橋本琴絵:トランスジェンダー選手の五輪参加—「公平性」...

橋本琴絵:トランスジェンダー選手の五輪参加—「公平性」を科学的に検証する

ローレル・ハバード選手
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「トランス女性」選手が東京五輪に参加

 東京オリンピック開幕まであと約1か月となったいま、一つの議論が沸き起こっている。今回のオリンピックから初めて認められた、トランス女性(生物学上の男性)の、女性アスリートとして競技参加の是非についてだ。

 ニュージーランド出身の重量挙げ選手、ローレル・ハバード(身長185cm体重130kg)は、2012年まで通常の男性として各種競技に参加していたが、2013年に突如として性自認が女性であると主張し、以後、女性アスリートとして競技に参加することとなった。

 これに対して、オーストラリア重量挙げ連盟からは「不公平だ」と批判が起き、東京オリンピックに参加予定の他の女子重量挙げ選手からは「悪い冗談だ。(差別禁止の規定は)他人を犠牲にしてまですべきではない」との言葉が漏れ、同じトランス女性のケイトリン・マリン・ジェンナー(モントリオール五輪陸上金メダリスト)も「公平性を守るためトランス女性が女子スポーツに参加することを禁じるべき」と批判した。

 当のオリンピック公式委員会は、2015年に「トランス女性の参加基準」を設定した(なお、生物学上の女性が性自認によって男性となるトランス男性には一切の参加資格制限はない)。それによると、大会開催の1年前から男性ホルモンの一つである「テストステロン」の血中濃度が10 nmol/L以下であれば、「トランス女性」として参加が認められるというものだ。
 ※nmol=ナノモル、濃度を表す単位

 では、この10 nmol/Lという数値は、一般的な女性の血中テストステロンと比較して、果たして公平なのか。

 詳しい数式は割愛するが、10nmol/Lという濃度をグラム換算すると、10 nmol/L  =  2.8842 ng/mL となる。そして、一般的な女性の血中テストステロン値は0.1 ng/mL程度であるため、この数値は一般女性の28倍以上ということになり、極めて不公平な基準と考えざるを得ない。

 また、競技者に必要な筋肉と骨格はテストステロンの作用によって形成され、それら競技に使う筋肉と骨格が形成されるのは、思春期以降においてなのだから、「大会の1年前」という制限にも科学的に何の意味もないであろう。

過去の五輪における「男女」の定義

 実は、オリンピック参加資格において「何を以て男女を定義するのか」という議論は、薬物ドーピング規制の歴史と等しく長いあいだ議論されてきた。

 これまでは単に生殖器の有無で判断されたが、世の中には両性具有で生まれる場合もあり、そうした選手が果たして男女どちらの枠でオリンピックに出場するべきなのか議論されてきた。また例えば、旧ソ連などの共産圏の選手たちが「男であるのに男性器を切除して造膣手術を受け女性として出場」していたのではないかといった疑惑が寄せられたこともあった。共産国ではオリンピックを国威発揚の絶好の機会だと捉えられており、特に経済的失政で大量の餓死者を国民に出した1960年代、オリンピックでメダルを獲得することは共産主義の正しさを証明するものだと考えられ、薬物ドーピングだけに留まらず積極的に不正を試みたのではないかとの懸念があった。

 では、結果的にどのような基準で「選手の性別」を決定すべきなのだろうか。これには、三つの考え方がある。第一にY染色体保有説、第二に生殖器保有説、第三にテストステロンレベル説である。

 まず、第一の「Y染色体保有説」は、男性が持つ「Y染色体」着目した説である。この説により、女性として生まれ、女性としての自認があり、女性として生きてきたアスリートにY染色体が確認されたとして、逆に欠格となった時代もあった。

 しかし、Y染色体を持つからと言って、必ずしも男性の肉体になるとは限らないケースがあること、女性が男児を出産した場合も、その女性の体細胞にはY染色体が融合することがあること、稀有な例ではあるが、単に男性と性行為をしただけでも女性の脳細胞へY染色体が半永久的に宿る場合が確認されていることなどから、現代ではY染色体判定説は採用されていない。

 第二の「生殖器保有説」はその名の通り生殖器の有無での性別判定方法であるが、前述のように去勢して参加資格を得ようとする不正が考えられるため、これも正確な判断基準とならないとして、採用されていない。
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男女の区別は難しい?

「テストステロン判定法」の問題点

 そこで最後に注目されたのが、第三の方法であり、今回の重量挙げ選手の判断基準でも採用された「テストステロンレベルによる判定方法」である。一般的に、男性は睾丸と副腎でテストステロンを生成し、女性は副腎でのみ生成する。このため、男女のテストステロン分泌量はけた違いの差がある。人種や民族差も少なく、おおむね血液中におけるテストステロンレベルの性差は全ての人種と民族にある。

 しかし、ここでも大きな問題が起きた。「副腎過形成症」という病気の女性は、本来少量のテストステロンを生成するはずの副腎が、男性の睾丸なみのテストステロン生成能力を持つのである。この病気はおよそ1052人に一人の女性が発症し、我が国では1988年から新生児の段階で検査して治療できるようになったが、これ以前に生まれた日本人女性やこうした医療インフラが無い国々では、現在も多くの女性が副腎過形成症を未治療のまま生活している。(この病気の女性は脳に男性同様のテストステロン量を被曝すると考えられている)

 生まれた時からテストステロンレベルが一般女性をはるかに凌駕していれば、それに伴い筋肉と骨格の発達に顕著な差が生じるため、競技をする上で不公平であると考えられた。そこで、オリンピック委員会は過去6か月間のあいだ連続して血中テストステロン濃度が5 nmol/L以下でなければ「女性選手」として認められないとの判断基準を採用した。

 この5 nmol/Lという数字は、一般男性の血中テストステロン平均濃度の半分程度である。

 例えば、南アフリカの陸上選手キャスター・セメンヤは、ロンドン五輪とリオデジャネイロ五輪の金メダリストであったが、東京五輪では女性アスリートとしての資格があるのか疑惑が寄せられたうちの1人だ。彼女は性自認で女性となったのではない。生まれた時から女性として性別を認定され、女性として生きてきた。しかし、彼女のテストステロンレベルがほかの女性アスリートの平均値から飛びぬけていたため、疑惑の対象とされた。

 結論として、セメンヤ選手は「テストステロン血中濃度を低くするための投薬を受けなければ女性選手としての参加資格を以後認めない」との裁定を受け、一度は服薬してみたものの体調不良を起こし、欧州人権裁判所に人権侵害を理由
に提訴している
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キャスター・セメンヤ選手
via wikipedia
 ここで、大きな矛盾に気づく。生まれた時からずっと男性として生活してきた者がある日突然、性自認を女性だと主張した場合はテストステロンレベルは10 nmol/Lまで認められるのに対して、生まれた時から女性として扱われ女性として生活してきた者がある日突然「君のテストステロンレベルは女性平均より高いので投薬を受けてテストステロンを下げなければ参加資格はない」と言われ、5 nmol/Lの基準を設定されたのである。

 前者は一般女性の28倍以上のテストステロン濃度であり、後者は一般男性の半分以下のテストステロン濃度である。この基準が如何に不公平で「性差別思想」にあふれているかは、筆舌に尽くし難いものがある。

「指比」判別法の提唱

 では、どのようにすれば公正な基準となるのであろうか。

 実は、その人が生涯にわたって、女性ホルモンと男性ホルモンのどちらを多く受容してきたかを科学的に判別する方法がある。

 2006年、イギリス人科学者のジョン・マニングが、人間の手の人差し指と薬指の長さの比率に差があることを発見した。これをDigit Ratio(指比)という。人差し指の骨には、血液中の女性ホルモンに反応して骨が成長する機能があり、一方で薬指には血液中の男性ホルモンに反応して骨が成長する機能がある。つまり、その人がこれまで男性ホルモンと女性ホルモンのどちらを多く浴びてきたのか、指をみれば「成長史」が推定できるというのだ。

 薬指が長ければ男性ホルモンを多く受容し、人差し指が長ければ女性ホルモンを多く受容していたことになる。(ただし、この場合も例外はある。二卵性双生児の兄弟がいた女性と妊娠中に母親が男性ホルモン剤を服用された女性と、自閉症スペクトラム障害の女性は薬指が長くなる)
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左:トランス男性(戸籍上女性ながら性自認が男性)の指。薬指が長めである。
右:戸籍の性自認も女性の指
via 著者提供
 筆者は、「体は男だが心は女」という人々、また「体は女だが心は男」という人々が一定数存在するという事実について決して否定するものではない。しかし、オリンピックとはそれまでの人生で育んできた骨格と筋肉を使い全力で競うものである以上、「1年前」や「半年前」からのテストステロンレベルで参加資格を一律して制限する基準には、公平性を鑑みると疑義を容れざるを得ない。

 そこで、今後前述した「指比」を判定基準にすることを提唱したい。性自認と指の比率をみればよいという明確さもさることながら、この基準が「性自認」が自身の生殖器とは異なるトランスジェンダー全般に対しても、適用できる理論であるためである。「生まれてからずっと高濃度のテストステロンを含んだ血液で脳を成長させてきましたが、性自認は女です」という主張と、「高濃度のエストロゲン(※)を含んだ血液で脳を成長させてきましたので性自認は女です」という主張があった場合、どちらの信用性が高いかという問題に置き換える事ができ、「嘘つき」を科学的に判別できる可能性があるのだ。

 ※エストロゲン:女性らしいからだづくりを助けるホルモン

最も大事なのは「公平性」の担保だ

 いずれにしろ、性自認で女性選手としての参加資格を認めるやり方では、女性の権利を侵害する。特に、スポーツの成績は奨学金獲得の基準とされている。したがって、トランスジェンダーの人々が性自認だけですべてまかり通るようになれば、女性差別に直結する現実を否定できない。

 しかしながら、オリンピック公式委員会がY染色体や生殖器ではなく、「血中テストステロンレベル」を性決定の基準に採用したこと自体は、大きな進歩であると本論は考える。現在の日本の法律が、性器の切除手術を戸籍上の性別変更要件としているのも、元を言えば睾丸や卵巣が性ホルモンの分泌器官であるからだ。

 「トランス女性は、副腎が肥大した女性の2倍のテストステロン濃度まで認められる」という現行制度は公平性の担保が無いので反対するが、指比とテストステロン血中濃度を「厳密」に検査すれば、「体の性と心の性が別」という問題の解決の糸口が見える可能性を否定できない。血中濃度に嘘はつけないからだ。

 とはいえ、東京オリンピック参加が認められたニュージーランドのトランス女性(繰り返すがエストロゲンは骨の成長を阻害するのにこの選手は体重130kg 身長185cmである)がいる一方で、「テストステロン抑制剤の投与を受けなければ参加は認めない」と言われて参加をあきらめたな南アフリカの女性という対照的な2人の選手は、スポーツの歴史に暗い影を落とすことに違いないだろう。女性全般の平均値から割り出した統一基準が必要であり、「性自認」が科学的に合理的裏付けを持つものなのか「検証」する社会規範がいま必要である。
橋本 琴絵(はしもと ことえ)
昭和63年(1988)、広島県尾道市生まれ。平成23年(2011)、九州大学卒業。英バッキンガムシャー・ニュー大学修了。広島県呉市竹原市豊田郡(江田島市東広島市三原市尾道市の一部)衆議院議員選出第五区より立候補。日本会議会員。

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