角田 卓也:日の丸ワクチン~一気に一兆円投じればできる

角田 卓也:日の丸ワクチン~一気に一兆円投じればできる

 私は「がん免疫治療」を専門に研究しています。がん免疫治療というのは、人間に本来備わっている免疫の力を利用してがん細胞を排除するというものです。がん治療は、まず手術、それが困難な場合は放射線や抗がん剤などの化学療法という順番で行うのが一般的。それを根本から変えるのが免疫療法なのです。

 私は現在、大学病院で診療と研究、教育をしていますが、ユニークな経歴をたどってきました。医学部卒業後、日本の大学病院と米国の研究所を経て、民間の創薬バイオベンチャーに参加。その後、再び大学病院に戻って今に至ります。医療現場はもちろん、アカデミズムとビジネスの両面から30年以上、免疫治療の最前線で研究を続けてきました。

〝平時〟ではなく〝戦時〟

 早々にワクチン接種を始めた先進各国では、コロナによる死者数が落ち着き始めています。そんななか、日本は「コロナ敗戦国」に甘んじています。世界トップレベルの医療技術を有しているはずの日本で緊急事態宣言が続き、東京五輪の開催すら危うい状況に陥ってしまっている。

 新型コロナウイルス感染症は、感染症法における「指定感染症」に分類されています。「指定感染症」に分類されると、結核やエボラ出血熱など1類〜2類感染症に準ずる対応が求められ、感染者は指定医療機関に入院させなければなりません。このことが医療体制の逼迫を招いている面があります。

 したがって、政府も都道府県も感染拡大の抑制のみを考えざるを得ず、「コロナ対策と経済社会活動の両立」がままならない状況です。結果として、飲食業・旅行業をはじめとする経済活動の停滞を招いています。

 かといって、新型コロナの正体がつかめていない段階で、ただちに「2類相当」から「5類相当」に引き下げるのは危険です。ウイルスが細胞に侵入すると、免疫の働きを高める物質が過剰につくられて〝免疫の暴走〟が起こり、重度の呼吸器不全を引き起こすことがあります。その原因も定かではなく、ほかにも味覚・嗅覚障害を引き起こすメカニズムも解明されていません。

 死者数だけ見ると、季節性インフルエンザと同程度の病気のように思えます。しかし、インフルエンザはタミフルやリレンザなど特効薬がすでに使用されている一方、新型コロナの根治薬はまだ開発されずにいる。

 新型インフルエンザ薬のアビガンや、エボラ出血熱薬のベクルリー(レムデシビル)など、既存薬でも新型コロナウイルスに一定の効果があるとされています。しかし、重症患者には効果が見込めなかったり、強い副作用の危険があったりして、新型コロナの根治薬にはなり得ていない。

 海外産のワクチンを確保していれば安心というわけでもありません。先日、ファイザー製のワクチンがイギリス株と南アフリカ株にも効果があると、医学雑誌が論文を掲載しました。しかし、15倍の致死率とされるインド株にどれほど効果があるかは未知数。Aが効かなかったらB、Bが効かなかったらC、Cが効かなかったら…というふうに、幾重ものセーフティネットを用意しておかなければ、未知のウイルスに対応できないのです。

治験の3フェーズ

角田 卓也:日の丸ワクチン~一気に一兆円投じればできる

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現状の打破には国産治療薬とワクチン開発がマスト
 そんな現状を打破するために何をすべきか──。国産の治療薬とワクチンの開発にほかなりません。
 
 新薬や新しい治療法の研究開発は、「免疫システムがこうだから、この細胞の働きを活性化すれば免疫機能は上がるはず」というように理論から仮説を立て、それが正しいかどうかを実験によって確かめていきます。

 まず、試験管の中で細胞レベルの実験を積み重ね、良い結果が得られると次は動物を用いた実験に入ります。繰り返し実験を行って同じ結果が確認されたり、思わぬ新発見があったりすると、実用化への期待が高まります。

 しかし、これはあくまで科学的な仮説であって、患者さんに使用しても良い結果が出るかどうかはわかりません。そこで、ヒトを対象とした薬剤の有効性や安全性をチェックする臨床試験を行います。これを治験と言いますが、三段階のステップを踏むことになる。

 ① 第一相試験の対象は少人数の健康成人(抗がん剤ではがん患者)です。ごく少量から徐々に「くすりの候補」の投与量を増やしていき、安全性や有効性を調べていきます。そして、適切な投与量を決定します。

 ② 第二相試験の対象は、薬剤が効果を示すと予想される患者さんを対象に、有効性と副作用を調べます。

 ③ 第三相試験では、多数の患者さんを対象に、②の結果から得られた薬剤の有効性、安全性、使い方を最終的に確認します。

 米国は日本に比べて薬剤の承認が早いことで知られていますが、これには臨床試験に対する考え方の違いが表れています。場合によっては重篤な副作用に見舞われたり、後遺症が残ったりする不利益を被る可能性がある。それでも臨床試験に参加するのが米国人。大きな成果が期待できれば多少のリスクは許容するという合理主義です。

 米国において薬品や医療法の認可を管轄するのは、食品医薬品局(FDA)です。FDAはエビデンスの有無を確認し、その薬が良いか悪いかを判断するだけでいい。その後、製薬会社が薬価を決めます。
 
 対して日本では、承認されても製薬会社が自由に薬価を決められるわけではありません。医薬品の審査を担うのは厚生労働省管轄の独立行政法人・医薬品医療機器総合機構(PMDA)ですが、膨れ上がる医療費を考慮しながら薬価を決めなければならないので、慎重になってしまうのです。

何を優先すべきか

角田 卓也:日の丸ワクチン~一気に一兆円投じればできる

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国民性の違いはあれど、「戦時」であれば米国のスピード感を見習うべき
 日米の薬事行政の違いは、コロナ禍において鮮明になりました。

 FDAは緊急使用許可(Emergency Use Authorization)という制度を設けています。緊急時に未承認薬などの使用を許可したり、既承認薬の適応を拡大したり、迅速に承認プロセスを進めるものです。コロナ禍において、多くの治療薬やワクチンがEUAの適用を受けています。

 日本にも、「医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律」に基づいた特例承認制度があります。しかし、ファイザー製のワクチンなどごく一部にしか適用されていません。

 塩野義製薬の手代木功社長も、「第三相試験と並行させながら、国内では条件付き承認というような形で使わせていただける方向性はないか」と述べていました。特例承認によって薬剤が世に出れば、現場から効果や副作用について大量のデータが集まります。実用とデータ分析を同時に行うこともできるはずです。

 ほかにも米国には「ブレークスルーセラピー(画期的治療薬)」というものがあります。生命に関わる病気の治療薬や療法について、早期の試験段階で効果が見込めるようなら通常の治験プロセスが省略されるのです。

 同じ目的で、日本にも「先駆的医薬品等指定制度(先駆け審査指定制度)」というものがあります。ところが、最大の違いは適用のハードル。あるベンチャー企業が日本で初めて「樹状細胞療法」という治療法の治験を行っていたとき、私は厚労省に「先駆制度」が適用できないかと働きかけました。しかし、厚労省は慎重になってしまい、なかなか首を縦に振ることはありませんでした。

 日米のスピード感の違いは、それぞれの国民性や価値観、あるいは国民皆保険制度の有無が関係しているでしょう。どちらが良い・悪いということではありません。しかし現在、人類は新型コロナウイルスとの戦争の只中に置かれています。〝平時〟においては、じっくり審査する日本式で構いませんが、そろそろ〝戦時〟の頭に切り替える必要があるのではないでしょうか。

 薬事行政が国民の健康安全を最優先で考えるべきことは当然です。しかし、国民の健康は副作用によって害される以前に、ウイルスによっても害されることは言うまでもありません。パンデミックという非常事態においては、審査制度をフレキシブルに適応し、有望な治療薬・ワクチンの流通を優先するべきです。

ビジネス感覚を持て

角田 卓也:日の丸ワクチン~一気に一兆円投じればできる

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米国は「ワープ・スピード作戦」でワクチンを早期実用化した
 治験プロセスの迅速化とともに求められるのが、政府による金銭的なサポートです。例えば「iPS細胞」を研究する山中伸弥教授のチームには、政府から多額の補助金が出ています。しかし、その技術を応用して治療法を開発しようとするプロジェクトの存在は忘れられがちです。ノーベル賞級の基礎研究は、患者さんに薬として届けられてこそ、世のため人のためになるのです。

 米国のトランプ政権は、新型コロナウイルスのワクチンを早期実用化すべく「ワープ・スピード作戦」を掲げました。これは製薬会社など民間企業とNIH(国立衛生研究所)に1兆円規模の予算を投入するものです。その結果、米国では2020年12月にワクチンの接種が始まり、感染拡大の縮小に成功しました。

 対して日本では、昨年度第一次補正予算でワクチン開発支援に100億円を計上するにとどまりました。一方、強力な政治主導として、自民党の二階俊博幹事長(私の同郷です)の指導で、第二次補正予算案に開発支援と生産ライン整備費などで約二千億円に大幅増額されました。とはいえ、初動の対応の差がワクチン開発競争で他国に後れを取る一因となったことは否定できません。

 医薬品の開発は「トライ&エラー」の連続で、苦労して開発した薬剤が思うような効果を見せないことも日常茶飯事です。特に、大手に比べて企業体力が弱いベンチャー企業にとって、臨床試験のコストや失敗のリスクは大きく、治験コストの節約に奔走しています。政府の支援があれば、臨床開発に集中することができます。

 米国FDAは、医薬品の開発をビジネスの視点からも捉えています。世界における医薬品の市場規模は140兆円。米国企業が世界に先駆けて新たな医薬品を販売することは、米国経済の活性化につながると考えているのです。従来あまり重要視されてこなかった、患者さんに薬を届けるために必要な臨床試験の分野に手厚いサポートが必要です。

 日本の厚労省にビジネス感覚など期待できません。したがって、新型コロナの治療薬・ワクチン開発には、厚労省だけでなく経産省が積極的に関与すべきです。しかし、官僚組織は前例主義に縛られて硬直しがちな傾向があります。省庁間の縦割りを打破して厚労省と経産省を動かすのは、国民の代表たる政治家の責任にほかならない。今こそ政治主導を発揮して、治療薬・ワクチン開発を国家プロジェクトとして進めるべきです。

医療先進国の面目躍如

角田 卓也:日の丸ワクチン~一気に一兆円投じればできる

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偉大な先人の知恵を活かし「日の丸ワクチン」を―(写真は北里柴三郎)
via wikipedia
 現在、東京理科大学の村上康文教授が見出した根治薬の臨床開発に取り組んでいます。これは130年前の北里柴三郎の考え方を新型コロナに応用したもの。ウマに未知の病原体を感染させることで得られた抗血清(現在、ポリクロナール抗体と判明している)を投与することで病原体を死滅させる治療法です。これは既存薬と異なり、中等症(酸素吸入が必要な患者)の重症化を防ぐ効果が最も期待できます。新型コロナに特化した根治薬にほかなりません。

 ワクチンが注目されがちですが、治療薬が果たす役割は大きい。中等症患者が50人いれば、そのうち10人ほどは肺炎や呼吸不全を起こして重症患者となります。重症化に備えてバックアップのベッドを用意しなければならないため、病床の逼迫が解消されないのです。

 根治薬が流通して、50人の中等症患者がほとんど重症化しない、すなわちコロナで亡くならないようになれば、医療現場の負担は格段に軽減されます。それによって、新型コロナを「2類相当」から「5類相当」に引き下げることも可能となり、新たに訪れる可能性の高い第5波・第6波への備えにもなります。

 国産の根治薬とワクチンが完成すれば、それを政府が買い取って無償で世界各国に配るのも手です。国際社会に感謝され、医療先進国としての面目躍如を果たせるでしょう。それが実現したとき、日本は「コロナ戦勝国」に変貌を遂げるはずです。
角田 卓也(つのだ たくや):医学博士、昭和大学教授
1987年、和歌山県立医科大学卒業後、同大学附属病院にて研修。1989年、同大学大学院入学。腫瘍浸潤リンパ球の研究をテーマに医学博士号取得。その後、米国ロサンゼルスのシティオブホープがん研究所留学。1995年に帰国後、和歌山県立医科大学助教として日本で初めて樹状細胞療法を行う。2000年東京大学医科学研究所講師、2005年に同大学准教授。2010年、民間のバイオベンチャー社長に就任。大規模がんワクチンの臨床試験を行う。2016年、昭和大学臨床免疫腫瘍学講座教授に就任。2018年昭和大学医学部腫瘍内科主任教授・腫瘍センター長に就任。現在に至る。

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