「9.14 高市ショック」が変えた総裁選の構図
(1)どうやって推薦人を20人集めたのか
(2)惨敗必至でなぜ出るのか
(3)リベラル票が野田に流れて河野が不利になるのではないか
政局報道として正鵠を得ているかはべつとして、一般国民が野田出馬に対してこうした疑問を持つのは、もっともな事だ。
しかし永田町に長く生息している人種にとっては、野田の出馬は全く違う意味で衝撃を与えた。「総裁選がどういう形で決着するのか」という、「読み筋」を大きく変える事象と捉えられたからだ。
そしてこれには前段がある。実は、総裁選序盤の「読み筋」を大きく変えるキッカケを作ったのが、9/14の高市早苗決起集会なのだ。
高市については、序盤戦の段階では
「第一回投票での議員票は60票止まり」
「安倍さんも、本気では高市を支援していない」
「だから、高市が勝つ事はありえない」
という「風評」が繰り返し流布された。
ところが、9/14に高市陣営が開いた「決起集会」に、事前の予想をはるかに超える71人が集まり、他陣営の度肝を抜いた。
表向きは68人という数字が公表されているが、「後援会などへの説明が終わっていないので、まだ名前は出せない」とした議員が3名いるので、実質71人だ。
決起集会に参加するという事は、天下に「私は高市早苗に投票します」と宣言する行為である。
告示前に71人の国会議員が、実名で高市支持を表明するとは、支持母体となっている清和会の多くの関係者すら、予想していなかった。
さらに周囲を驚かしたのは、出席者名簿の中身だ。
安倍氏が支持を伝えたのが清和会幹部だった事もあり、「決起集会にくるのは清和会の議員ばかりで、他派閥はほとんどいないだろう」と見られていた。
ところが、フタを開けてみたら二階派からの7人をはじめ、麻生派、竹下派、石破派など、ほとんどの派閥から満遍なく議員が結集した。
そして、他派閥を震撼させたのが、そのメンバーである。二階派からは高市氏の元伴侶の山本拓氏、河村建夫元官房長官など大物議員もいた。他にも、高市氏とは縁遠いと見られていた議員も多数含まれていた。
また、麻生派は「河野支持と岸田支持に二分されている」と見られていたにもかかわらず、4名が参加した。
河村建夫氏が麻生内閣の官房長官だった事も考えると、今後麻生派からも事前の想定を超えた議員が高市支持に回る可能性が取り沙汰されている。
江藤氏の父は、武闘派の保守系政治家として名を馳せた江藤隆美氏で、江亀(江藤・亀井)派すなわち現二階派の創立者だ。
息子の拓氏も、父親譲りの仁義を大切にする性格から中堅若手からの人望が厚く、二階派や無派閥議員にも影響力があり、江藤拓氏が本気で高市支持を呼びかけると、それなりの議員を引っ張ってくる可能性がある。
江藤拓氏は2019年の第2次安倍内閣で、農水大臣として初入閣した。今回の江藤拓氏の高市支持表明は、無派閥議員からの大臣抜擢というに安倍氏への恩に報いたという側面もあり、江藤家の義理堅い血筋を偲ばせる。不義理と裏切りばかりが横行してする現代の永田町にあって、江藤拓氏の今後の発信には、様々な意味で注目が集まっている。
そして、江藤拓氏の高市支持表明は、安倍氏の高市支持の本気度を示す結果ともなった。安倍氏の強みは、足元の清和会だけではなく、麻生派、竹下派、菅派にも、熱烈な支持グループを持っているところにある。
安倍氏が、清和会のみならず他派閥・無派閥の議員にも水面下で高市支持を呼びかけている事が明らかになった事で、高市支持が派閥横断的に拡大していく事が予感された。
高市支持の「うねり」
調べみると、確かに高市・河野両氏の出馬会見のYouTubeの再生回数には、顕著な差がある事がわかった。
ところが、老若男女が満遍なく楽しんでいると言われるYouTubeでは、逆に高市氏が河野氏の9倍もの視聴回数を稼いでいるのである。
YouTubeの視聴回数は、現代日本において、「国民が何に惹かれているか」「何に興味を示しているか」を示す、最も信頼に足る指標の一つである。
去年のアメリカ大統領選挙では、大手メディアの露骨なトランプ叩き、バイデン推しが目についた。各メディアが事前に示していた世論調査によれば、トランプはバイデンの7割程度の票しか獲得できない「不人気候補」に過ぎなかった。ところが、フタを開けてみればトランプは7421万もの票を獲得した。これは熱狂的なオバマブームに沸いた2012年のオバマ大統領初当選時の6949万票をはるかに上回り、バイデンの得票数の9割を越した。
今回日本の新聞社やテレビ局の出してくる高市支持の数字は、本当に自民党支持層や有権者の実態を表しているのか。マスコミの候補者の扱いは公平か。そんな疑念が渦巻く中、城内氏が指摘したファクトは見逃せない。
高市陣営は今、「実は、国民の間では、高市さんに支持するうねりが生まれ始めているのでないか」「それを大手メディアが隠そうとしているのではないか」という、嬉しい疑心暗鬼を抱えている。
河野陣営の焦燥
総裁選を優位に進めていると見られていた河野太郎の決起集会が2日後の9/16に開かれたが、議員の本人出席は28人。代理出席29人を加えても57人にとどまり、高市陣営に遠く及ばなかった。
関係者が最も注目しているのが9/13に日本テレビが発表した世論調査である。
他のメディアの調査は国民一般を対象にしているのに対して、日テレのこの調査は調査対象を自民党の党員・党友に電話調査をかけた点で、より総裁選の現状を正確に示しているものと見られている。
【9/13 日テレ 自民党党員党友調査】
・河野 25%
・石破 21%
・岸田 19%
・高市 16%
・野田 3%
これまで高市氏の支持率は、全ての大手メディアの調査で常に1桁台で、河野に及ばないどころか、数分の1の数字しか出ていなかった。
これについては、「いくらなんでも低すぎるんじゃないの?」という疑念が、高市陣営のみならず他陣営からも上がっていた。
そこに日テレの党員党友に絞った調査が出て、高市氏が16%と初めて2桁台に乗せ、河野氏に9ポイント差まで迫った事で、「他の調査がおかしかったんだ」「この数日で支持が伸びた可能性もある」などと、妙な納得感が広がった。
河野太郎の「決定的欠陥」とは
9/10の出馬会見では「ぬくもりのある社会」「汗をかいた人が報われる」など、つかみどころのない冒頭発言のあと、質疑になった。そのやり取りに、永田町では驚きの声があがった。
記者の質問の意味を正確に理解できなかったのか、質問に答えなかったり、頓珍漢な返答をしたりするケースが何度も見られたのだ。
私と一緒に会見を見ていた中央省庁のキャリア官僚は、噛み合わない質疑を観てこう呟いた。
「河野さんは、地頭が悪いんですよ」
その強い語気に、いつもは極めて温厚で、政治家の論評をほとんどしない人物だっただけに、私は少なからず驚いた。
この人は、河野氏が行革担当大臣を務めていた時に大臣室に何度もレクチャーに行き、河野大臣主催の政策立案の重要な会議にも出席した経験がある人物だけに、発言には重みがあった。
「『改革の旗手』『抜群の発信力』『突破力がある』とメディアに持ち上げられるけど、ただ頑固なだけなんですよ」
「そして、一度誤解すると、それを修正するだけの知力がない」
「さらに、自分の思い通りに物事が進まないと、感情を爆発させて、瑕疵のない部下に当たり散らす」
週刊文春は今、河野太郎氏が役人を怒鳴り上げるパワハラ音声をインターネット上で公開している。
それは今年8/24、エネルギー政策についての会議での河野の発言だ。
これまでの政府の方針を説明する資源エネルギー幹部の発言を遮って
「じゃ、こっちは受け入れられない!」
「はい、次!」
「日本語のわかる奴出せよ!」
大声で官僚を怒鳴り、罵倒し、人格や能力を悪し様に否定する様子は、「パワハラ音声」として各所に衝撃を与えた。
しかし、官邸を長く取材した経験のある私からすると、最も深刻な問題の所在は「パワハラ」ではない。
この音声が明らかにしたのは、河野氏が感情のコントロールが出来ない人物であるという厳然たる事実である。
行革担当やワクチン担当など規制打破を旨とする大臣職なら、官僚を怒鳴り上げ恫喝しても、仕事にはなるだろう。
しかし、首相となると話は全く違う。 外交、安全保障、大災害、悪質なウイルスの急速な感染拡大。いつどのように降りかかってくるかわからない「有事」に、トップリーダーが感情を爆発させ、冷静な判断が出来なければ、国家が傾く。
河野氏は、父親の河野洋平から非常に厳しく育てられた事で有名である。幼少期のトラウマなどが原因で、感情の制御に問題を抱えているのであれば、それは気の毒な事だ。
しかし、一国の総理を選ぶとなると、話は別だ。他者や部下に当たり散らすのでは、誰も河野のために汗をかこうとは思わないだろう。
そして、感情を抑えきれないリーダーの誤った判断と情報遮断は、国家に決定的とも言えるダメージを与える。
民主党政権時代の菅直人首相が、究極の例だ。
河野太郎と「菅直人首相」の共通点
私は菅政権下では、TBS政治部で官邸キャップを務めていたので、官房副長官や閣僚、そして側近議員からも、首相のこのような性格によって官邸が機能不全に陥っていく様子について、逐次証言を得ていた。
一番印象的だったのが、原発事故当時経産大臣を務めていた、海江田万里氏の証言である。
あの日、福島第1原発1、2号機の電源喪失を受け、東電は16時45分に原子力災害対策特別措置法に基づき、経済産業省に通報した。
これを受けて海江田氏は、大臣車に3人の経産省幹部と一緒に乗りこんで官邸に急行し、菅首相に「直ちに原子力緊急事態宣言を発令し、原子力災害対策本部を設置するよう」強く求めた。
ところが海江田氏の強い語気に、菅直人総理は感情のコントロールを失い、冷静な判断が全くできない「イラ菅状態」に陥った。そして、
「原子炉の状況はどうなっているんだ」「法律のどこに根拠があるんだ」
など怒鳴り散らし、緊急事態宣言を出さないまま席を立ってしまった。
さらに、周囲の反対を押し切って強行した現場視察などによって、必要な対応が大幅に遅れ、福島第一原発は炉心溶融の中でも最悪の「メルトスルー」という事態に陥った。
国会に設置された事故調査委員会は、菅直人氏の責任についてこうまとめている。
「首相は緊急事態宣言の発出がすべての事故対応の前提になることを十分理解していなかった」
「何度も事前に対策をたてるチャンスがあったことに鑑みれば、今回の事故は自然災害ではなく、あきらかに人災だ」
1人のリーダー不適格者を総理にしてしまったために、福島と日本は、必要以上の災禍に今なお苦しめられている。
「菅さんを怒らせない、あれ以外の言い方はなかったか」
「菅さんが激昂さえしなければ、福島がこんな悲惨な事になる事になかったんじゃないかと考えると、悔しくて悔しくて…」
海江田は、私と二人きりで向き合った議員会館の応接室で、さめざめと涙を流した。
河野陣営は当初、第一回投票での逃げ切りを狙っていた
これは菅政権時代の総理会見で、実際に官邸の記者会見場で何度も目撃した、「菅直人が感情のコントロールを失う瞬間」と、全く同じ目をしていたのだ。
「河野太郎は首相の器ではないのではないか」。こうした観測が急速に広まりつつある。
こうした河野氏の適性の問題もあってか、河野陣営と背後の河野支援グループは当初、「第一回投票で過半数をとって、一気に決着をつける」、要するに「勢いで勝つ」という戦略を立てていた。
実際大手メディアの世論調査や、派閥のグリップが効かない現状を鑑みると、総裁選の序盤戦までは、河野が第一回投票で過半数を抑える可能性は少なからずあった。
逆に言えば、決選投票となれば、岸田と高市の2位3位連合が束になるから、河野の勝ち目はぐっと減る。
だからこそ、河野陣営としては、確実に勝ち切るには、第一回投票で決めてしまうのがベストのシナリオだった。
その見立てを一変させたのが、先の
・日テレの党員党友調査と
・9/14高市決起集会だ。
高市が議員票で110程度を固め、さらに上積みをうかがう情勢となれば、河野が第一回投票で過半数を取る可能性はほとんどない。しかも、決選投票では逆転敗北が濃厚だ。
各派閥のごく中枢では、「このままでは河野は勝てない」という観測が、今週月曜日夜以降一気に広まった。
野田出馬は二階の「決選投票カード」
朝日新聞OBの鮫島浩など凡百の政治ジャーナリストは、「リベラルで知られる野田聖子の出馬は、同じくリベラルの河野票を奪うから、野田出馬の背後には安倍晋三がいる」などど評論しているが、これほど実態から乖離している、頓珍漢な解説も珍しい。
これら自称政治ジャーナリストが総裁選の見立てをことごとく誤るのは、第一回投票と決選投票の区別すらついていないためだろう。
各種世論調査で1~3ポイントと、出馬しても惨敗必至の野田聖子も、「決選投票のコマ」として考えると、俄然意味が出てくるのだ。
要するに、二階氏としては、
(1)高市が伸びている以上、決選投票は避けられない
(2)地方票のボリュームが少ない決選投票では、岸田票と高市票を足し合わせた「2位3位連合」に河野は勝てない
(3)しかし、野田に恩を売って出馬させれば、野田は高市から「女性宰相期待票」の一部を、河野・岸田から「リベラル・ジェンダー票」の一部を掠め取る事が出来る
(4)第一回投票で野田が25+αの国会議員票を獲得すれば、それは即、決選投票で二階が自由にできる票となる
という見方をすれば、全ての現象の辻褄があってくるのである。
理念なき撹乱と、その尻馬に乗る候補者
二階氏の胸の内を図らずも暴露したのが9/13、河野による「石破への協力要請」だ。
二階氏の地元、和歌山3区には、秘書で三男の伸康が張り付いている。二階氏は、近い将来選挙区を伸康に譲りたいと考えている。
しかし、その席を虎視眈々と狙っているのが、安倍親衛隊で参議院議員の世耕弘成元経産大臣である。
もし、安倍に近い高市や岸田が勝てば、二階氏は選挙区の息子への禅譲に失敗し、和歌山の二階王国は崩壊する。
しかも、河野は出馬にあたって安倍にも麻生にも挨拶に行っている。このままでは、たとえ河野が勝っても、幹事長職を安倍・麻生に取られてしまうリスクがあった。
そこで、
・河野にマスコミを引き連れて石破に協力を要請するよう申し向け、
・安倍麻生vs河野太郎という全面戦争の構図を作らせた上で、
・河野を勝たせる事によってのみ、
・和歌山を含む全ての選挙区の公認権を一手に握る、幹事長職を自身で掌握出来るのである。
それに引き換え、「河野ー石破連合」の結成に嫌気をさした細田派や麻生派から流出してしまう票の方が遥かに多い。
もし、河野自身が石破に協力を要請したかったのなら、マスコミにバレないように密約を結べばよく、わざわざカメラの前で石破に頭を下げて安倍・麻生を敵に回す必要は、河野自身には全くなかった。
「河野」と「安倍・麻生」を完全に分断したい二階の思惑通りに行動した河野。
これで二階と河野の「主従関係」がはっきりと浮き彫りになった。
もし河野が首相になれば、二階の息のかかった人物が幹事長になるだけでなく、事実上の「二階傀儡政権」となる
この「見立て」が正しいか、間違っているか。その答え合わせは、極めて簡単である。
野田聖子の推薦人20人の内訳を見ればいいのだ。最も多くの推薦人を出した派閥は、もちろん二階派で8人。
他にも、選挙区調整で二階の力を借りたい三原じゅん子や、70才定年制のルールを二階に特例で免除してもらった議員など、二階に足を向けて寝ることのできない面々が、推薦人に名を連ねた。
要するに、二階は告示日の直前まで、10人以上の配下の議員を、推薦人候補議員として浮かしていた計算になる。
「第一回投票で野田が薄く広く集める30程度の国会議員票を河野に寄せる事で、決選投票のキャスティングボードを握る」。
一度は権力の座から滑り落ちたかに見えた二階俊博が、数少ない手駒を最大限に活かして、最後の勝負に出たのである。
放っておいても、月末には新しい総理・総裁が決まる。魑魅魍魎がどう跋扈しているか、その詳細まで一般国民が知らなくても良いだろう。
しかし、私たち全員が、胸に刻んでおかねばならないのは、日本の総理大臣選びが、理念や政策や候補者の適性などはそっちのけで、老醜漂う晩年の有力政治家と、その掌で指示通りに動かされる候補者によって、大いに撹乱されているという、無残な現実である。
1966年、東京都生まれ。フリージャーナリスト。
1990年、慶應義塾大学経済学部卒後、TBS入社。以来25年間報道局に所属する。報道カメラマン、臨時プノンペン支局、ロンドン支局、社会部を経て2000年から政治部所属。2013年からワシントン支局長を務める。2016年5月、TBSを退職。
著書に『総理』『暗闘』(ともに幻冬舎)、新著に『中国に侵略されたアメリカ』(ワック)。