本当にオタクが参加したの?

 先月28日、オタクによる反戦デモが行われました。
 当日の様子はネットニュースに報じられ、話題となっています。神奈川新聞社のニュースサイト「カナコロ」の記事から引用してみましょう。

《国会前では「オタクによる反戦デモ~推しのいる世界を、戦場にするな。」と銘打ったデモが開かれ、オンラインを含めて約3千人(主催者発表)が参加。漫画家や声優らがリレー形式でマイクを握り、「平和を壊すな」「平和でなければオタクの活動ができない」と訴えた》

 J-CASTの記事では、デモに参加したアニメプロデューサー、植田益朗さんの「『戦争反対』とSNSで書いただけで、クレームが来たり、何かいじめに遭うような状況は本当に考えられません」との声を掲載していました。しかし、このデモは改憲についても否定的であり、こうした人たちが改憲を議論の俎上(そじょう)に乗せただけで「戦争に賛成しているのだ!」などと罵声(ばせい)を浴びせてくることを、ぼくたちは骨身に染みて知っています。
 今の状況はそうした長らく続いてきた左派のやり方にいい加減、大衆がウンザリきていることの表れなのではないでしょうか。

 ともあれこのデモ、オタクたちが立ち上がった――というフレコミなのですが、残念なことにX上では、当初から当のオタクたちに冷ややかな目で見られていました。
 先行した国会前デモもペンライトを掲げるなど「推し活」女子を意識した感じでしたが、こちらは明確にオタクが主体であることをアピールしています。ところが参加者へのアンケートによると、支持政党は圧倒的多数が共産党であるなど、「オタクによる」ではなく「共産党による」デモだよなあとしか、判断できません(もっともこのアンケート自体は一参加者がその場で行ったもので、母数も少ないものではありますが)。

 当日はアニメや漫画のキャラクターがプラカードなどで掲げられていたのですが、それが『ゴジラ』、『ガンダム』『クッキングパパ』『特攻の拓』……う~ん、正直世代的に50代といったところで、ちょっと無理しても、若者に人気のある最新のキャラクターを使っていただきたかったところです。
 もちろん古いキャラクターを愛好することが悪いわけではありませんが、ネットではデモの主体が「オタクのフリをしている」「オタクをオルグしようとなりふり構ってない」などと評されており、上のラインナップはそれを裏書きするものであるわけです。漫画やアニメと言ってもオタク向けコンテンツと一般向けコンテンツってはっきりと分かれますし、『特攻の拓』に至っては1990年代の不良漫画。これは作画の所十三氏がデモに参加されたためなのですが、普通に考えて不良ってオタクの敵ですよね。

 先のアンケートに続き、参加者の趣味の調査も行われましたが、その結果もオタク的でないものばかりです
Xより (14821)

参加者へのアンケートによると、支持政党は圧倒的多数が共産党
via Xより
Xより (14822)

参加者の趣味の調査も行われが、その結果もオタク的でないものばかりだった
via Xより

左派がオタクをオルグしようとしたけど……

 そもそも共産党と言えば、オタクにとっては「萌え表現を攻撃する敵」でしかありません。それがオタクに擦り寄ってきたとなると、煙たがられて当然です。
 ところが今回、デモにはアダルト漫画家の山本直樹氏も参加していたのです。同氏は「萌え系」と呼べるかはともかく、垢抜けた美少女系の絵で人気を集めた作家であり、90年代の成人コミック規制問題でも積極的に発言していた人物です。それなのに、なぜ、こんなデモに……と言いたいところですが、同氏はかねてより左派の人でもあり、近年、『朝日新聞』の記事で萌えキャラについて問われ、「ただ、それを見たくない人がいるなら、公的な場所に出すべきではない」などと発言していました

 もちろん、性的な描写は公共の場に持ち込むべきではないという主旨それ自体は賛成できますが、近年のフェミニストたちが「性的搾取(さくしゅ)」だと難じている表現は、以前にも幾度もお伝えているように「美少女がうどんを啜(すす)るアニメ」など、どう考えても性的でも何でもないもの。そうした現実を鑑みた時、同氏は「オルグされ、転向してしまった」と言われても仕方がないでしょう。

 そもそも、オタク業界ではアダルト系の表現を守ろうとする運動がずっと盛んなのですが、ぼくはそうした人々を「表現の自由クラスタ」と称して、ずっと批判的でした
 もちろん表現の自由は結構なことなのですが、この15年ばかりフェミニストによる萌えへの攻撃が激しくなり、しかし左派でフェミと関係の近い表現の自由クラスタはずっと「フェミは悪くないんだ」とかばい続けてきた。この数年、さすがにごまかしきれなくなり、こうした運動自体がすっかり瓦解してしまった……当初は自民をこそ悪者にして団結していたのに、フェミニストせいで、確かに左派は表現の自由を錦の御旗に掲げていたけれど、フェミニズムの危険性には真摯に向きあわず、近年、その勢力下に入ってしまったと見るべきなのです。

 その意味で、実のところ今回の件は、「左派がオタクをオルグしようとしたが、あまり賛同できない」という、表現の自由クラスタの行動のリプレイに過ぎません。

オタクの思想闘争

 ぼくは以前より、「オタクはノンポリだが、オタクの上の世代は左派寄りだ」と言ってきました。彼らは都合のいい時はオタクを自称しますが、普段はオタクを見下し、敵対的です。

 例えば、デモ発起人の高橋裕行氏は当日、スピーチするとともに『仮面ライダーV3』の変身ポーズを披露しましたが(これも1973年の放映で、古い……)、X上で「小学校高学年になって仮面ライダーごっこをやるのか?アホ。」と言っていたり、また「オタクはネトウヨだ(大意)」と罵倒したりといった発言が発掘され、呆れられました。同氏が筋金入りのライダーオタクなのは事実のようなのですが……(ちなみに義父や配偶者が共産党員だそうです)。

 また、デモに参加し、積極的に発言していたなべくら雅之氏はちょっと前には「一生部屋でガンダム見とけキモオタク」と発言していました。
 全くもって理解に苦しみますが、いえ、実のところ「オタクの上の世代」がある意味では自身もオタクであるにもかかわらず、オタクをバカにするのは、本当に大昔からのことなのです。
 この「オタクの上の世代」というもの少々曖昧な表現ですが、もう少し詳しく説明してみましょう。

 オタク文化の黎明期は80年代と言っていいでしょうが、それ以前の世代はカウンターカルチャーにどっぷりと浸(つ)かっていました。オタクに比較的近いのはSFマニアだったと思いますが、これも(もとはそうではなかったはずですが)70年代あたりからすっかり左派的なムードをまとっていました。
 もっともそれは学生運動が盛んであるなど、社会全体の傾向ではありました。ところが政治の季節が終わった80年代に黎明(れいめい)期を迎えたのがオタク文化であり、そこには上の世代が何もなしえなかったことに対する失意、諦念が最初からあったのです。

 この時期のオタクは当初、年長の世代がつくった子供番組に意味を見出すといった活動をしていたのですが、それらは『ウルトラマン』や『仮面ライダー』など、左派的な価値観を強く遺していました。そんなわけでオタクも年長者(今の50代あたり)は左派的傾向が強いのです。
 ところが、80年代になるとオタク世代がつくり手に回り、そこからはそうしたイデオロギーがすっかり抜け落ちていたのです。

 象徴的な作品を挙げるならば、『愛國戰隊大日本』ということになりましょうか。これは1983年、まだアマチュアであった庵野秀明、岡田斗司夫といったオタクの代表者たちが日本中のオタク、SFファンの集まるイベント「DAICONⅢ」で発表した、自主制作特撮フィルムです。
 今もYouTubeなどで見られるので、ご覧になっていただきたいのですが、『ゴレンジャー』などの戦隊シリーズのパロディであり、北の大地より攻めてきた悪の組織「レッドベアー団」から御國を守るため、5人の戦士が大日本ロボなどの超兵器で戦う、といった内容。「もし右翼が戦隊シリーズをつくったら」といったテーマでつくられ、(必ずしも左派だけをからかったモノではなく)当時話題となっていた教科書検定問題を盛り込むなど、右も左も笑い飛ばした怪作です。

 つまり、当時のオタクには上の世代の硬直したイデオロギーを振り回すさまに嫌悪を覚えており、そうした態度に対するニヒリズムが、オタク文化の骨子をなしていたわけです。ところが、同作は当時のSFマニアからのバッシングに遭い、中でもソ連SF愛好団体「イスカーチェリ」(というのが実在したのです)からは激しく非難されました。
 確かに同作はおふざけの過ぎるモノではあるのですが、ともあれオタク文化とは左派的なカウンターカルチャーに対して独立戦争を起こした存在、オタク的に表現すれば「ジオン」であったわけです。

 そして同作の脚本を担当した岡田氏は90年代にはオタキングを名乗り、『オタク学入門』『東大オタク学講座』などの著書を精力的に上梓、オタク文化の普及、またオタクの社会的地位の向上に努めていました。
 ただ――実のところネット上において、ことにオタク業界内ほど、岡田氏の評判は芳(かんば)しいモノではありません。いえ、この言い方は非常に生ぬるいもので、人非人、トランプくらいの悪の権化(ごんげ)である、といった評価も珍しいものではありません。

 これには岡田氏自身の若い頃の毒舌ぶりなど、ゆえのないところでもないのですが、実際には先に書いた「上の世代」のプロパガンダが原因であるところが大のように思われます。
 独立戦争を起こした「ジオン」である岡田氏は、「上の世代」にとっては憎んでもあまりある敵なのです。彼さえいなければ今回のデモでオタクが何万人と集まり、高市政権を打倒できていたはずなのですから。いや、「そんなアホな」と言いたいところですが、彼らはそれに近いことをホンキで信じているように、ぼくには思われます。

「何かヘンな船」に乗せられていたオタク

 逆に言えば、この岡田氏の活動前は、オタクという存在は「上の世代」からの酸鼻(さんび)を極める攻撃に晒(さら)されていました。
“オタク”という言葉そのものが左派系文化人である中森明夫氏がつくり出したもので、彼はオタク向けの美少女系(今でいう萌え系)アダルトコミック誌『漫画ブリッコ』において、オタクを以下のように罵りました。

《コミケット(略してコミケ)って知ってる?いやぁ僕も昨年、二十三才にして初めて行ったんだけど、驚いたねー。(中略)それで何に驚いたっていうと、とにかく東京中から一万人以上もの少年少女が集まってくるんだけど、その彼らの異様さね。なんて言うんだろうねぇ、ほら、どこのクラスにもいるでしょ、運動が全くだめで、休み時間なんかも教室の中に閉じ込もって、日陰でウジウジと将棋なんかに打ち興じてたりする奴らが。モロあれなんだよね》
(「『おたく』の研究(1)街には『おたく』がいっぱい」『漫画ブリッコ』1983年6月号)

《そのおぞましい光景たるや地獄の祝祭というか、全日本おたく選手権関東地区大会決勝っていうか、オレ自身おぞけ震っちゃったね。ユミの奴も、鳥肌立っちゃったとか、ジンマシンが出たーとか身震いしちゃってね、どっからわいてくんのよあのヒトたち、なんて怒っちゃってんの》
(「『おたく』の研究(1)おたく地帯に迷い込んだで」『漫画ブリッコ』1983年8月号)

 とにもかくにもオタクの気持ちの悪さ、ファッションの異様さを延々延々、ネチネチネチネチ、クドクドクドクドと繰り返し、読者を嘲笑する文章が続きます。
 この頃、「(今で言う、いわゆる)オタク」は「アニメファン」などと呼ばれており、「オタク」とはこうした業界の中の、厭(いと)わしいキモいヤツらを指す差別用語としてつくられたというのが経緯でした。
 要するに左派的価値観を持つ「上の世代」が、下の世代の者を舌鋒極めて罵っていたことこそが、発端だったのです。

 その動機は必ずしもイデオロギー的なものだけではなく、単純に軽薄短小の80年代にオタクが「ネクラ」、つまりおとなしい男性たちであったことが、一番大きな理由ではあったのでしょう。しかし、ともあれ「上の世代」はこれ以降、オタクを見下し、ネトウヨだと口汚く罵るとともに、都合のいい時だけは「我こそはオタクなり」と名乗り出すというダブルスタンダードを使いこなすようになっていったのです。

 今では「宮崎事件」が「オタク差別」のきっかけと言われていますが、それははっきり言うと歴史修正であり、ぼく個人は「上の世代」が当時起きていた「成人コミック規制問題」にコミットしたいがため、オタクに擦り寄るにあたって、過去の行状を誤魔化す目的でなされたことなのでは……と想像しています。
 そう、要するに今回のオタクデモは、この当時の振る舞いのリプレイでもあるのです。

 本デモは辺野古沖転覆事故から時を経ずに行われ、ネットではその事故から目を逸らすことが目的ではないか、などといった風説も囁(ささや)かれています。
 さすがにそれはいささか先走った見方だとは思うのですが、とは言え、オタクはこの何十年間、ずっと左派によって、ロクに事情も説明されないままに、「何かヘンな船」に乗せられていた。そしてそれが今も続いている、ということは、事実なのです。
兵頭 新児(ひょうどう しんじ)
本来はオタク系ライター。
フェミニズム、ジェンダー、非モテ問題について考えるうち、女性ジェンダーが男性にもたらす災いとして「女災」という概念を提唱、2009年に『ぼくたちの女災社会』を上梓。
ブログ『兵頭新児の女災対策的随想』を運営中。

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