憲法議論の空しさ

 安倍総理が一念発起して憲法の改正を唱え出してから国家で憲法議論が盛んなのは結構だが、その一方、モリカケ問題などと言う低劣な問題が現内閣批判に被せられて、正統な最重要議題を希薄なものにしているのは残念でならない。

 それにしても、この問題を口にしている議員たちの歴史認識の無知と浅薄さにはあきれている。例えば醜悪とも言える憲法の前文の中の助詞の間違いについて1つでも指摘出来る議員が何人いることか。かつてシェイクスピアの全訳をものしたこともある福田恆存氏が言っていたが、憲法の前文なるものは英文和訳の答案としても落第寸前のものでしかないと。

 憲法の改正と言うのはそれを区切りにしての新しい歴史の造成に他ならない。そのためにはかつての日本の代表的知性だった小林秀雄氏が言っていた通り歴史を現実として考える時には少し遠い目で歴史を振り返り、歴史の問題について考えなくてはならぬ筈だ。現憲法についての過去の歴史とはそれほど遠いことがらではなしに、僅か数10年前の敗戦の折りのこの国の立場についてのことだ。

 同盟国として戦いに敗れたドイツは降伏の際連合国に3つの条件をつきつけこれが受け入れられぬ限り徹底して戦うと宣言していた。

 第1は敗戦の後のドイツの国家の基本法たる憲法はドイツ人自身が作る。
 第2は戦後の子弟の教育方針はナチズムへの反省をこめてドイツ人自身が決める。
 第3はいかに数少なくとも国軍はこれを保有することだった。

 これに比べて日本は2発の原爆に腰を抜かして全くの無条件で相手の軍門に下ったのだ。

 さらなる大きな過失は日本の独立が認められたサンフランシスコ条約が締結された時、当時の日本の首相吉田茂が敗戦直後占領軍が作って与えた憲法を独立国の主体性を踏まえて破棄しなかったことだ。
 あの巨きな過失は日本の独立なるものが所詮虚構でしかないことを強く暗示している。それはかつて日本という国家の存在が世界の歴史の原理から外れたものだったことに因っている。

 日本と言う国家をアメリカに隷属させる必然性は世界の歴史、特に中世以後の世界の歴史の原理にのっとっている。
 その原理とは「白人の有色人種への一方的支配」だ。それを象徴する興味ある文書が白人の精神的最高指導者であるバチカンの法王の公式書簡として最近発見されている。

 中世は大洋を渡る航海技術と、火薬、そして印刷術という三大発明によって幕を閉じたが、アラブ人から習った航海術で大西洋を渡った白人が最初の植民地として君臨したのは西インド諸島で、そこで彼等は原住民を持参した鉄砲で動物狩りのゲームとして射ち殺しまくっていた。それを目にしていた同行の神父たちがさすがに見兼ねて当時のバチカンの法王パウロ3世にお伺いをたてたら、法王の公式見解としての返書があり、それには「有色人種は人間として認められない。ただし彼等がキリスト教に帰依したら人間として認める」とあった。

 もっと露骨な事例としては15世紀に日本に渡来した宣教師たちが日本の大まかな地図を当時の法王に献上したら、法王がその地図を線引きして近畿から東から北はスペインにくれてやる、西から南はポルトガルに与えると宣言している。秀吉か信長が聞いたら即座に法王を切り殺していただろう。

 これらの歴史の挿話が証すように中世以後の世界の歴史の原理は白人による有色人種への一方的な支配だった。
 それを象徴する2人のイギリス人がいる。未開な太平洋の全ての島々を訪れ、当時のイギリス王の名の下に植民地化してしまった名だたる航海者キャプテン・クックと、未開の蛮地アフリカ大陸を踏破し植民地化してしまった冒険家スタンレーだ。鎖国をしていた禁断列島の日本は幸いその難をまぬがれはしたが。

 そして鎖国の下での江戸時代の日本社会の成熟は江戸末期に到来した西洋文明を素早く咀嚼し有色人種の中で唯一の近代国家を作り上げてしまった。その新国家は西欧に真似て軍事に専念し白人たちに真似て己の植民地の開拓に専念し始めた。それが傀儡国家満洲の誕生に及ぶと白人たちの列強はこれを看過できなくなり日本は彼等に追い込まれて行く。

 いずれにせよ国威の象徴たるロイヤルネイビーを造成しさらに世界最大の戦艦大和と武蔵を保有するにいたった有色人種の手によって作り出された強大な軍事国家「日本」なるものの存在は白人たちの目から見れば、世界の歴史の原理にもとる許すべからざるものに他ならなかったろう。

世界史の原理に背いた国

 彼等が奉じる神の摂理にも背く大量殺人兵器の原爆行使。既に制空権を失った首都への焼夷弾による非人間的な絨毯爆撃の行使の背景に在るものは、世界史の原理に唯一背いた者への報復に他ならなかった。
 日本の無条件降伏によって君臨した新しい為政者の為政の眼目はこの国を二度と世界史原理に背かせぬということ以外にありはしなかった。彼等が手作りして押しつけた新憲法なるものは報復の手立ての一つにすぎない。

 世界有数の資源貧弱国家である日本が西欧の列強に伍し自立を保つためには枯渇している資源の確保に腐心しない訳にはいかなかった。そしてそこにつけ込んで日本への資源供給を断つためのハルノートが発せられ日本は戦争に追い込まれ敗れるべくして敗れさった。

 日本を敗戦に追い込み戦後日本の支配者となったマッカーサーは1951年の上院の委員会における極東政策を巡る公聴会で述べている、「日本には絹産業以外には固有の産業はほとんどない。綿も羊毛もない。石油の産出も錫もゴムもない。その他これ以外に実に多くの原料が欠如している。もしこれらの原料の供給が断ち切られたなら、1000万から1200万の失業者が出ることを彼等はおそれていた。したがって彼等が戦争に飛び込んでいった動機は大部分が自衛の必要に迫られてのことだった」と。

 これは正確な分析であり歴史的な真実に他ならない。しかしそれは決して敗者にとっての言い訳にはなりはしない。
 我々は敗れるべくして敗れたのであったが壮烈な戦に敗れた者としての沽券はある筈であって、敗者としての最低限の沽券と尊厳は絶対に守られなくてはなるまい。それは勝者による恩恵に依るものではなくしてあくまで国家民族としての自負と名誉によって獲得されるべきに違いない。

 世界の歴史の原理に背いて稀有なる有色民族による自立国家を築いた日本を歴史の原理を背負って徹底して裁き骨抜きにした白人の列強に対して、その歴史原理に真っ向から背いて立ち上がった民族の沽券(こけん)にかけて我々は憲法という国家の背骨をいまこそもう一度他ならぬ自らの手で書きなおさなくてはなるまいに。

いびつな憲法

 日本語としてはいかにもたどたどしい憲法前文に続く9条にこめられたものは白人社会の依って立つ歴史の原理、つまり白人ファーストなる歴史の原理の永続保持に他ならない。そのためにこそ彼等は彼等の奉じる神の摂理にも背く瞬間的な大量殺人手段を控えはしなかったし、戦後間もなく突然持参した彼等の手作りの憲法の原案を政府関係者におしつけ僅かに3時間の間に熟読しこれを了とせよと厳命し、その間我々は日向ぼっこして原子力の恩恵に浴していようと恫喝(どうかつ)とも嫌みともつかぬ捨て台詞で部屋を外していたという屈辱的な挿話を今国会などの場で憲法を論じている者たちの内の一体何人が記憶していることだろうか。

 この国の代表的知性ともいえた小林秀雄氏が言っていたように、憲法改正と言う新しい歴史の造成の時にあたって私たちは一度さして遠くもない昔の歴史をふりかえって我々が論じ考えなくてはならぬものの所以を、己のためだけではなしに、間近な子孫たちのためにも考えなおさなくてはなるまいに。

 今は亡き江藤淳がいびつな憲法の有無をいわさぬ押しつけに象徴される、占領軍への一切の批判を禁じた強烈な言論統制について記した名著『閉された言語空間』が暗示するように、ある時突然一部の政府関係者も困り、提示して僅か3時間の間に通読して了解せよと迫り「その間我々は外で日向ぼっこし原子力の恩恵にひたって過ごすから」と原爆を想起させる脅迫じみた冗談で当事者を追い込んだ為政者の横暴を我々は、今後の国家の在り方を規定する新しい憲法について論じるこの今にこそ想起せざるを得まい。
石原 慎太郎(いしはら しんたろう)
1932年、神戸市生まれ。一橋大学在学中に執筆した『太陽の季節』で55年に第1回文學界新人賞、翌年芥川賞を受賞。68年、参議院全国区に出馬し、史上初の300万票を得てトップ当選。72年、衆議院選挙に無所属で出馬して当選。95年、議員辞職。99年に東京都知事選に初当選して以来、4選を果たし、2012年、都知事を辞職。14年、政治家を引退。

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