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プーチンが高く評価するスターリン

「冷戦敗北」は認めない

「偉大なロシア」が冷戦に敗北するなどあり得ない──プーチンはいまだにそう思っています。西側諸国に対するプーチンの複雑な感情は、様々な場所で垣間見ることができる。
 
 2014年のクリミア侵攻は、ほぼ無血で行われた作戦でした。同年、大規模デモによってウクライナの親露派政権が倒れるとプーチンは激怒。ロシア系住民が多数を占めるクリミア半島にロシア軍特殊部隊を投入して、行政庁舎や空港、テレビ塔などの中枢施設を占拠させました。
 そのうえで行われたのが、ロシアへの編入を問う住民投票。結果は投票率が83%、編入賛成が97%。異様に「賛成」が多いことに疑念は残るものの、住民の多数派がロシア編入を歓迎したことは事実です。

「ロシア系住民の保護」「住民投票の結果」を盾に行われたクリミア併合は、ロシアで熱烈に歓迎されました。低下傾向にあったプーチンの支持率は八割超に跳ね上がります。主要メディアや政権派の識者は、「プラハの春」「アラブの春」といった民主化運動になぞらえて、「ロシアの春」という表現で喜びを示しました。

 ソ連崩壊後、北大西洋条約機構(NATO)は旧東側陣営の国々を加える「東方拡大」を進めます。かつて旧共産陣営に属していた東欧諸国で次々と親欧米政権が樹立され、NATOに加盟していきました。ソ連消滅につけ込んで、米国が世界の覇権を狙っている──「被害者意識」を鬱積させるプーチンは2007年、ミュンヘン安全保障会議の演説で「逆襲の狼煙(のろし)」を上げます。当時、ロシアは石油価格の高騰で好景気に沸いていました。

「われわれに絶えず民主主義を教える者が、あまり学びたがらない。一方的でしばしば非合法的な行動は、何ひとつ問題を解決しないばかりか、新たな悲劇と緊張を生んでいる」

 プーチンはイラク戦争など米欧が引き起こした「災禍」を念頭に、米国による「一極支配」を痛烈に批判。ソ連は独力で「平和的な民主主義への移行」を実現したとして、米国は政治経済などあらゆる分野で他国に「正義の押しつけ」を図っていると非難したのです。
 東西冷戦の敗北とソ連帝国の崩壊──プーチンの言葉からは、屈辱の歴史を受け入れられない心理が滲んでいました。そんななか、「ロシアの春」という呼称は、ロシアが国力を回復して立ち上がり、米欧への意趣返しを成功させた満足感と自信を表しています。

 勢いに乗るプーチンは「ロシア世界の再興」という目標も掲げます。周辺国のロシア語話者やロシア系住民の糾合を目指すものでした。クリミア併合の余勢を駆り、プーチンはウクライナ東部でも親露派武装派勢力を支援することになる。今回のウクライナ侵攻は、その延長線上にあります。

民主主義=大混乱

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ウクライナ侵攻によってロシア国内の意識は変化しつつある
 ロシア帝国からソ連、そして現在のロシア連邦に至るまで、一直線の歴史をつくりたい──それがプーチンの願いです。だからこそ彼は、ロシア革命とソ連崩壊という「2つの革命」によって「偉大なロシア」が失われたことが許せない。祖国を復活させるためには、自分が強いリーダーでなければならない──。

 そんなプーチンを、ロシア国民はどう考えているのでしょうか。

 ロシアの歴史を振り返ると、民主的だった時代は10年余りしかありません。ソ連末期、ゴルバチョフが「ペレストロイカ」を打ち出した時期。そしてソ連崩壊からプーチンが大統領になる前のエリツィン時代です。
 地理的な理由から、ロシアに民主主義が根付きにくいという指摘があります。広大な領土ゆえに、モンゴル帝国やナチスドイツをはじめ、外敵に攻め込まれやすい。絶え間ない戦争を生き抜くためにも、強いリーダーを求める傾向にあるのです。指導者は権力を振るって当然だというメンタリティが、民族のDNAに刻まれている。

 国民がプーチンを支持する背景に、ソ連崩壊後の混乱があります。エリツィンはソ連時代の計画経済から、「ショック療法」と呼ばれる急進的な市場経済化に踏み切りました。しかし、資本主義への急転換はハイパーインフレを招き、庶民が蓄えていた貯金は紙くず同然になった。
 ロシアは20世紀、ロシア革命とソ連崩壊という大混乱を2度も経験しています。そこにソ連崩壊後の経済的困窮が加わり、ロシア国民の頭のなかに「民主主義=混乱」という構図ができてしまった。ロシア国民の間で、ゴルバチョフやエリツィンは人気がありません。彼らは権力を持ちながら、それを振るわなかった「弱い指導者」という評価を下されている。ロシア国民は、裕福でなくとも安定した生活が送れるのであれば、プーチンがいくら強権を振るっても構わないと考えていたのです。

 ところが、今回のウクライナ侵攻を契機に、ロシア国内の意識は変わりつつあります。「大義なき戦争」の代償として、ロシアは国際社会から苛烈な経済制裁を科された。外資は次々に撤退してルーブルは暴落。ロシア経済が破綻に向かっています。
 そんななか、ロシア国民が牙をむき始めました。ロシア国内では反政府デモも起きています。当面は抑え込みにかかるでしょうが、国際社会が厳しい目を向けるなか、いつまでも弾圧を続けるのは難しい。遅かれ早かれ、プーチン体制は終焉を迎えるはずです。「孤独な独裁者」に引導を渡すのは、彼が恐れた米欧ではなく、今まで彼を支持していたロシア国民にほかなりません。
遠藤 良介(えんどう りょうすけ)
1973年、愛媛県生まれ。東京外国語大学外国語学部ロシア東欧語学科卒。同大学院地域文化研究科博士前期課程修了(国際学修士)。99年、産経新聞入社。横浜総局、盛岡支局、東京本社編集局整理部、外信部を経て2006年12月からモスクワ支局。14年10月から同支局長。18年10月から外信部編集委員兼論説委員。

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