議論の焦点がわかりにくい「LGBT法案」
ところが、どの新聞を読んでも、自民党内で何が議論の焦点になっているのか、よくわからない。
よくわからないのは、新聞がわざと「よくわからないように書いている」からだ。大手メディアと特定の勢力が結託して、真実を隠蔽し議論の本質をねじ曲げようとしているところに、この問題の深刻さがある。
この議論が対象にしている性的少数者とは「LGBT」だ。これは、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの頭文字を取ったものだ。
実はこのLGBTという言葉そのものに、すでに問題の本質を混乱させる「悪意」が潜んでいる。
レズビアン、ゲイ、バイセクシュアルは、ご存知の通り性的指向だ。これに対しトランスジェンダーとは、「性同一性障害」という疾患の名前だ。身体的性別が、自らの「ジェンダー・アイデンティティ(性自認)」と一致しないために苦痛や障害を引き起こしている病気であり、患者は日本精神神経学会の作成したガイドラインに沿って、精神科による判定と診療ののち、ホルモン療法、外科的手術が施される。
ここで重要なのは、精神科による診療と診断が、この「疾患」の認定において不可欠であるという点である。それは、「性自認」が基本的に自己申告であり、脳科学的に自己申告の真贋を検証する術は未だに確立されていないからだ。
実際、「自分はトランスジェンダーだ」と主張する変質者によって、欧米では数多くの犯罪が起きている。
2018年3月、イギリスでトランスジェンダーの女性(体は男性、本人の性自認は女性)が、商業施設のトイレで、10歳の少女を暴行するという事件が起きた。
この人物はそれまでに繰り返し女装して女子トイレに侵入し、盗撮などを繰り返していた事がわかり、事件当初は「トランスジェンダーを偽装した男性が女子トイレに侵入した性犯罪」と受け止められた。
ところが、この事件はその後意外な展開を見せる。この被疑者が「あくまで自分はトランスジェンダーであり、レズビアンだ」と主張したからだ。男性の体をしているが、自分は女性で、恋愛の対象は女性だというのだ。
カレン・ホワイト事件の衝撃
この人物の出生時の名前はスティーブン・テレンス・ウッド。男性として生活していた2003年に女性に対する性的暴行事件を起こした事もあったが、ほどなく「自分はトランスジェンダー女性だ」と主張するようになり、住んでいた公営住宅などで女性として扱うように求た。そして自分の主張が通らないと「トランスジェンダーへの差別だ」「ヘイト・クライムだ」と声高に主張するようになったという。
収監先を決める聴聞に、「カレン・ホワイト」は、ブロンドのカツラをかぶり、女性のようなメイクアップをし、女性の服装を着て出席した。そして「自分は女性だ」「自分を女性刑務所に入れないのは差別だ」と野太い声で主張したという。
そして、希望通りイングランド北部のニューホール女性刑務所に収監されたホワイトは、そこで犯行に及んだのだ。
しかし、女装し女性だと言い張るホワイトを前に、トランスジェンダー委員会は、ホワイトの主張を覆すだけの客観的証拠を示す事ができなかったのであって、その状況に今も変わりはない。
要するに、もしホワイトのような凶暴な人物が、実刑判決を受け女性刑務所への収監を求めた場合、今なおイギリス政府には「それはウソだ」と指摘する明確な論拠を持たないのだ。いつ「第2第3のカレン・ホワイト」が女性刑務所に入ってもおかしくない状態が、今なお続いている。
2017年段階で、イングランドとイギリス南西部のウェールズ地方の女性刑務所には、男性の体を持ったトランスジェンダー女性が合わせて152人が収監されていた。
その後カレン・ホワイト事件を受けて、イギリス政府は、「女性受刑者の安全を守るため、152人の一部を男性刑務所に移送する」と発表した。
これに対して内外のトランスジェンダー活動家は、「性的少数者の権利の大幅な後退だ」と激しく抗議し、国論を二分する論争が続いている。
難しすぎる「性自認」の判定
ホワイトが本当にトランスジェンダー女性なのか、実は「身体」と「性自認」と「性的指向」はマジョリティ男性であり、女性施設に侵入して性犯罪を繰り返す事を目的として女装していた「悪意あるニセトランスジェンダー」だったのかがは、未だに判明していない。
そして、悪意を持ってトランスジェンダーを偽装する人物を「偽装だ」と見抜くだけの確実な手法が確立されていない以上、日本にも「カレン・ホワイト」が遅からず登場するだろう。
そして、自己申告を否定する客観的証拠がない限り、日本政府もイギリス法務省のような、数多くの「間違った判断」をするだろう。
そうなれば、女子トイレや女子風呂、女性刑務所ですら、マジョリティ女性の性犯罪被害の舞台となる。
今、自民党内の議論で論争の焦点となっているのは、立憲民主党や公明党などが参加する超党派議連との調整で書き加えられた下記の文言だ。
「性的指向および性自認を理由とする差別は許されない」
「性自認を理由とする差別は許されない」という文言の行き着く先は、「自分は女性だ」と性自認する人物が「差別は許されない」と主張した場合、「日本版カレン・ホワイト」を女子トイレや女風呂や女性刑務所から排除できなくなるという社会である。
そして、大多数の女性にとっては、女子トイレや女子風呂に、いつ女装した日本版カレン・ホワイトが入ってくるかわからないという、「安心してトイレにも行けない」社会になる。
イギリスでは、トランスジェンダー女性専用の刑務所を作るべきではないかという議論が起きている。
これに対しては、「税金の無駄」という意見がある一方で、トランスジェンダー運動家は、「女性だと自認する人を、女性刑務所に入れないのは差別だ」と主張している。
「権利」のリベラル、「知恵」の保守
元々の自民党案では、「性自認」ではなく「性同一性障害」に絞った表現にしていた。
つまり精神科医による認定を経た疾患としてのトランスジェンダーを対象にしていたのであり、「虚偽申告を見破れない性自認」とは一線を引いていた。
そこには、欧米各国で起きている様々な混乱を検証した上で、性自認という「沼」に足を踏み入れない、保守政党らしい「知恵」があった。
ところが、立憲民主党や公明党との調整を経て、性同一性障害という言葉が、性自認に指し変わった。これを主導したのが、党の「性的指向と性自認に関する特命委員会」の稲田朋美委員長だ。
「保守の旗手」から「性自認」の担い手へ
しかし、場違いな服装で自衛隊設備を視察したり、都議選の応援演説の際に「防衛省、自衛隊、防衛大臣としても(支援を)お願いしたい」と述べるなど物議を醸し、さらに南スーダン日報問題の国会答弁での虚偽答弁疑惑もあり、2017年7月に辞任に追い込まれた。
稲田氏の夫婦別姓や性的少数者に関する立ち位置は、防衛大臣辞任後大きく変化していく。例えば選択的夫婦別姓について、稲田氏は防衛大臣辞任前、「家族の崩壊につながりかねない制度は認められない」と反対の立場を明確にしていたが、2019年のインタビューでは、「人生100年時代になり、いろいろな家族の形ができている。固定概念にとらわれず議論してもいいのではないか」「(以前は)家族の一体感を損なう観点から反対の論陣を張ってきたが、いろいろな方の事情を聴き、考えが進化した」と答えている。
今回の「性自認」の自民党案修正についても、野党の主張を受け入れたという形をとっているが、実際は稲田氏本人の強い意向の反映とみられている。追加された文言を削りさえすれば党内手続きを速やかに終える事が出来たのに、稲田氏は「性自認」「差別は許されない」という言葉に強いこだわりを見せ、削除に頑強に抵抗している。
ここ数年、性的少数者問題について熱心に取り組んでいる稲田氏が、カレン・ホワイト事件を知らないはずはない。
カレン・ホワイトが図らずも浮き彫りにした「性自認」に依拠した法律と社会制度の危険性は、思想の左右を問わず、全ての政治家が共有した上で性的少数者の権利の問題を議論すべきだ。
さらに、LGBT以外にも様々な種類の性的少数者がいるという観点から、欧米ではLGBTという言葉は、いまはほとんど使われず、「LGBTQ+」と表記するのが標準となっている。Qとは、自分の性的指向などについて態度を保留したり、態度を決めかねている人の事だ。
日本でも、「多様性」や「違い」について極めて敏感で、「権利」を重視し、欧米型社会を金科玉条のごとく称揚するリベラル系メディアやリベラル活動家なら、本来であれば「LGBT」はなく「LGBTQ+」という表現を選択するはずだ。
ところが、日本で「性的少数者」の人権を声高に叫ぶ勢力は、今でもLGBTという言葉を使い続けている。そこには、性的指向と性自認を一緒くたにする事で、性自認に潜む深い問題点をわかりにくくする狙いがあると指摘する関係者は少なくない。
大手メディアのこの手の記事が極めてわかりにくいのも、カレン・ホワイト事件に象徴される、性自認を巡る「都合の悪い真実」から読者を遠ざけようとする底意があるからに他ならない。
稲田氏は「性的指向と性自認に関する特命委員会」という名前の会議体の委員長を務めている。言い換えれば、「LGBとTに関する特命委員会」だ。
この名前の委員長を引き受けた段階で、稲田氏は「性自認」という沼に突っ込んでいく決意を固めていたと言えよう。
性的マイノリティの権利を強調するあまり、多くの人々の安全や安心を脅かす制度や法律を我が国に持ち込もうとするのであれば、稲田氏はもはや保守政治家とは呼べない。
まさに「不要不急」の議論だ
「大変残念だ。自民党内が旧態依然としたなかで、法案を今国会に出せない状況になっているようだ。言いたくないが、本当に口だけかよ!」とコメントした。
コロナ禍に鑑み、緊急事態法制の整備を軸とする憲法改正の議論が出ている事について、「不要不急の議論をするな」と所属議員に発言させるのが立憲民主党だ。
私に言わせれば、社会を不安定化させるリスクが高く、国論を二分するLGBT法案こそ、不要不急の法案の極致だ。
それでもなお、稲田氏が「性自認」の「差別は許されない」という文言にこだわり続けるのであれば、はっきりと転向を宣言し、立憲民主党に移籍する方が、本人もよほどスッキリするだろう。