【島田洋一】逃げのノーベル平和賞と日本学術会議

【島田洋一】逃げのノーベル平和賞と日本学術会議

 10月9日、ノルウェー議会の下部機関であるノーベル賞委員会は、今年度の同賞を、国連機関である世界食糧計画(WFP)に与えると発表した。

 率直に言って、典型的な「逃げの授賞」と評さざるを得ない。現在進行形の巨大な不正との対峙を避け、しかしどこからも批判を受けずお茶を濁したいときに使われるのが国際機関である。筆者は『WiLL』11月号に大要次のように書いた。

 《(ノーベル平和賞が)国連や欧州連合といった肥大化した、非効率な官僚組織に与えられる場合は無意味という他ないが、国家権力の抑圧と闘う自由の闘士に与えられる場合には、国際世論の喚起という点で有意義な効果を発揮しうる。……(いま)授賞を通じて支援すべきは、例えば中国共産党政権の弾圧強化と闘う香港市民であり、新疆ウイグル「自治区」の強制収容所で呻吟するイスラム教徒たちだろう。……ノルウェー政府がもし「トランプと中共の対立」に関わりたくないと、半端な国際機関などに授賞するようなら、文明に対する歴史的な背信行為となる》

 WFPは過去に北朝鮮にもかなりの食糧援助をしてきた。その際、核ミサイル開発資金を国際市場での食糧買い付けに回せといった注文や条件は一切付けていない。WFPが提供した援助物資は、北当局によって軍や政治警察に優先的に回されてきた。実質的に独裁者を支えてきたと言わざるを得ない。

 WFPのビーズリー事務局長は、平和賞授与の決定を受けた声明で、「平和が実現しなければ、われわれは飢餓撲滅という目標を達成することができない」と述べている。独裁政権に考えもなく奉仕するのは、平和を実現する道ではないだろう。

 高給を食み優雅に暮らす多数の幹部職員(NGOは彼らを「援助貴族」と呼ぶ)の給与、住居費など「事務経費」が肝心の食糧の購入、運搬、配布に当てる事業費を圧迫している構造にもメスを入れねばならない。

 ノルウェー政府には、中共の圧力を跳ね返し、候補に挙がっていた香港の自由の闘士、例えば、蘋果日報の発行人である黎智英や若き民主活動家、周庭、陳浩天などに受賞させる勇気を示して欲しかった。

それが怖いというなら、巨大な不正が横行する現代世界において、「権威あるノーベル平和賞」の授賞主体を担う資格はないだろう。

 もちろんノーベル賞委員会は、選ばれなかった候補者たちを「なぜ落としたか」の説明はしない。

 しかしメディアはその点の取材を進め、公開の場で委員らに質問をぶつけるべきだろう。今回のような「逃げの授賞」に関しては、極力小さく報じて不満を示すやり方もあるが、大きく報道する以上、批判的角度からの検証も欠かせない。

「菅首相は、候補名簿にあった6人の大学教員をなぜ落としたのか具体的に説明せよ」といきり立つ日本学術会議にも、そのエネルギーの百分の一でも振り向けて声を上げて欲しいところだが、彼らは中共の人権蹂躙にそもそも何ら関心を持たない。

 国際賞ではないがそれに近いものに、ユネスコが認定する世界文化遺産がある。2015年に登録された「明治日本の産業革命遺産」に関する情報発信の拠点、産業遺産情報センターを九月末に訪れ、加藤康子センター長に各種展示パネルを解説してもらった。

 特に5メートル以上の干満差を克服して石炭運搬船が出入りできるよう開閉式で工夫を凝らした三池港の説明では、「凄い」と繰り返す加藤氏の言葉に先人への敬意と熱い思いがこもっており感動的だった。

 韓国が事実を極度に歪め、奴隷牧場のように描く軍艦島の各種映像も精細で印象深かった。加藤氏は、韓国、中国側に立ってつまらぬ言いがかりを付けてくる自称ジャーナリストや学者への応対にエネルギーを割かれると嘆いていた。

 先人の遺産から将来を照らす指針を得ようとせず、自虐史観を振り回して恥じない人々が同じ日本人であることが恥ずかしい。ここはその意味で、日本の光と闇が争う場所になっている。

 日本学術会議のメンバーで、韓国への注進目的でなくここを訪れた人、訪れようと思っている人が何人いるだろうか。一部しか見る時間がなかったが、高い学術価値のある資料も数多く収蔵されている。本来なら学術会議は、国際的な場で、誹謗中傷に立ち向かい、センターの意義を説く先頭に立たねばならないはずだ。しかし実際には逆のスタンスを取る左翼大学教員が多い。学術会議は速やかに廃止し、浮いた予算を産業遺産情報センターなど有意義な事業に回すべきだろう。
島田洋一(しまだ よういち)
1957年、大阪府生まれ。福井県立大学教授(国際政治学)。国家基本問題研究所企画委員、拉致被害者を「救う会」全国協議会副会長。

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