「総理になる部屋」の伝説

「総理になる部屋」の伝説

※写真はイメージです
 赤坂から六本木に抜ける道を左に上がった丘の上に、「佳境亭」という料亭がたっていた。故・田中角栄元首相ら大物政治家がこよなく愛し、消費税導入など数々の政治のドラマの舞台となった場所である。
 いまでは建物はレンタルオフィスに改造され、かつての面影はほとんどないが、かつてその4階に「総理になる部屋」があった。もとは女将の故・山上磨智子さんが自室として使っていた部屋だったが、懇意にしていた政治家たちの懇談のために開放。その部屋に入った政治家の中から、故・竹下登元首相、故・小渕恵三元首相や森喜朗元首相など、次々と総理大臣が誕生したため、山上さんがそのように名付けたのだ。

 もちろん有力な政治家が使う店なら、その中から総理が誕生しても当然のこと。しかしこの「総理になる部屋」は違った。

 あれは民主党政権時の2011年8月のことだった。菅直人首相の代表辞任により、次の党代表を決めなければならなかった。手を挙げたのは、海江田万里氏、馬淵澄夫氏や鹿野道彦氏、そして前原誠司氏と野田佳彦氏の5名。この時、有利と見られていたのは小沢一郎氏が応援する海江田氏だったが、小沢氏の影響を排除したい野田氏と前原氏が話し合い、どちらかが降りることになった。

「安積ちゃん、いますぐに来れない?面白いものを見せてあげるわよ」

 その日の夜に山上さんから電話がかかってきた時、筆者はちょうど渋谷にいた。

「いま藤井裕久先生と、野田さんと前原さんが来ているの。外では記者さんたちが大勢待っているわ。安積ちゃんだけこっそりと入れてあげるから、いらっしゃいよ」
 
 しかしすぐには駆けつけられず、小1時間ほどして赤坂に到着したが、すでに“宴”は終わっていた。2005年の代表選で勝利したことがある前原氏は松下政経塾の先輩である野田氏に「あなたでは勝てない」と譲歩を迫り、話し合いは決裂したのだ。

「前原さんがお帰りになった後、野田さんに『総理になる部屋』に入っていただいたのよ。藤井先生から『入れてやってくれ』と言われてね」
 
 そして“ミラクル”が起こった。代表選で野田氏が大健闘し、第1回の投票で102票を獲得して2位に付け、決選投票では海江田氏を下してしまった。野田総理が誕生した瞬間だ。
 その後、佳境亭は廃業し、「総理になる部屋」もすっかりつくり替えられてしまった。昨今の“ポスト安倍”を巡る報道に触れる都度、いまあの部屋があったらどうだろうと思うことがある。

 なお山上さんに頼んで「総理になる部屋」に入れてもらった政治家はけっこういるが、その中から首相になった人はいない。“ミラクル”も人を選ぶということだろう。
 (1598)

安積 明子(あづみ あきこ):ジャーナリスト
兵庫県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒。
1994年、国会議員政策担当秘書資格試験合格。参議院議員の政策担当秘書として勤務の後、執筆活動を開始。夕刊フジ、Yahoo!ニュースなど多くの媒体で精力的に記事を執筆している。

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