続:Vチューバ―"戸定梨香"騒動で見えたフェミ・アンチ...

続:Vチューバ―"戸定梨香"騒動で見えたフェミ・アンチフェミの「どっちもどっち」

 千葉県警による交通安全動画がご当地VTuberの戸定梨香を起用し、「全国フェミニスト議員連盟(以降、同連盟)」のクレームを受けた、という件について前回、お伝えしました。

 動画は削除の憂き目に遭い、その横暴に対しオンライン署名サイト「Change.org」では、「全国フェミニスト議員連盟宛抗議と公開質問状」が提出され、10月9日現在、67,000の署名が集まっています。

 同連盟は質問状に対し、HPで「動画の削除は県警によるものだ(大意)」といった居直りとも責任転嫁とも取れる見解を発表、また賛同者代表である大田区議会議員おぎの稔氏、そして続いて同連盟の方も殺害予告を受けるなど、いよいよ騒ぎは大きくなっています。

 ともあれ近年、何かというとフェミニストが萌えキャラに文句をつけてくるという事態が繰り返され、その度にぼくが「表現の自由クラスタ」と呼ぶようなオタクたちとの壮烈なバトルが開始される。しかしその「表現の自由クラスタ」も左派であるため、フェミニズムそのものへの批判には及び腰である……といったことも、前回お伝えしました。

 同連盟は、「公共機関である警察署が、女児を性的対象とするアニメキャラクターを採用することは絶対にあってはならないことです」と言っており、それなりに身体も成長している梨香ちゃんを「女児」というのはどうかとか、「性的対象」という物々しい表現はどうかとか、疑問は沸きますが、梨香ちゃんがお色気を押し出した美少女キャラクターというのは事実だろう、というのがぼくの考えです。

 ところが表現の自由クラスタはどこかそれを認めまいとする傾向にある。ミニスカートでおへそが丸見え、動くとおっぱいが揺れるという梨香ちゃんを、「性的ではない、性的ではない」と強弁する傾向が強いように思われるのです。

 なので、今回はフェミおよびそれに対抗するはずのアンチ・フェミ(今回は「表現のクラスタ」)の理論がやはり「ヘン」で、一般の感覚から乖離している…という点をより掘り下げていきます。

「女性の多様性」を勘違いしていないか

 先の「Change.org」においても同連盟クレームは「女性の多様性を封じようとするもので本来のフェミニズムに反する」という奇妙な主張がなされていましたが(だって女性を性的存在であると認めまいとすることこそが本来のフェミニズムなのですから)、さらに続けて読むと、彼女らがVTuberを批判したことについて、以下のように言われています。

 ≪(引用者註・同連盟は)現実の肉体の年齢や性別を超えて、まったく異なる理想の身体になるという、新しいセクシュアリティを獲得した人々の意思と想いがこもったこの新しい文化に、「女性差別」のレッテルを貼りつけ、踏みにじろうとしているのです。≫

 これも、何だかヘンではないでしょうか。「セクシュアリティ」というのは一般的に考えて、例えばホモセクシュアルなど人の性的志向を意味する言葉のように思われます。

 事実、公開質問状には自らの肉体の年齢や性別と異なる姿になり、自らの意思によってその服装や肉体の在り方を決定するというVTuberという存在について、「LGBT、特にクロスドレッサーの人権の観点から、どのようにとらえているかお答えください。」などといった文言も並び、VTuberをクロスドレッサー(異性装者)に準えようとしていることが窺えます。

 しかし、普通に考えてVTuberにそうした性的志向があるとするのには、無理があります。

 そもそも梨香ちゃんは株式会社Art Stone EntertainmentというVTuber専門の業者に所属している存在であり、声を演じているのは女性です。

 個人VTuberであれば、男性がボイスチェンジャーを使うなどで美少女に扮するということが往々にしてあります。これは「ヴァーチャル美少女受肉」、略して「バ美肉」と呼ばれ、近年、『AERA』でネガティブに報じられてしまいました。ともあれ、ではそうした男性がトランスであるかとなると、それは微妙というしかありません。
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問題とされたVtuber「戸定梨香」
via youtube
 男性のエロ漫画家さんで、レズビアンものばかり描いているような人もいますが、では彼が(多少の女性化願望はあるとしても)いわゆるトランスかとなると、そうとは考えにくい。またこの業界では女性のエロ漫画家さんも多く、彼女らは往々にしてレズビアンものの漫画を描いたりもしますが、本人の多くはレズビアンではない。

 左派の中にはこうしたオタク趣味を強引にセクシャルマイノリティに準えたがる人がしばしばおり、「二次元性愛者」などと言う言葉を捻り出す人もいるのですが、オタクの多くは「二次元のキャラが好き」ではあっても、別に「三次元の女性に性欲を感じない」性的マイノリティ、というわけではないのです。

 現実と虚構とは全くの別物なのですが、どうして彼らは(自分たちもオタクのくせに)そこの区別がつかないのでしょう。

犯罪行為まで「多様性」に含んでしまう

 彼らの中には「ペドファイル(幼児性愛者)」を「LGBT」の中に加えないのは差別である、などと言い出す人もやはり一定数いらっしゃるのですが、これは何重もの意味でヘンなうえ、到底世の理解は得られないでしょう。

 まずペドファイルはその欲望を成就しようとすると犯罪を犯さざるを得ない存在です。もちろん、多くのペドファイルは法を守って生活しているはずですが、(そして「表現の自由クラスタ」にはそこを過剰に見積もり、ペドファイルを「世間の偏見に晒されて傷ついている、無辜の聖なるマイノリティ」であるかのように扱う人が多いのですが)児童ポルノの単純所持が禁じられていなかった頃には、それらを収集して恥じなかった人も多い。アメリカの少年愛者組織NAMBLAなどのように、「子供とセックスすることのどこが悪い」と真顔で主張するペドファイルも多いのです。

 第2に、LGBTは同性愛や両性愛、トランスの略であることからも伺えるように「女性のバリアント、名誉女性」といったニュアンスをどこか持っている。彼ら彼女らの思想自体がフェミニズムのバリアントであり、またフェミニストが彼ら彼女らのことを大好きなのは、LGBTが原則的に「女性に加害する可能性のある男性」ではないからなのです。

 ペドファイルの多くは少女を好むわけだから、LGBTの仲間に入れてもらえるわけが、どうしてもないのです。

 もちろん、トランスが近年暴走し、女性との軋轢を生んでいることは以前にご紹介しました。フェミニスト側もそれを懸念し、ターフ(トランスに敵対的なフェミニスト)という言葉も生まれました。しかし左派である「表現の自由クラスタ」はこのターフに敵対的なのです。その意味ではターフ的な者も多い「ツイフェミ」よりも、「表現の自由クラスタ」の方がフェミニズムに従順だ、と言えるでしょう。

 彼らはオタクを自称していますが、それ以上に左派の(そしてフェミニズムの)イデオロギーに従順であり、そのため、オタクをそのような政治的理念に適う存在であると強弁する傾向にあるのです。

 前回、「表現の自由クラスタ」と「ツイフェミ」とのバトルを「閉ざされた地方の名家で起こった、遺産相続を巡る骨肉の争い」と表現し、どちらもフェミニズムという看板を引き継ごうと狙っているのだと指摘しましたが、こうなるとむしろ仲間同士、山小屋の中で凄惨に殴りあっている、という感じではないでしょうか。
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結局「内ゲバ」に過ぎないのか?

「萌えキャラ」は狙って作られている

 もう1つ、「フェミVS表現の自由クラスタ」のバトルにおける「あるある」についてご報告しておきたいと思います。

 こうしたバトルにおいて、「フェミはグラビアアイドルには文句をつけたことがない」といった批判がなされることがあります。

 レイプ疑惑の生じたAVメーカーを難じたフェミもおり、「お母さん食堂」の件などを鑑みても、これは必ずしも正しくはないのですが、確かに「何故萌えキャラにばかり文句をつけるのか」と言いたくなる気持ちはわかります。萌えキャラは架空の存在であり、被害者にはなりようのない存在。例えば絵描きさんや声優さんが性的に搾取されるといった事件がゼロというわけではないけれども、いずれにせよ女性への加害が起こる可能性は少ないはずです。

 そこを何故、彼女らは目の敵にするのか。

 しかしこれについても、フェミニズムについて学べは、一応の理路はわかるのです。先にも書いた通り、フェミニストにとっては「ジェンダー規範の再生産」、つまり「女らしさをメディアなどで持てはやすこと」こそが、何よりも許せないのですから。

 いわゆるツイフェミの中で(下品で恐縮ですが)「萌えキャラからはオタクのチ〇ポが見えて不快だ」という主旨の発言をしていた人がいました。これはなかなか真理を突いていて、ある意味「萌えキャラ」というのは「男性の(場合によっては女性の)女性への性的視点を純化させた存在」と言えます。

 今回、「乳揺れ」が問題になっていますが、近年の萌えアニメでは美少女の胸が揺れるシーンが「売り」として描かれることが多く、これも萌え文化が「女性の性的魅力」をどこまでも追求した結果、生まれた表現と言えるわけです。

 実在のモデルを使ったポスターでモデルさんが巨乳だったとしても、一応、「期せずして、たまたま」と言い逃れることはできる(いえ、それでもフェミニストに文句をつけられた件があるのですが……)。しかし1から設計される萌えキャラの場合、絵描きさんが(まず、100%性的な視点から)巨乳に描いたということは言えます。女性を性的な存在として描画したことは(もちろん作者が女性であろうと)間違いがないのです。乳揺れにしても実写のような「たまたま胸の大きな女性なので、揺れてしまった」偶発性はあり得ません。

 もっとも、VTuberの動きはモデルさんのモーションをキャプチャして作られるため、事情はやや実写に近いとは言えます。ただ、「乳揺れ」をさせているからにはモデルさんの胸にマーカー(動きを計測するための印)をつけてキャプチャしたと想像でき、そこに意図がないというのはやはり、苦しいでしょう。
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「萌えキャラ」の多くは"狙って"描かれている

「性的描写=悪」前提だからヘンな理屈になる

 結局、前回書いたように「女性を性的に描いてどこが悪い」というのが論の立て方であるべきなのに、彼らはそれをしない。

 梨香ちゃんに文句をつけた同連盟は大いに「本来のフェミニズムに適う」主張をしていましたが、実のところ「表現の自由クラスタ」もまた、大いに「本来のフェミニズムに適う」主張をし続けていると言えるのです。

 それは彼らがフェミニズムへの信仰を捨てきれずにいるからだし、それで「萌えを、性的表現を守る」と言い続けるのは、やはり欺瞞でしかないのではないでしょうか。

 萌え系の表現には多くの女性クリエイターが関わっています(表現の自由クラスタはここだけを取り出して「オタク文化は男女平等だ、多様だ」と言いたがるのですが)。これは「女性の性的魅力を描いた表現は、女性にも大いに希求力を持つ」ということです。

 そしてそれはそのまま、「男が女を性的対象として支配してきた、搾取してきた」とのフェミニズムの世界観が根本から間違っていたことの証明でもあります。

 「表現の自由クラスタ」のみなさんは「萌えキャラ」と「フェミニスト」のいいとこ取りをするのはいい加減あきらめて、そろそろそのどちらを選ぶかの分岐点に差しかかっている、ということが言えるのではないでしょうか。
兵頭 新児(ひょうどう しんじ)
本来はオタク系ライター。
フェミニズム、ジェンダー、非モテ問題について考えるうち、女性ジェンダーが男性にもたらす災いとして「女災」という概念を提唱、2009年に『ぼくたちの女災社会』を上梓。
ブログ『兵頭新児の女災対策的随想』を運営中。

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この記事へのコメント

こうだい 2021/10/14 18:10

論旨には影響ない指摘だと思いますが、モーションキャプチャで胸にマーカーをつけて揺らしているというくだりは実際の現場と大きく乖離しています。
ハリウッド映画などで使われている最新の技術ならそこまでやってるのかもしれませんが、VTuberモデルの髪や胸が揺れるのはソフトウェアの演算によるものです。YouTubeにVTuber制作の裏側を紹介した動画もあるので是非ご覧になってみてください。

もちろん、どの程度揺らすか・あるいは全く揺らさないかの手動制御はできますが、今回の戸定さんのモデルは手動制御を全くしておらずソフトウェアのデフォルト設定における揺れだったと運営会社社長が仰っていました。

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