英雄と悪者の立場がすり替えられたよう

 この数カ月の間に起こった出来事、そしてマスコミのそれに対しての報じ方をみれば、世界が逆さまになってしまったかのようです。
 その代表的な例の一つが、安倍元総理の暗殺事件。他界後、世界中の各国の首脳から弔意のメッセージ等がたくさん届きました。アイルランドのミホル・マーティン首相も7月19日に来日し、岸田総理に直接、お悔やみを表しました。自民党本部である永田町には献花台が設けられ、献花に訪れる国民も絶えませんでした。

 一方で、日本の左翼メディアは自国の元総理が白昼堂々と殺されたにも関わらず、事件の真実を追求するより、山上容疑者の一言一句を鵜呑みにし、山上一家を苦しませた旧統一教会と接点した安倍元総理が悪いかのような報道に終始しています。山上が可哀想で暗殺に追い込まれたという報道には呆れるほかありません。まるで英雄と悪者の立場がすり替えられたようです。
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安倍元総理の暗殺報道では、逆転現象がみられる

言葉ではなく行動を

 さて、私の母国アイルランドでも、9月に善と悪が入れ替わった不思議な現象が、ある事件で見られました。

 アイルランド聖公会の所属学校であるウィルソン病院付属学校の創立260周年を祝うために開催されたチャペル礼拝の場で、同校の校長が性転換中の1人の男子生徒を「“君たち”(they)と呼びましょう」(※)と職員に指示したところ、この指示に対し、同校の教師で福音主義キリスト教徒でもあるエノク・バーク氏が公然と異議を唱え、強く抗議したのです。
※呼びかける対象は1名にもかかわらず、あえて複数形のtheyを使用しています。

 バーク氏は結局その指示を受け入れず、休職処分になりました。しかし、その処分の条件に従わず学校に通い続けて授業を教えようとしていたため、同校の理事会はバーク氏に対し、授業への出席や指導を禁止する高等法院命令を出すことになりました。

 そしてさらにその命令に反してバーク氏は学校を離れることを拒否、誰もいない教室に座り、「私は教師で、仕事をしにきました」と主張しました。結局、法廷侮辱罪で逮捕され、マウントジョイ刑務所に収監されることになりました。法廷侮辱罪の償いをし、法廷の命令に従えば解放されるということですが、それに対してバーク氏は次のように言っています。

Res Non Verba、言葉ではなく行動を校訓とするこの学校が大好きですが、今日この法廷に立っているのは、男の子を女の子と呼ぶことに反対したからです。トランスジェンダーは、私のキリスト教の信条に反するものです。聖典は言うに及ばず、アイルランド国教会の理念にも、私の学校の理念にも反している。私の信条を放棄することを要求するような命令には決して屈しません。それは私にとって不可能なことです。トランスジェンダー主義を受け入れる異端者になるぐらいなら、刑務所に収監したキリスト教徒のままのほうがいい
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トランスジェンダーの価値観を押し付けていいのか

本来の文化・宗教・道徳・価値観に対する攻撃が激化

 驚くべきことは、『インデペンデント』『アイリッシュ・タイムズ』『RTE』をはじめとする主流メディアはこの問題について論調がほとんど同じであることです。口を揃えてバーク氏のキリスト教的信念を一笑に付し、彼が逮捕されたのは、トランスジェンダーを巡る問題ではなく、法廷侮辱罪のためだと必死に誤魔化そうとしています。

 しかし、問題の本質は、キリスト教国家であるアイルランドで通用するはずの宗教的な主義に徹し、横行するジェンダーイデオロギーに屈従しなかったため、1人の教師が罪に問われた点ににあります。アイルランドにおけるキリスト教の衰退を反映する事件でもありますが、このような問題はアイルランドに限ったことではなく、むしろ今、世界中で見られる異常な動きであり、日本も決して無関係ではありません。

 この事件の意義を理解するための一助となるのが、『極右に抗(あらが)う:アイルランドの極右に対抗する市民社会の戦略』というタイトルの報告書です。この報告書は、5月末、メイノース大学に所属した欧州と北米を中心に台頭するいわゆる右翼のヘイトスピーチや偽情報の専門家と自称する学者たちを対象に出版されました。
 冒頭に出てくる次の文章から報告書の学問的立場がうかがえます。

《このプロジェクトの主な目的は、極右に懸念を持つ市民社会組織(CSO)と協力して、彼らの視点からアイルランドにおける極右の脅威の度合い、国家、政党、市民社会の極右に対する対抗策の程度と効果を明らかにし、最終的にこれらをどのように改善できるかについてアイデアを収集し共有することでした


 要するに、幻の右翼軍隊がアイルランドに脅威をもたらしていると言い張る連中の一方的な主張にしか耳を傾けていない上、驚くべきことにアイルランドの極右主義者はファミリアリズム(家族主義)で、「伝統的な家族を国家の基礎と見なし、(特に女性の)個人の生殖権と自己決定権を国家の再生産という規範的要求に服従させる」人たちであるとまで言っているのです。

 極右主義者は性差別や伝統的な二元論を支持し、フェミニズムやフェミニスト、LGBT+グループは結果として非常に否定的に見られてしまう―。 つまり、直接指摘していないものの核家族の中心性を説くキリスト教そのものを極右主義のイデオロギーとして描写されているのです。これと先述のバーク氏の逮捕をあわせて考察すれば、この4カ月の間、教育機関によるアイルランドの本来の文化・宗教・道徳・価値観に対する攻撃が激化してきたことが明らかになるのではないでしょうか。

2つの選択肢しかない

 翻って日本ではどうでしょうか。いまだに議論が続く≪夫婦別姓問題≫の背景にも、こういった国の価値観を貶(おとし)めようとする運動が存在します。2021年に出版された日本政策研究センターのブックレットには次のように書かれています。

夫婦が別々の姓を選ぶということは、子供が父の姓を名乗る場合は母と異なる姓になり、子供が母の姓を名乗る場合は父の姓と異なる姓、つまり「親子別姓」になるということです。これは、家族関係の中に「家族の一体感」や「親子の一体感」を拒絶する何らかの「分離意識」を持ち込むことを意味します》 

 この「分離意識」が、まさにトランスジェンダー運動を担う極左マルクス主義団体BLMの「我々は西洋が規定する核家族構造の必要性を崩壊させていく」という目標と合致します。要するにマルクス主義運動の思うツボなのです。

 しかし、仮に宗教や伝統的な価値観排除・ジェンダーイデオロギー崇拝で『蝿の王』(※)のような社会が実現したとして、かつてない自由で幸せな世界になるのでしょうか?
※『蠅の王』:1954年に出版されたウィリアム・ゴールディングによる小説。無人島にたどり着いた少年たちの間で徐々に分断と争いが起きる様子を描いた。映画化もされている。

 実はそこにはひびがすでに発生しています。例えば、イギリス唯一のユース・ジェンダー・クリニックである「タヴィストック・クリニック」が閉鎖されることが決まりました。同クリニックで一部の患者があまりにも早く性別移行経路に推薦され、計り知れない被害を受けた、という報告を受けた独立審査によって決定されました。
 本件の被害者の一人であるキーラ・ベル(25歳)は、16歳の当時に思春期抑制剤を処方され男性への性転換を決意したというのですが、その後気が変わったため、高等法院に「タヴィストック・クリニック」を提訴しています。彼女は、クリニックは彼女の性別移行という決断にもっと異議を唱えるべきだったと主張したのです。

 バーク氏の事件はアイルランドならではの問題のように思い、日本には無縁な話だと思われるかもしれませんが、大間違いです。野党はもちろん自民党内にもトランスジェンダー主義を支持したり、ヘイトスピーチの定義を増大させて言論の自由を厳格に統制しようと企んでいる議員が多くいます。日本もすでにアイルランドと同様な脅威に直面しています。立ち上がるか、それとも屈従するか、この2つの選択肢しかありません。
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ヘイトスピーチの定義を増大させて言論の自由を厳格に統制しようと企む議員も
ダニエル・マニング
1990年、アイルランド生まれ。ダブリン大学大学院(文学)卒業。アイルランドで半年間語学学校に勤務したのち、英語を教える外国人講師として栃木県の高校に赴任。幼い頃から祖父の影響で日本に興味を持ち、来日を夢見ていた。現在は、日本への誤った解釈を是正し、日本の現状の真実をきちんと海外に発信するとともに、フリーランス翻訳者として活躍中。

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