池上彰を頼っちゃあね

 中田氏は昨年4月、「イスラム教を分かりやすく解説してみた」という動画を投稿し、内容をアップデートさせた動画を昨年9月10日と11日に更新しました。どちらも100万回以上再生されていますが、誤解を与えかねない危険な見解や、明らかに事実に反する発言が見られます。
 それもそのはず、中田氏が参考にしたのは池上彰氏の『池上彰の世界の見方 中東:混迷の本当の理由』(小学館)と、市川裕氏監修の『ペンブックス19 ユダヤとは何か。聖地エルサレムへ』(CCCメディアハウス)の2冊。市川氏はユダヤ教を専門とする著名な宗教学者ですが、池上彰氏の本は事実誤認や反米に誘導する記述が多いことで有名です。

 そもそも、複雑な宗教問題を2冊の本だけで講義しようと思うことにムリがあります。彼のようなビッグネームが「講義」することで、宗教に興味を持つ人が増えるのはいいことですが、彼の動画を見て「知った気」になられては困ります。
 そこで今回は、私が気付いた中田氏の「間違い」を指摘しようと思います。彼の間違いはよく巷で流布されているものなので、動画を見ていない方も読んで損はないでしょう。

間違い① キリスト教はユダヤ教のVer(バージョン)2.0、イスラム教はユダヤ教のVer3.0

 中田氏はキリスト教やイスラム教について、「ユダヤ教をバージョンアップしたもの」という文脈で語っていましたが、誤った危険な言説と言わざるを得ません。
 ユダヤ教がバージョンアップしてキリスト教やイスラム教が生まれたのではなく、「アブラハムの宗教」と呼ばれるこれらの3宗教は、どれも自分たちが正統で唯一無二の宗教だと考えています。イエスやムハンマドも、自分が新しい宗教をつくったという認識はありません。
 ユダヤ教はユダヤ人の民族宗教でした。キリスト教はイエスが全人類の「個人」としての救済を唱えて宗教改革を行い、後に分化したものです。イエス自身は生涯ユダヤ教徒で、ユダヤ教に新たな教義を加えたことはありません。

 一方、イスラム教はアブラハム以来、正当な預言者の系譜を継いでいるとしています。ムハンマドが伝えた『コーラン』の中身も、ユダヤ教に新しい教義を加えたのではなく、あくまでも神の言葉を正確に伝えているだけという認識なのです。
 ムハンマドに言わせれば、彼が生きた7世紀のアラビア半島ではモーセが話した古代ヘブライ語は話されていないし、イエスが使っていたアラム語も死語になっていた。「人々は神の言葉を正しく理解していない」「正しく伝えているのは正当な預言者であるムハンマド」というのがイスラム教の主張で、だからこそ「アッラー(ヤハウェ)のほかに神なし、ムハンマドは神の使徒なり」と言うのです。

間違い② イスラム教はキリスト教を緩くしたもの

 たしかに、モーセの十戒から始まるユダヤ教は禁止事項が多いです。しかしキリスト教とイスラム教の比較でいえば、食のタブーはキリスト教のほうが緩い。
 イスラム教は豚肉やアルコールが禁止されているだけでなく、1日5回の拝礼や1年に一度のラマダーン(断食)など、六信五行(信ずべき6つの信条と、実行すべき5つの義務)があります。

 また、中田氏は「(7世紀頃)寛容性ゆえにイスラム教が広まった」という言い方をしていましたが、イスラム教が普及した最大の理由は軍事的にイスラム帝国が強かったからです。
 中田氏が「イスラム教の方が緩い」と認識したのは、原罪の扱い方によるものかもしれません。キリスト教はアダムとイヴが楽園を追放されて以来、人間は生まれながらにして罪を背負っている存在とされ、イエスが人類の罪を背負って天に召されたとしています。
 しかし、イスラム教には原罪がありません。むしろアダムとイヴは神に許され、人間は正しい信仰に従って生活していけば、天国に行くことができるとされています。中田氏はこれをもって「厳しくない」と認識したのかもしれません。

 一方、キリスト教の「緩さ」でいえば、キリスト教は政教分離の概念が生まれる前から、内面の信仰と社会生活を切り分ける部分がありました。イエスがローマ帝国に対して、「皇帝(カエサル)のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい」と言ったくらいです。
 反対にイスラム教では、人間は内面の信仰だけでなく、行動も伴わなければなりません。天国に行きたければ、イスラム教徒として正しい行いをしなさいという発想だからこそ、六信五行があるのです。
 何をもって「緩い」と感じるかは人それぞれで、一概にどちらが緩いといえる話ではありません。

間違い③ 宗教は怖くない、イスラム教は怖くない

 もちろん、日本社会で生活している限り、個々のイスラム教徒を恐れる必要はないでしょう。しかし、「宗教は怖くない」と強調することは危険です。
 絶対的な価値の源泉を持ち、その価値観に沿って生活している人たちと、そうでない人の間で摩擦が起こるのは歴史を見れば明らかです。

間違い④ エルサレムは国連が管理している

 明らかに事実と異なります。
 現在のイスラエルが建国される前──第1次世界大戦後、イスラエルの領土に相当するパレスチナの土地は、英国の委任統治領でした。
 第2次世界大戦後の1947年、アラブとシオニスト(ユダヤ系移民)の対立が激しくなり、アラブ国家とユダヤ国家に分割する決議案が国連で採択されます。このとき、3宗教の聖地であるエルサレムは国連の管理下に置かれました。中田氏はおそらく、この分割決議案が念頭にあるのでしょう。

 しかし現実には、1948年に第1次中東戦争が勃発し、西エルサレム(新市街地)はイスラエルの支配下に、イスラム教の「岩のドーム」やユダヤ教の「嘆きの壁」などがある東側(旧市街地)はヨルダンの支配下に置かれることになりました。この状態が20年ほど続いたあと、1967年の第3次中東戦争でイスラエルが東西エルサレムを占領し、現在に至ります。
 国連はこの事実を認めない安保理決議を採択していますが、現実的にエルサレムはイスラエルが実効支配を続けていて、国連の共同管理ということはありません。

間違い⑤ ユダヤ人は金融業しか許されなかった(『ベニスの商人』のイメージ)

 中田氏は、かつてユダヤ人は金融業しか許されなかったと『ベニスの商人』のようなイメージを持っており、金融の世界でユダヤ人が力を持ったため、当時の覇権国家である英国も彼らの資金目当てにユダヤ人国家の建設を約束したと語ります。
 もちろん、ユダヤ人が金融業に勤しんでいたのは事実です。しかし、ユダヤ人すべてがそうだったかというと違います。ユダヤ人が多く住んでいたドイツ・ケルンでの統計(1840年代)では、ユダヤ人全体で金融業は10%、精肉・アクセサリー・時計など手工業が27%、教師・医師・弁護士などが20%、会社員が20%となっています。
 英国がユダヤ人国家の建設を約束した背景には、当時盛んだったシオニズム運動の影響もあり、ユダヤ人の資金目当てというのは陰謀論の類です。

間違い⑥ トランプ大統領をウラで動かしているのはユダヤ人。だから親イスラエル政策をとる

 中田氏はトランプ大統領の娘婿ジャレッド・クシュナー氏が敬虔なユダヤ教徒なので、トランプ大統領もイスラエルを支援しているという見方をしていました。
 クシュナー氏がトランプ大統領の政策に影響を与えていることは事実でしょう。しかし側近にクシュナー氏がいるからといって、ユダヤ人がトランプ大統領を操っているというのは程度の低い陰謀論です。
 米国のユダヤ人は人口のわずか2%にすぎず、2016年の大統領選の出口調査では、ユダヤ人の投票先はヒラリー・クリントン67%に対し、トランプ24%と大きな開きがありました。24%という数字は、2012年に民主党のバラク・オバマと対決した共和党のミット・ロムニーと比べても、6%低いものです。
 もちろん、トランプ大統領の対イスラエル政策を支持し、投票したユダヤ人も存在します。しかしユダヤ人の多くは伝統的に民主党支持者が多く、ユダヤ人がトランプ大統領を支援しているから親イスラエルだ、ましてウラで操っているという単純な話ではありません。

 トランプ大統領の支持層で代表的なのは、キリスト教徒のなかでも保守的な福音派(エヴアンジエリカル)と呼ばれる人たちです。彼らは聖書の物語を信じていて、たとえば中東でアラブとイスラエルが対立しているのは聖書の物語──世界の終末に正義と悪が対立し、神が再臨して世界を救う──だと考えています。だからこそ、福音派はイスラエルを支持するのです。
 福音派は人口の3分の1にあたる約1億人存在し、2016年の大統領選では彼らの81%がトランプ大統領に投票しています。ある世論調査では、「米国とイスラエルが対立した場合、どちらを支持しますか」という問いに対し、福音派の47%が「イスラエルを支持する」と答えているほどです。
 陰謀論のように現実の事象を短絡的に結論付けることは、「この世のすべてを知っている」という全能感を得ることができますが、現実はもっと複雑なのです。

間違い⑦ 宗教には「一神教」と「多神教」の2種類がある。仏教は多神教

 このような中田氏の認識は、熱心な仏教徒から反論される余地があります。
 仏教の最終目標は輪廻転生(りんねてんしょう)のサイクルから解脱し、永遠なる悟りに到達することです。つまり一神教や多神教のように、超越的な〝何か〟を信仰するという考え方とは一線を画しています。
 また、万物が輪廻転生するという点では汎神論的な要素もあり、自ら悟りを開くという意味では無神論哲学という見方もできます。
「宗教は一神教と多神教の2種類」とも言い切れません。宗教の分類方法は千差万別で、神と自然は一体とする汎神論を加えて3種類に分ける人もいます。

 仏教でいえば、如来や菩薩も信仰の対象ですが、神ではありません。如来は実際に解脱した人、菩薩は解脱を求めて修行している人を表しています。
 思い出してみてください、如来像は悟りを開いたあとなので装飾品が少なく裸で布1枚、菩薩は世俗の人なので冠や腕輪があったりするでしょう。

〈番外編〉偏った近現代史観

 最後にもう1つ、中田氏の動画で大きな話題を呼んだのが、日韓関係を解説した動画です。
 中田氏は、
「日本国内には原爆ドームなど戦争被害の歴史はあっても、ユダヤ人強制収容所など加害の歴史がないので、日本人は加害者としての認識が薄い。だから外国から批判を受けてもピンと来ない」と〝講義〟していました。

 いやいや、ウソの歴史でありもしない「加害者としての認識」を持ち続けてきたのが戦後の日本です。日韓関係の解説にも池上氏の本を参考にしていたのでこの認識は当然かもしれませんが、普段高評価だらけの中田氏の動画では珍しく「高評価」が「低評価」が拮抗していました。
 さらに、1965年の日韓基本条約についても「日本から利子なしで3億円、低利子で2億円渡した」と語りましたが、これもウソ。実際は「無償3億ドル、有償2億ドル、民間借款1億ドル以上」の間違いです。

ホロコーストを賛美?

 中田氏の動画を見ていると、無知なだけ──歴史の素養が足りないという印象を持ちました。しかし動画を最後まで拝見し、「これはマズい」と思った部分があります。
 動画の最後に、彼の音楽ライブの告知動画が挿入されていました。幅広のグレーとブルーのストライプのセットアップを着た人が躍り、その横に白いワシのマークが入った黒シャツを着た中田氏が歩いています。
 ピンと来た方もいるでしょう。外国人から見れば、ストライプはユダヤ人強制収容所の囚人服を、黒地に白のワシのマークはナチスドイツの国章を想起させるものです。しかも、この動画がアップされたのは9月11日……。
 外国人は日本人以上に日付を意識します。9月11日に陰謀論的な見解を発表したあと、ナチスとホロコーストを賛美していると受け止められかねない映像が流れる。この部分は、慎重におやりになった方がいいと思います。
 中田氏はたいへん影響力の大きい方です。歴史や宗教を語るなら池上氏の本だけでなく、拙著『パレスチナ現代史』『アウシュヴィッツの手紙』『日韓基本条約』(ともに、えにし書房)も読んでもらいたいですね(笑)。

※本稿は倉山満氏主宰のYouTubeチャンネル「チャンネルくらら」協力のもと、内藤陽介氏出演動画を再構成しました

内藤 陽介(ないとう ようすけ)
1967年、東京都生まれ。東京大学文学部卒業。郵便学者。切手等の郵便資料から国家や地域のあり方を読み解く「郵便学」を提唱し研究・著作活動を続けている。著書に『マオの肖像─毛沢東切手で読み解く現代中国』(雄山閣出版)、『北朝鮮事典─切手で読み解く朝鮮民主主義人民共和国』(竹内書店新社)、『切手と戦争─もうひとつの昭和戦史』(新潮新書)など多数。最新著は『チェ・ゲバラとキューバ革命』(えにし書房)。

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