橋本琴絵:神戸5人殺傷事件無罪判決~刑法39条の本来の...

橋本琴絵:神戸5人殺傷事件無罪判決~刑法39条の本来の目的とは

「哲学的ゾンビの妄想」で無罪

 令和3年11月4日、神戸地方裁判所は、祖父母と近所の女性ら3名を殺害し、他2名に対する殺人未遂などの罪に問われた30才の男性被告人に対し、無罪判決を下した。理由は、精神障害(統合失調症)による刑法第39条第1項(心神喪失)であった。

 これまで、統合失調症の症状を原因にした大量殺人事件であっても、心神喪失(免罪)ではなく心神耗弱(減罪)によって無期懲役になるケースが多かった。そのため、検察は求刑無期懲役で起訴をしたものと思われるが、今回のケースは他と少し違っていた。

 他の統合失調症の症状による殺人事件では、あくまで被害者を「人間」であると認識した上で、症状でその「人間」を殺害しなければならないという妄想が始まったというものであった。しかし、今回は妄想症状の中に「被害者は人間ではなく哲学的ゾンビだ」というものがあり、殺害時に被害者を人間であると被告人が認識していなかったという弁護側主張が採用され、完全な無罪となったのである。つまり、「統合失調症の中でもより症状が重い」と考えられたわけである。

 それではそもそも「精神障害者の免罪・減罪規定(刑法第39条※)」はどのような目的で設けられたのか。そしてこの条項は現代事情や私たちの一般感覚に合ったものなのだろうか。


※)刑法第39条 
 心神喪失者の行為は、罰しない。
 2 心神耗弱者の行為は、その刑を減軽する。
 精神障害者の免罪規定は、1907年に施行された現行刑法が採用している。刑法には第35条から第39条まで「違法性阻却事由」といって、罪にならないケースを規定している。この中の第39条に精神障害者の免罪規定がある。これは、大日本帝国がドイツ刑法を輸入した際、そのまま準用された規定である。

 一般的に、世界の刑法には4つの目的がある。応報、抑止、隔離、矯正である。ドイツ刑法は応報と抑止を目的にしており、イギリス刑法は隔離と矯正を目的にしている。日本も戦前から戦後と一貫してその運用は応報と抑止を主目的にしているが、最近では矯正を主眼に入れている。全国の刑務所を統括する部局の名称が「法務省矯正局」となったのも、このためである。

諸外国の「精神障害者」犯罪対応

 ドイツ刑法は、犯罪の原因を「犯罪の故意」に求め、これを処罰するという目的がある。よって、犯罪者に対して正義の執行をせしめ、被害者の代理報復を国家権力が担うという考え方が「応報」である。また、社会に潜在する犯罪予備群に対して、刑罰が確実に執行されるということを示して威嚇し、犯罪を抑止する目的も併せ持つ。

 精神障害免罪論はドイツ観念論の考え方だ。精神障害者は「犯罪の故意」が無いと考えるため、応報の対象にはならず、また損得勘定もできないため抑止効果もない。だから、「心神喪失」で罪に問えないという理屈である。加えて、この刑法が立法された当時は現代のような福祉対応がないため、精神障害者の寿命は短かった。予防接種も清潔な生活環境も公的医療も抗生物質も存在せず、精神障害者には自力で十分な栄養を確保する能力が無いため、裁判をして経費のかかる刑罰を執行する以前に、細菌やウイルスによる自然淘汰を免れることが難しかったのだ。こうした社会事情も踏まえて、精神障害者免罪規定には合理性があった。しかし、現代では全く事情が異なるであろう。
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橋本琴絵:神戸5人殺傷事件無罪判決~刑法39条の本来の目的とは

犯罪の「意思」を重視するドイツと、「結果」を重視するイギリス
 一方で、イギリス刑法は、犯罪の故意ではなく「犯罪の結果」を重視する。何故ならば、健常者に殺されても精神障害者に殺されても、被害者と遺族の苦痛は変わらないからだ。刑法の目的も、社会に有害な存在を社会から隔離して「社会」を防衛することにある。よって、その有害性が消滅するまで隔離するか矯正を試みるということにある。このため、精神障害者が重大犯罪をした場合、ドイツや日本と同じような免罪規定はない。

 イギリスで精神障害者が凶悪犯罪をした場合に注目されるのは、「公判能力が有るのか無いのか」ということである。よって、公判に参加して弁論する能力の有無が審査される。この審査の結果、被告人に公判能力が無いと判断された場合、訴訟能力が回復するまで特別な精神病院で強制的に治療を受ける。この治療は制度上更新制となっているが、目的は「公判参加能力を回復させる」ことであるため、回復するまで治療に専念する義務がある。また、裁判を受ける能力があるものの精神障害が顕著な場合も、同じく特別な精神病院での治療に専念することになる。この治療目的は「裁判を受ける能力または刑罰の執行を受ける能力を回復すること」であり「社会復帰」ではない。
 アメリカは各州によって違いがあるが、刑事被告人が精神障害者であると陪審員が判断した場合、イギリスと同じく「訴訟能力を回復させるため」に特別な精神病院で治療を受けることになる。有罪が確定した後に精神病によって刑罰の執行が困難になった場合も、刑罰の執行を認識できるようになるための治療を受けることになる。英米法では「隔離」という刑法の目的が強く意識されているのである。

軽犯罪でも頻繁に適用される39条

 日本では、「心神喪失等の状態で重大な他害行為を行った者の医療及び観察等に関する法律」(平成15年法律第110号)で、重大な犯罪をした精神障害者が検察官の不起訴処分を受けた場合であっても、強制的に治療を受けることになる。しかし、その目的は「隔離」ではなく「社会復帰の促進」(同法第1条)であり、英米とは立法目的が全く異なっている。

 ここで疑問が生じる。現在の医学水準では、統合失調症を根治する治療法は確立されていない。にもかかわらず、統合失調症を原因として重大犯罪をした者につき「社会復帰を促進する」という法律を適用しているのが日本である。これは無責任ではないだろうか。確かに、精神障害者の基本的人権と社会で生活する人々の基本的人権を比較衡量すべきとは思うが、何故、治療法が確立されていな病気を原因に犯罪をしたにもかかわらず、社会復帰を促進できるのだろうか。「矯正」という刑法の目的を十分に達成することができないのであれば、英米型の様に治療の目的は、あくまで「裁判や刑罰を理解するようになるまで」すべきではないだろうか。
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橋本琴絵:神戸5人殺傷事件無罪判決~刑法39条の本来の目的とは

近年では窃盗罪に対しても刑法39条が頻繁に利用されている
 ところで、統合失調症による殺人事件のように社会から大きく注目される事件のほか、実は全刑法犯の約40%を占める「窃盗罪」についても、最近は刑法第39条が頻繁に利用されている。これは「クレプトマニア」という「泥棒をする精神障害」が新しく定義されたためである。この病気は、量販店での万引きを起こすというものだ。この精神病が医学的に定義されると、弁護側は無罪を狙い、窃盗犯が「精神障害だから免罪・減罪となるべき」とこぞって主張した。裁判所も当初は、執行猶予期間中に再度窃盗をした被告人に対して再度の執行猶予を付けるなどして対応していたが、それでは商品を盗まれる側にしてみれば、窃盗犯を再び世に解き放つだけであり、警察や裁判所の意味が無いのではないか。
(※ただし、最近になってようやく、”原因に於いて自由な行為”という理論で処罰されるようになった。窃盗をしてしまうのは病気だから仕方ないが、家から出て商店に入ったのは自分の意志であり、商店に入店したら窃盗をしてしまうとわかっているなら家から出なければ窃盗も起きない。よって家から出た時点では本人の意思であるため、その延長で万引きが起きても家から出たという自由意思の結果である、という理屈である。)

 刑法とは、「社会に有害な存在を隔離する」という考えが重要である。その者が永遠に有害ならば永遠に隔離し、有害性が消滅したときに隔離も終了するという刑事政策が必要である。今の日本に足りないのは『社会秩序を守る』という精神ではないのか。

 時代と一般感覚に合わせて、刑法第39条は、「刑罰の執行を受ける能力を回復するまで、または被告人が公判能力を回復するまで治療する」に改正すべきであろう。
橋本 琴絵(はしもと ことえ)
昭和63年(1988)、広島県尾道市生まれ。平成23年(2011)、九州大学卒業。英バッキンガムシャー・ニュー大学修了。広島県呉市竹原市豊田郡(江田島市東広島市三原市尾道市の一部)衆議院議員選出第五区より立候補。日本会議会員。
2021年8月にワックより初めての著書、『暴走するジェンダーフリー』を出版。

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