制的に隔離することは、従来法律で認められており問題ない。しかし、発症前の者まで経過観察のため隔離すべきかどうか。米国、フランス、オーストラリアなどでは、中国・武漢からの帰国者について経過観察のため国の施設などに隔離したと報道されており、わが国でも改めて検討する必要があろう。
もちろん、法律の定めも正当な根拠もないまま強制的に隔離することは憲法違反だが、例えば重篤な感染者が無理やり施設から離脱しようとしたときはどうするのか。このような場合、公益つまり多くの国民の生命と健康を守るため、明確な法的根拠はなくても離脱を阻止せざるを得ないケースも出てこよう。
この点、現行法制ですべて対応できるとし、議論そのものに反対している人々は、どうするのだろうか。
まさか、「超法規的措置で」とは言うまい。英国や米国のように不文の法(ロー・オブ・ネセシティー=必要の法)の認められていないわが国では「成文法」の根拠なくして強制措置など取れない。もしそれでも強行すれば憲法違反となり、「立憲民主」を踏みにじることになるからだ。
それゆえ、国会は速やかに現行法制度の不備や欠陥の是正に取り組むべきである。さらに、法律では対処できない想定外の事態に備えて、先進国ではすべて認められている憲法上の緊急権についても、積極的に議論を始める必要がある。
百地 章(ももち あきら)
1946年、静岡県生まれ。国士舘大学特任教授。日本大学名誉教授。1971年、京都大学大学院修了。愛媛大学教授を経て、1994年より日本大学教授。法学博士。専門は憲法学。元比較憲法学会理事長、憲法学会理事、「民間憲法臨調」事務局長、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」幹事長。『憲法の常識 常識の憲法』(文春新書)、『憲法と日本の再生』『靖国と憲法』『憲法と政教分離』(以上、成文堂)、『「憲法9条と自衛隊明記」Q&A』『御代替り』『緊急事態条項Q&A』(以上、明成社)など著書多数。
また、横浜港に着岸した大型クルーズ船ダイヤモンド・プリンセス号でも、新型コロナウイルスの感染者が出たため、乗客・乗員約3700人が14日間も船内待機を要請されたが、法律上、強制的隔離はできない。そこで検疫法に基づき診察のための停留という形を取ったようだ。
となると、万一、無理やり施設や船を離れようとする人が出たとしても、現在の法律ではそれを阻止できないだろうし、もし強制的に隔離を続けようとすれば、憲法の保障する「居住・移転の自由」(22条1項)や、「人身の自由」(31条)との関係が問われよう。
天然痘などの「法定伝染病」(現在の一類感染症)に罹患した者を強制的に隔離することは、従来法律で認められており問題ない。しかし、発症前の者まで経過観察のため隔離すべきかどうか。米国、フランス、オーストラリアなどでは、中国・武漢からの帰国者について経過観察のため国の施設などに隔離したと報道されており、わが国でも改めて検討する必要があろう。
もちろん、法律の定めも正当な根拠もないまま強制的に隔離することは憲法違反だが、例えば重篤な感染者が無理やり施設から離脱しようとしたときはどうするのか。このような場合、公益つまり多くの国民の生命と健康を守るため、明確な法的根拠はなくても離脱を阻止せざるを得ないケースも出てこよう。
この点、現行法制ですべて対応できるとし、議論そのものに反対している人々は、どうするのだろうか。
まさか、「超法規的措置で」とは言うまい。英国や米国のように不文の法(ロー・オブ・ネセシティー=必要の法)の認められていないわが国では「成文法」の根拠なくして強制措置など取れない。もしそれでも強行すれば憲法違反となり、「立憲民主」を踏みにじることになるからだ。
それゆえ、国会は速やかに現行法制度の不備や欠陥の是正に取り組むべきである。さらに、法律では対処できない想定外の事態に備えて、先進国ではすべて認められている憲法上の緊急権についても、積極的に議論を始める必要がある。
百地 章(ももち あきら)
1946年、静岡県生まれ。国士舘大学特任教授。日本大学名誉教授。1971年、京都大学大学院修了。愛媛大学教授を経て、1994年より日本大学教授。法学博士。専門は憲法学。元比較憲法学会理事長、憲法学会理事、「民間憲法臨調」事務局長、「美しい日本の憲法をつくる国民の会」幹事長。『憲法の常識 常識の憲法』(文春新書)、『憲法と日本の再生』『靖国と憲法』『憲法と政教分離』(以上、成文堂)、『「憲法9条と自衛隊明記」Q&A』『御代替り』『緊急事態条項Q&A』(以上、明成社)など著書多数。
【憲法改正】緊急事態「コロナ・パンデミック」で判明した憲法の非常識
百地先生ご出演の「WiLL増刊号」動画はこちら
via www.youtube.com