ポストコロナでの「観光立国」がはらむ危険性

ポストコロナでの「観光立国」がはらむ危険性

観光まで武器にする中国

 コロナ禍の中で観光で訪日する外国人は文字通りゼロになったに等しく、インバウンドで町おこしをしようと考えていた自治体にはとりわけ大きな打撃となった。痛んだ観光業を支えようという意図で始められた"GoToトラベル"キャンペーンも、日本全国に新型コロナウイルスの感染を拡大させるものだという批判が高まり、"GoToトラベル"ならぬ"GoToトラブル"だという揶揄(やゆ)の声も上がった。

 今回のコロナ禍は以前から指摘されていた観光業の不安定性を如実に明らかにしたとも言える。それでも政府には観光立国を目指すという方針を改めるつもりは全くないようだ。

 政府がまとめ、先月発表された「骨太の方針」には次の記述がある。

「ポストコロナの時代においても、インバウンドについて2030年に6000万人とする目標達成に向けて取り組む」

 昨年(2019年)の訪日客が3188万人であったから、6000万人の目標達成のためには観光客数をほぼ倍増させる必要がある。それは今以上に中国人観光客に依存する経済を実現させなければならないことになるが、それは目指すべき国のあり方なのか。

 中国は観光客を政治的武器として利用する国家であることはよく知られている。これにより中国との距離を取ろうとする台湾の蔡英文政権や、アメリカのTHAADミサイルの配備を認めた韓国の朴槿恵政権に、大きな打撃が与えられた。中国を中心とした観光立国政策は強い政治的リスクと表裏一体である。国家安全保障の見地から見て、この状況は決して好ましいとは言えない。

 米中対立の激しさが増す中で、アメリカの経済圏と中国の経済圏が区分けされていく時代となった。この中では自由・民主主義・法の支配といった西側の価値観を大切にする我が国の脱中国依存は必至である。

訪日観光客の拡大=経済拡大の幻想

 コロナが克服されたとしても、旅行業をめぐる環境が激変したことを受けて、訪日観光客数が以前のように戻ることは難しくなったと見るべきであり、この点からも観光立国路線自体を抜本的に見直すべき時である。

 そもそも昨年の年間3000万人レベルの訪日観光客でも、地域によってはオーバーツーリズム(観光客の増えすぎ)が深刻な問題になっている。例えば、京都では市内の循環バスを利用する観光客で溢れたため、地元で暮らす人たちの生活の足として機能しにくくなっている。「京都の台所」と言われる錦市場に観光客目当てのお店が増えて、以前の錦市場の雰囲気が崩れてしまった。こうなると錦市場の価値が失われたに等しい。本来であれば高いはずの観光資源としての価値が、過剰な観光客のためにチープなものに転化していく事態が生まれているのである。

 京都のような有名どころばかりの話ではない。北海道の美瑛町の畑の真ん中に1本だけポツンと立っているポプラの木は「哲学の木」として知られていたが、オーバーツーリズムによって農作業に支障が出るなど様々な問題が生じたことから、伐採されるに至った。

 宿泊も食事も船内で済ますクルーズ船客が大量に現れても、地元にはほとんどお金が落ちない。観光都市ベニスの調査では、クルーズ船客が落としてくれる収入よりも、受け入れに必要な経費が方が高いとされている。

 だが、政府が発表した「観光ビジョン実現プログラム2020」では、「クルーズ船寄港の「お断りゼロ」の実現 」とか「世界に誇る国際クルーズの拠点形成」といった、クルーズ船による集客に力点を置いた方針が今なお貫かれている。

 今以上に観光客数を増やそうという発想ではなく、上質の観光客を中心に集客を行うように発想の転換をすることが必要だと思うのだが、そういう発想は政府にはあまりないようである。

訪日観光客がもたらす感染症リスク

 そもそも訪日観光客が増えるということは、感染症を招くリスクとも直結している。

 今回のコロナウイルスの件を過剰にとらえすぎているという指摘もあるかもしれないが、話はコロナだけではない。口蹄疫(こうていえき)・豚インフル・豚コレラなどの流行によって、畜産業にどれほど重大な打撃が加えられたかもしっかりと考えるべきだ。深刻な医師不足、獣医不足によって、検疫官のなり手が足らず、拡大する訪日客に対応できる状態にはなっていない現実も真剣に考えるべきだ。

 そもそも多くの観光客が来日してくれるためには、日本の物価がそうした観光客にとって魅力があることが必須の条件となる。それは日本人の賃金水準が低くないと実現できない話でもある。

 だがそのような日本は私たち日本人が目指すべき姿なのか。日本が目指すべきは、先進技術で世界をリードし、高付加価値なものを創造することで日本全体の所得水準を引き上げることではないのか。それなのに、国家の命運を賭けて先進技術開発を支援するという方向性には背を向けておいて、観光立国化には国を挙げて取り組むというのは、明らかに国家の進むべき道を間違えているのではないか。

 観光立国化という政府方針は、抜本的な見直しが求められている。
 (2105)

朝香 豊(あさか ゆたか)
1964年、愛知県出身。私立東海中学、東海高校を経て、早稲田大学法学部卒。
日本のバブル崩壊とサブプライム危機・リーマンショックを事前に予測、的中させた。
現在は世界に誇れる日本を後の世代に引き渡すために、日本再興計画を立案する「日本再興プランナー」として活動。
日本国内であまり紹介されていないニュースの紹介&分析で評価の高いブログ・「日本再興ニュース」( https://nippon-saikou.com )の運営を中心に、各種SNSからも情報発信を行っている。
近著に『左翼を心の底から懺悔させる本』(取り扱いはアマゾンのみ)。

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