橋本琴絵:帝国憲法を見習え――「独立命令」可能で緊急事...

橋本琴絵:帝国憲法を見習え――「独立命令」可能で緊急事態に備えよ

「独立命令」の必要性

 読売新聞(令和3年5月13日付)によると、海外から帰国または入国後に感染防止のための待機契約に違反し、逃亡した者が1日最大300人いたという。こうした現象は、いくら法律の定め(検疫法)があるとはいえ、憲法にて私権(行動の自由)が最大限尊重されている以上、極端に言えば「他人にウイルスを感染させる自由」も故意ではない限り保障されている現実によって引き起こされている。そこで、本論は来たる憲法改正にあたり、最大の争点になると予想される「独立命令」について、論考を述べたく思う。

 多くの有権者が今、次の憲法改正の主眼は第9条の専守防衛にあると考えていると思料される。しかし、そもそも外国から軍事侵攻を受けてから防衛するといった発想は、マッハ29で飛来する超亜音速核ミサイルといった軍事技術のない時代の発想であり、戦争を始めて10分以内に勝敗を決するという現在の戦争事情を考慮すれば、専守防衛という発想は、まさに敵を日本国内に引き入れて民間人を巻き添えにして戦う本土決戦思想の継続であるとの批判以前に、ただの利敵であるといえる。

 したがって、憲法第9条が定める専守防衛や、東日本大震災などで活躍した自衛隊の存在そのものが違憲であると考える「極左思想」であるため、一般国民の支持するところではなく、改廃の議論は滞りなく進められるものと予想される。

 しかし、本当の争点はそこではない。それは、正確には独立命令の可否に憲法改正最大の争点があるといえる。順を追って説明したく思う。

帝国憲法は緊急事態に対応できた

 今回、新型コロナウイルスの感染拡大が阻止できなかった背景には、感染者の入国と感染者の自由行動を制限することが憲法上困難であった背景がある。憲法は法律より優先され、またその法律自体も少数野党が議席を有している限り、スムーズに立法・改正できる保障はない。そこで、アメリカ合衆国などの諸外国や大日本帝国には「独立命令」という制度があった。

「命令」とは一般的な語感であると一方的な印象を受けるが、れっきとした法律用語であり、現在の日本には執行命令と委任命令のみがある。執行命令とは法律を施行するにあたって関係各所に下す「政令や省令」のことであり、委任命令とは法律の委任を根拠にして下される「政令・省令」のことである。

 では、独立命令とは何か。それは、議会を介さず内閣または大統領あるいは国王・皇帝が下す命令であり、法律と同様に強制執行力と罰則規定を有するものをいう。日本国憲法では、第41条で「国会は唯一の立法機関である」と定め、内閣が独自に命令(政令)を下すことを抑制している。そして、憲法第73条第6号で政令に罰則を設けることを禁止している。

 つまり、何らかの緊急事態に対応するためには、まず国会が会期中であり、平時と同じ手続きを経て審議され、過半数以上を以て決議されなければならない。そこには、「非協力的な野党がいて牛歩戦術をとる」であるとか「そもそも国会が閉会中に緊急事態が起きる」という現実世界は想定されていない。

 大日本帝国では、帝国憲法第8条第1項で公共の安全を保持するため、天皇に緊急勅令を発令する権限を持たせて天皇大権とした。また、帝国憲法第70条第1項では、経済的な問題が発生した場合、勅令でこれに対応する権限を天皇大権にしていた。前者は治安維持に係わる緊急事態への対応であり、後者は緊急事態に伴う経済的問題が発生した際への対応である。ただし、どちらも勅令が発令された後に開催された帝国議会が否定する権限を有すると定められていた。

 では、「もしも」の話ではあるが、仮に帝国憲法下で新型コロナウイルス感染症が生じていた場合、どうなっていたであろうか。まず、検疫法の改正など議会が適切な立法をできない状態であっても、勅令で入国禁止措置ができ、感染者の隔離も問題なくできる。感染拡大の恐れがあるのに待機所から逃亡した者を最大量刑で死刑に処することもできる。加えて、外国人による買い占めでマスクが市場から消えた際も、買い占めに対する厳罰を勅令で定めることができるし、開発が遅れている国産ワクチンの研究・生産も製薬会社に直接命令することができる。企業は当然、購入されるか否が不確実な製品を開発生産することは無いため、独立命令である勅令で企業の生産と政府の購入を命令することで、企業は迅速にワクチンを開発生産することができる。

 実際、独立命令である大統領令制度のあるアメリカでは、先にトランプ大統領が製薬会社にワクチンの製造販売と政府の購入を命令していたため、日本よりも早くワクチンを供給することができた。アメリカ人の接種率は人口の半分をすでに超えているが、日本は人口の3%程度で世界最低順位である。
橋本琴絵:「独立命令」の復活で緊急事態に備えよ

橋本琴絵:「独立命令」の復活で緊急事態に備えよ

トランプ前大統領は製薬会社にワクチンの製造販売と政府の購入を命令していた

独立命令(緊急勅令)のメリット・デメリット

 しかし、もちろん独立命令(大日本帝国ならば緊急勅令、アメリカならば大統領令)にも、長短がある。

 たとえば、アメリカの黒人奴隷解放は、連邦最高裁が「黒人に人権はない」と判決を下し、連邦議会も「私有財産である黒人奴隷を開放することは財産権侵害に当たる」と判断する中、共和党のリンカーン大統領が大統領令を発令して黒人奴隷は解放され、黒人の基本的人権が認められるようになった。

 一方で、大東亜戦争中の1942年には、民主党のルーズベルト大統領が日系人の私有財産を没収して強制収容する大統領令を発令している。

 大統領令は、天皇の緊急勅令と同様に議会が反対した際はその効力を失う。したがって、議会が何らかの理由で機能しない場合に(災害で議員が複数名死亡した場合や、そもそも能力のある議員を有権者が選出できない場合も含む)、迅速性を以て緊急事態の解決を図る利便性がある一方で、裁判所や議会を通さない身体拘束も可能にする側面がある。

 実際、大日本帝国では、天皇の緊急勅令が濫用され、通信官吏の給与額までも緊急勅令で定め、不良債権を抱えた銀行への公的資金注入を緊急勅令で実行しようと試みたことがある。中でも特に問題されているのが、女子挺身勤労令(昭和19年8月23日勅令第519号)など、命令拒否には罰則を伴う軍需工場への勤労奉仕という「強制労働」(1910年以前から日本国籍を持つ者に限定した強制労働)などの身体拘束を含む緊急勅令であるといえる。これら独立命令に係わる問題の解決はどのようにすべきであろうか。
橋本琴絵:「独立命令」の復活で緊急事態に備えよ

橋本琴絵:「独立命令」の復活で緊急事態に備えよ

確かに天皇の緊急勅令が濫用された過去はあるが―

それでも政府に「独立命令」を許可せよ

 現在でも法的効力を持つ勅令は、実は風呂屋の入湯料を定めたものだけになった。(物価統制令(昭和21年勅令第108号)第4条に基づく昭和32年厚生省令第38号公衆浴場入浴料金の統制額の指定等に関する省令)

 「なぜ風呂屋の料金を天皇が決める?」という疑問も湧くが、当時は「議会が放棄した仕事をすべて天皇大権に丸投げしていた」ということで説明できる。つまり、独立命令が濫用された背景には、議会の職務放棄があった。言い換えれば議会が正常に機能している限り、不正な独立命令が為されてもこれを阻止する権限があるのだから、平時は議会立法であるべきだが、一刻を争う緊急事態が生じた時は、独立命令によって事態の解決を図ることができる、ということを今回の新型コロナウイルス騒動で私たちは学習したのではないだろうか。

 独立命令は、議会が無能であれば暴走するが、議会が正常に機能している限りにおいては、迅速性を以て事態を解決できる利便性をもつ。
 
来たる憲法改正には、内閣が独立命令としての政令を発令できる権限と、議会が否定したときは効力を失う規定が必要である。大震災や核ミサイルは、国会の会期中にくるとは限らないのである。
橋本 琴絵(はしもと ことえ)
昭和63年(1988)、広島県尾道市生まれ。平成23年(2011)、九州大学卒業。英バッキンガムシャー・ニュー大学修了。広島県呉市竹原市豊田郡(江田島市東広島市三原市尾道市の一部)衆議院議員選出第五区より立候補。日本会議会員。

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この記事へのコメント

ああああ 2021/5/29 08:05

毎回、琴絵さんの記事を読ませていただいておりますが、どれも感情論だけでなく、理路整然と説明されていて、目から鱗です。これからも頑張ってください。

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