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ナザレンコ・アンドリー:遵法者にムチ、無法者にアメ――入管法改正廃案で正しい外国人がバカを見る

正しい外国人がバカを見る

 2021年5月、入管法改正法案が取り下げられた。短期滞在ビザ、留学ビザ(現在4回更新)就労ビザのいずれも取ったことがあり、何度も入国管理局で手続きを行ってきた者として、その過程を注意深く観察していた。

 まず結論から言うと、入管法改正案が廃案に追い込まれたことはとても残念だ。法律を尊重し、正式な手続きを経て日本に滞在しようとしている外国人はさまざまな壁を乗り越えなければいけない中で、在留資格取得条件を満たさない者は、難民を自称さえすればずっと日本にいられる制度に対して強い不公平感を覚える。

 なぜなら一般外国人(特に発展途上国出身者)にとって、日本のビザ取得のハードルは決して低くないからだ。個人の体験談だが、私が初めて日本に来たときのビザは短期滞在ビザだった。それを発行するのは日本大使館だが、駐ウクライナ日本大使館は首都キエフにしかない。受付は午前中に終わるので、数分で済む書類提出をするために出身地ハリコフ市から夜行バスに乗り、片道8時間かけてキエフに向かったのは、今となっては懐かしい思い出ではあるが、当時は結構大変だった。出すべき書類も多く、パスポートと自分の経済力を証明する通帳以外には、往復のチケット、滞在計画書(1日ごとの予定)、日本人保証人の身元保証書、日本人保証人の経済力を証明する書類、日本人保証人と本当に知り合いである証拠(チャット歴、一緒に撮った写真)等も求められた(注:2017年、ウクライナの民主化に伴い、ビザ発給要件が緩和され、提出書類がだいぶ省略された)。

 その後は留学ビザを取得し、東京都三鷹市で暮らすことになった。戦争のせいでウクライナのインフレ率が60%を上回ったため、国にあった貯蓄や両親の収入は一瞬で半分以下になった。日本語学校の学費は払えたが、生活費はすべて自分で稼ぐべく、在留資格外活動許可(バイトする許可)を得て、歌舞伎町のラーメン屋で働き始めた。ちなみに、留学生のバイトには制限がある。原則として「週28時間以内」の労働しか認められず、ずっと手取り12万円程度、面積3.5畳の東京のアパートで一人暮らしをしていた。

真っ当な警戒心と慎重さ

 就労ビザの条件はさらに厳しい。日本語を喋れるようになり、雇ってくれる会社を見つけただけでは資格が下りない。まず大卒ではない者、もしくは5年以上の労働経験を有しない者への就労ビザ発給は認められないし、専門性が必要ない単純労働も認められない(私が大学に進学し、人生の4年間と何百万円も費やした主な理由は、この条件を満たすためだった)。さらに労働契約が確認され、日本人と同等以上の報酬が保障されないと却下、成績証明書が確認され、業務内容と大学で履修した科目に関連性がないと却下、企業側が「なぜ外国人を雇用する必要があるか」を説明する理由書を書き、それを入管が納得いかなければ却下……。

 幸いなことに、私はすべての条件を満たすことができ、5年間(最長)の「技術・人文知識・国際業務」ビザを取得できた。しかし、それは単純に「日本で普通に働かせてもらう」ためだけに6年かかったのであり、未だに永住許可を得たわけではない。万が一クビになって、決められた期間内で同じ業務の職に再就職できなければ強制送還される。永住許可や帰化の条件を満たすのは2025年の話で、私の場合、それを得るのに人生の三分の一をかける必要がある。

 だが、私は日本の制度を批判しているわけではない。治安維持の観点から考えると、日本にはスパイ防止法もないし、当然これくらいの条件があったほうがいいに決まっている。さまざまな苦労をしなければいけなかったからこそ、自分自身も在留資格の尊さを痛感できただろうし、(日本で暮らしたいという)本気度が高い外国人のみを通すフィルターが社会をより住みやすくするはずだ。日本で欧米のような移民危機が起きなかったのもこういう制限のおかげだろう。

 とはいえ、抜け穴もたくさんある。日本人と結婚したら、学歴や労働経験に関係なく、3年で永住許可が下りるし、「実習」という名目で単純労働しながら出稼ぎも可能。また外国人でありながら、特別永住者の家庭で生まれれば、何の審査もされずに自動的に特別永住権を与えられる。そして最近話題となったところでは、難民申請を何度も繰り返すことで、ずっと日本にいられるというのだ。
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日本人との結婚などの例外を除き、通常は就労ビザの取得条件は厳しい。

遵法者にムチ、無法者にアメ

 ある日、立憲民主党の石川大我議員が、在留資格を有しない外国人が就労できず生活保護も受けられないことを批判しているのを聞いて、自分の耳を疑った。何一つとして入国・在留資格取得条件を満たしていない人、まして入管の審査を受けて落ちた人が私と同じ権利を与えられるなら、私は今まで何のために努力してきたのだろうか。被害者面するだけで在留資格と金が与えられるなら、真面目に法律を守る人がバカを見るじゃないか、と怒りがわいたのだ(ウクライナも戦争中だから、難民申請しようと思えばできたわけだ)。

 しかし、日本のリベラルが不真面目な外国人を優遇しようとしたのは、これが初めてではない。2020年6月、免許を不携帯のまま自動車を運転したクルド人の騒ぎを思い出してほしい。難民が高級車に乗れるほどの経済的余裕があるのも驚きだが、免許不携帯で危険運転を繰り返し、警察に抵抗して逃走を図ったクルド人をメディアが被害者扱いしたことにはさらに驚く。その際、日本の野党議員も違法行為をしたクルド人ではなく、しっかり任務を果たした警察官の方を責め始めた(米国の犯罪者擁護運動BLMにスタンスにそっくりだ)。これによって「いくら(在日外国人が)罪を犯しても『差別だ』と騒げば味方がつくし、責任逃れできる」というメッセージが発されることになった。そのせいで法の抑止力が弱まり、日本の治安が悪化してしまったら、彼らは一体どのように責任を取るつもりなのか。
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ナザレンコ・アンドリー:遵法者にムチ、無法者にアメ――入管法改正廃案で正しい外国人がバカを見る

入管法改正反対を叫ぶ福島みずほ氏。法の廃案で「正しい」外国人がバカを見ることを理解しているのか―
via twitter
 まして、外国人に関するあらゆる事柄を安易に(日本の)差別問題として結びつける手口は、「外国人と関わると面倒くさいことになる」という偏見を助長し、外国人の社会化の妨げになりかねない愚かな行為と言わざるを得ない。得するのは(在日外国人)犯罪者のみで、本当に迷惑極まりない話だ。

 もう「遵法者にムチ、無法者にアメ」のスタンスにはうんざりだ。同じ外国人なのに、なぜ納税する側と〝日本在住者の血税〟で飯を食わせてもらっている側に別れているのだろうか。なぜ法律の抜け穴を利用し、不法滞在している一部の不良な外国人のせいで、外国人全体が風評被害を受けなければいけないのか。まったく納得いかない点ばかりだ。

 日本政府と与党には、声だけは大きな左派系野党の〝犯罪者擁護団〟ではなく、一般国民と素直に法を尊重している大多数の在日外国人の声を重視していただきたい。野党に寄り添って入管法改正法案を廃案にしても、新たな批判のタネが増えるだけだ。せっかく議席の過半数を持っているならば、選挙によって与えられた信頼を使って堂々と採決すればいい。マスメディアには叩かれるだろうが、有権者には感謝されるのだから気にする必要は微塵もない。法の下の平等を実現させることこそが正義であり、入管法改正法案成立によって〝自称難民〟の特権をなくすことは、その第一歩になるだろう。ギャーギャー騒ぐことではなく、真に努力が報われる社会が実現することを切に願いたい。
ナザレンコ・アンドリー
1995年、ウクライナ東部のハリコフ市生まれ。ハリコフ・ラヂオ・エンジニアリング高等専門学校の「コンピューター・システムとネットワーク・メンテナンス学部」で準学士学位取得。2013年11月~14年2月、首都キエフと出身地のハリコフ市で、「新欧米側学生集団による国民運動に参加。2014年3~7月、家族とともにウクライナ軍をサポートするためのボランティア活動に参加。同年8月に来日。日本語学校を経て、大学で経営学を学ぶ。現在は政治評論家、外交評論家として活躍中。ウクライナ語、ロシア語のほか英語と日本語にも堪能。著書に『自由を守る戦い―日本よ、ウクライナの轍を踏むな!』(明成社)がある。

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