『新版 日本国紀』上下巻(幻冬舎文庫)

『新版 日本国紀』上下巻(幻冬舎文庫)

830頁もの大著

『日本国紀』は、作家の百田尚樹氏が2018年に幻冬舎から刊行した日本の通史であり、65万部を突破するベストセラー歴史本となった。
 そして、2021年11月、『日本国紀』文庫版が同じ幻冬舎から上下巻で発売された。しかもその文庫版は、150頁もの大幅な加筆があり、上下巻合わせて830頁もの大著となっている。

 文庫本の特徴は、語尾が「です」「ます」調になっており、百田氏が目の前で日本史講義をしているかのように読むことができることが一つ。
 
 もう一つの特徴は、興味深いコラムが多数追加されていることである。例えば、下巻p139には、明治天皇のご事績が新たに記述されている。また、同じく下巻p260には日本国憲法がGHQの恫喝によって押し付けられた事が具体的なエピソードによって描かれているのだ。

 単行本にあったコラムでも、新たに内容が増補されている部分も存在する。大東亜戦争末期、ポツダム宣言受諾を決定する御前会議の場面で、昭和天皇が「私の意見は変わらない。私自身は如何になろうとも、国民の生命を助けたいと思う」と仰ったことを、
《日本人であるならば、このことは永久に忘れてはならないことだと思います》(下巻p247)
 との百田氏の感想が記されている点もそうだ。

 豊富なエピソード追加によって、我々は先人がたどってきた軌跡をより詳しく知ることができる。
 ちなみに、文庫版も単行本と同じく、売れ行きは物凄く、週間ベストセラーの1位を獲得するなど、再び話題を集めている。

戦争肯定の本?

 さて、その『日本国紀』であるが、単行本の刊行直後から、左派を中心とする論者から、次のような批判を浴びていた。
 それは、
「日本の帝国主義と侵略、戦争犯罪を否定ないしは美化」
「大東亜戦争を肯定」
 しているのではないかという非難である。

 そうした非難をする人々は、例えば、
《短絡的に「日本はアジアを侵略した」というのは典型的な自虐史観による見方》(下巻p226)
 などの記述に噛み付いたわけだが、しかし、本書を仔細に読んでいくと、戦争を美化・肯定などしていないことが分かる。
 そのことは《戦争と敗戦が日本人に与えた悲しみと苦しみは計り知れません》(下巻p250)という記述からも窺える。

 また、今年は真珠湾攻撃から80年目だが、大東亜戦争における日本軍の作戦にも批判的である。ガダルカナル島攻防戦において、情報を軽視し、多くの兵士を死なせて敗退したことを批判しているのも印象的だ。
《日本が戦争への道を進まずに済む方法はなかったのでしょうか――》(下巻p202)
 との一文からは、戦争は本来ならば避けるべきもの、戦争は悲劇という百田氏の視点が分かる。「戦争への道を進まずに済む方法」を学ぶことこそ、歴史を学ぶ意義だとまで主張しているのだ。
真珠湾攻撃は「物語」の終着点

真珠湾攻撃は「物語」の終着点

via wikipedia

手厳しい批判

 いわゆる支那事変についても、
《気が付けば全面的な戦いになっていたという計画性も戦略もない愚かなものでした》(下巻p203)
 と手厳しい。戦争が軍の主導で行われ、日本政府がそれを制止することができなかったことも「異常」としている。

 支那事変下(1938年)で制定された「国家総動員法」(戦争遂行のために労務・資金・物資・物価・貿易・言論など国民生活の全分野を統制する権限を政府に与えた法)も「恐るべき法律」「狂気の法案」として、非難の対象となっている。

 ナチス・ドイツやイタリアとの「日独伊三国同盟」(1940年)については、
《アメリカとの関係を決定的に悪くしただけの、実に愚かな選択》(下巻p211)
 としているし、戦争を煽り、政府の弱腰を非難してきた当時のマスメディア(新聞各紙)にも疑いの目を向ける。
 日本が国際連盟を脱退(1933年)したことも、「日本の交渉術の拙(つたな)さ」にあるという。さらに、百田氏は、日本が度重なる近代戦(日清戦争・日露戦争・第1次世界大戦)に勝利したことにより《非常に傲慢で短気な国家》(下巻p183)に変貌していったと述べているのだ。
翔鶴から発進準備中の零戦二一型

翔鶴から発進準備中の零戦二一型

via wikipedia

戦争の愚かさと悲劇を描いた

 以上のことから分かるのは、百田氏が日本やドイツ・イタリアの全体主義的な政策に嫌悪感を示しているということ、特に第1次世界大戦以降、日本が採った進路(国際連盟脱退・三国同盟・大東亜戦争の開戦)に批判的だということである。そして何より、戦争を悲劇ととらえ、それを避けることが重要だと説いているのだ。

 さて、百田氏の代表作といえば『永遠の0』(講談社、2009)であるが、同書が映画化(2013年、岡田准一主演)された時も、一部の文化人からは「特攻隊を美談にしている」とか「戦争賛美」と批判された。
 私は書籍も映画も両方とも見たが、「特攻隊を美談」にしているとも「戦争賛美」だとも思わなかった。明らかに戦争の悲劇を描いていたからだ。
『永遠の0』にしても『日本国紀』にしても、戦争の愚かさと悲劇、そして困難な状況にあっても雄々しく生きた日本人を描いた作品なのである。
濱田 浩一郎(はまだ こういちろう)
1983年、兵庫県相生市出身。歴史学者、作家、評論家。皇學館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。兵庫県立大学内播磨学研究所研究員・姫路日ノ本短期大学講師・姫路獨協大学講師を歴任。現在、大阪観光大学観光学研究所客員研究員。現代社会の諸問題に歴史学を援用し迫り、解決策を提示する新進気鋭の研究者。著書に『日本人はこうして戦争をしてきた』『日本会議・肯定論!』『超口語訳 方丈記』など。

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