エネルギー政策失敗の理由

 最近のドイツでは、エネルギー転換の話が、とんとニュースに出てこなくなった。あちこちで行われる州議会選挙の争点にも入っていない。ドイツ人が世界のお手本だとあれほど自負していた「脱原発」も、皆、忘れてしまったかのようだ。ひょっとしたら多くの人は、もう原発はすべて止まっていると思っているのかもしれない。
 ドイツのエネルギー転換の始まりは、20年以上も前に遡(さかのぼ)る。1998年、16年間続いたコール政権が終わりを告げ、SPD(社会民主党)と環境派政党・緑の党の連立政権が誕生した。そして、2000年には再生可能エネルギー法ができ、再エネで発電された電気は、必ず全量、決まった値段で送電事業者が買い取ることになった。つまり、持ち家の屋根や空き地に太陽光パネルを付けると、日が照れば必ず儲かる。こんな確実な投資はないから、設置された太陽光発電の容量は、その後の16年間で400倍となった。風力発電も同様で、現在、ドイツに立っている風力タービンは3万基近い。

 これら再エネ設備の発電する電気が、2018年は全発電量の37.8%に達し、2019年には40%を超えそうだ。「今やドイツは電気の輸出国である!」と、おそらくこれまでなら、環境派の書くリポートは、ここで「めでたし、めでたし」で終わったことだろう。しかし、今ではそうはいかない。めでたくないことが、山ほどあることがわかってきたからだ。

 そもそも、「ドイツは電気の輸出国」というのを一つとっても、鵜呑みにはできない。送電線に電気が入りすぎると系統が故障し、下手をすると、大停電になりかねない。それでもドイツでは、買取制度のせいで、再エネ事業者は需要がなくても発電するから、送電線はしょっちゅうパンクしかけている。つまり、輸出はたいてい、余分な電気をどうにかして外に逃がすためのやむなき措置だ。時には隣国にお金をつけて引き取ってもらうことさえあるのだから、輸出したからといっても威張れない。
 そのうえ、電気代はどんどん上がるし、CO2も減らない。どう贔屓目に見ても、ドイツのエネルギー政策は失敗だ。

緑の党の非現実的な話

 エネルギー論議が最後に過熱したのは、2017年秋の総選挙後、連立交渉の最中だった。CDU・CSU(キリスト教民主・社会同盟)と緑の党、FDP(自由民主党)が連立を組む直前までいったが、それが最終的にFDPの離脱で壊れた。そのとき、FDP党首リントナーは、「ここで討議された多くのことは、有害である。与党となって間違った政治をするよりも、政権に加わらない方がましだ」と言い残して交渉を離脱した。彼が「有害」と言ったことの一つが、「2020年までに8~10GW(800万~1000万kW。およそ火力発電14基分)の石炭火力発電所を廃止する」という緑の党の政策だった。

 これは確かに非現実な内容だ。とはいえ、緑の党はたいてい非現実なことしか言わない。ただ、問題はそれに共感する国民が多くいることで、そのため、この国はときどきトンデモない方向に振れる。
 しかも、このときは、緑の党の主張をCDUが修正するかと思いきや、メルケル首相は連立交渉が破綻することを恐れ、「では、7GWにしましょう」と、これまたトンデモ妥協案を出したので、リントナーの堪忍袋の緒が切れた。そこで交渉離脱という苦渋の決断に至ったわけだが、この後リントナーは、政権を取るより野党でいることを選ぶ「ヘナチョコ党首」という汚名を着せられ、メディアのサンドバッグになった。以来、FDPは低迷したままだ。

 ちなみに、ドイツのメディアは緑の党のシンパが多く、緑の党と対立する政治家は、たいてい不当な扱いを受ける。ただ、念のために言っておくと、ドイツは2022年末には全原発を止める予定なので、現在の電気事情は、石炭火力の出力を落とせるような状況ではまったくない。緑の党の言うことを聞いていては停電になる。

 ところが今年、ドイツ政府は、2038年までに石炭と褐炭の火力発電所もすべて止めることを決めてしまった。発電における石炭・褐炭への依存率は40%を超えているし、石炭火力には、多くの関連会社がぶら下がっている。つまり、石炭火力の廃止は産業構造の激変を伴う危険な決定であるが、ドイツ政府はそれを、CO2削減のためのドイツ国家の良心と熱意の発露のように売り込んだ。発生する失業者の生活保障や代替産業の誘致として、20年間で400億ユーロ(約5.2兆円)の補助をすることも決めた。おそらくこの額では収まらないとみられているが。

グレタ発言に感動する国民

 そもそも政府や環境派のこれまでの主張では、「危険な原発」と「汚い火力」さえなくなれば、再エネが伸び、清らかな理想の社会が誕生するはずだった。そして、その転換にかかるお金は、緑の党に言わせればアイスクリーム1個分。それを多くの国民が信じた。
 しかし今、原発はすでに半数になったし、電力会社は再エネにパイを奪われて青息吐息。もう、再エネの向こうを張る力などないどころか、いつ外国資本に乗っ取られてもおかしくない状態だ(すでに、一部はそうなっている)。なのに、電気代は高騰し、CO2は減らない。

 そこで、去年あたりから犯人探しが始まった。実は、失敗の理由は明らかで、政策が物理的にも経済的にも辻褄が合っていないだけの話なのだが、誰も今さらそんなことは言えない。そこで、風力タービンの建設をさっさと許可しない自治体が悪い、いまだに火力発電を止めない電力会社が悪い、送電線の敷設を妨害している住民が悪い、などと枝葉末節に「冤罪」が振り分けられている。

 そんな折の2018年秋、膠着状態となってしまっていた舞台に、まさに彗星のように、子供たちの「Fridays For Future」運動が沸き起こった。運動を率いているのは、スウェーデン人の華奢な少女グレタ。その主張は、「エネルギー転換」など飛び越えて、「惑星を救え!」だ。
 少女グレタが無表情で発する言葉には、教祖の呪いのような怖さがある。惑星を滅亡から救うためには、今すぐ、国民がもっと痛みを感じるような行動に踏み切らなければならない。火力発電を止めるだけでなく、車に乗るのもやめ、飛行機も豪華客船も避け、肉も食べるな。さもなければ、地球はまもなく(約10年後に!)取り返しのつかない状態になって、一途に滅びの道を歩む。こうなってしまったのも、すべては無責任な〝大人〟のせいだ。よくも私たちの未来を壊してくれた……。
 そして、罵倒された大人たちが、皆、いたく感動している。

 一方、政治家にしてみても、この運動はいたって好都合。なぜなら、国民がこの無理無体に夢中になっているうちは、CO2が減らないのも、電気代がEU(欧州連合)で一番高くなってしまったのも、もはや政府のせいではなく、CO2削減に真剣にならない産業界、ひいては国民自身のせいであるからだ。もちろん、緑の党も、自分たちの作戦をさっさと「Fridays For Future」支援に切り替え、メディアはグレタを持ちあげる。政府と緑の党とメディアは、常に一蓮托生だ。今ではすっかり、「地球の温暖化は先進国の人間全員の罪業」というのが国民の常識となった。
 前述の2038年までに火力全廃というのも、この波に乗ったドイツ政府の甚だ無責任な政策といえる。ただ、多くのドイツ国民はそれを寿(ことほ)いでいるので、外国人の私が口を出すことではないかもしれない。

高く買い安く売る

 しかし、エネルギー政策の欠陥が煙幕で隠されても、おのずと真相は染み出してくる。
 電気の価格は需要と供給の釣り合いで決まる。自由市場だから当然のことだ。ゆえに、これまで電力会社は、常に需要を見ながら発電量を調整してきた。電気は貯めておけないから、需要が減れば、価格の暴落を防ぐため発電を控える。

 ところが、再エネが増えるにしたがって、それが機能しなくなった。再エネの発電者は全量買い取り保証があるので、日が照り風が吹けば、需要の有無にかかわらず発電する。当然、買い取り費用がものすごい額となっている。大型業者による発電については2014年から、すでに固定価格での買い取りは停止され、部分的入札制になってはいるが、それ以前の契約には20年間の買い取り保証があるので、買い取り額はなかなか減らない。しかも、電気はしょっちゅうだぶつき、電気の市場価格は安く止まっている。

 ところが、ドイツ国民は、その安い電気の恩恵にまったく与れない。なぜなら、高く買い取られた再エネ電気が、安い市場値段で売りに出されれば、当然、差額が生じる。その差額分が、再エネ賦課金という名前で、丸々国民の電気代に乗せられているからだ。
 一本の風力タービンは、風が強い地域では、多い時には年間10万ユーロ(約1300万円)をもたらすという。風に恵まれないところでも2.5万ユーロ(約325万円)。風力電気は太陽光より買い取り価格は安いが、風は夜でも雨でも吹くので、太陽光の何倍もの発電量が見込める。今では多くの農家が農業を止め、発電業者に土地を貸し出しているという。農業よりも楽だし、利益も良い。こうして2017年、再エネの買い取り額の合計が、約259億ユーロ(3.3兆円強)に上った。

 つまり、ドイツには、再エネのおかげで大金持ちになった人がたくさんいる。電気は現代社会においては、すでに贅沢品ではない。節約できる量は知れている。なのに、太陽光パネルなどを付けるお金も家もない人たちも含めた国民全員が、再エネ業者の莫大な儲けを再エネ賦課金という名で負担している。環境改善のために良かれと思って我慢しているのだとしたら、気の毒すぎる話だ。

上がり続ける電気料金

 再エネ賦課金には、再エネ電気の買い取り費用だけではなく、送電線の建設費や海底ケーブルの敷設費、バックアップのために待機させている火力発電所への補償など、エネルギー転換にかかる費用がすべて乗っている。そんなわけで、再エネ賦課金の額はすでに電気料金の4分の1近くを占めており、一世帯の年間の負担は日本円でいうと3万円近い。ドイツの電気代は、いまやEU一だ。

 元はと言えば、これらの再エネ振興策は、石炭・褐炭火力を駆逐するためのものだった。しかし、これによって駆逐されたのは、比較的クリーンな天然ガスだ。というのも、再エネに4割近いシェアを奪われてしまっている電力会社にとって、ガスは高嶺の花で使えない。そこで止むを得ず、安い石炭・褐炭を使うのでCO2が減らない。
 そもそも、自由主義の市場において、政府の介入で特定の電源(原子力、石炭)を止めたり、あるいは再エネだけを補助金で優遇したりするのが間違いの元だ。とくに、現在の再エネのように、需要も供給も無視して商品を生産するというのは、計画経済の手法だ。しかも、そうして作ったものを、今度は自由市場で売ろうというのだから、うまくいくはずがない。それは、かつてのソ連や東ドイツが十分に証明してくれている。

 2019年10月、来年の再エネ賦課金の率が発表された。それによると、1kWh当たり6.756ユーロセント(約8.7円)。2017年は6.880ユーロセントで過去最高。その後2年間は、6.792ユーロセント、6.405ユーロセントと若干下がったが、2020年からはまた上がるらしい。再エネ法ができた当時は、1kWh当たり0.16ユーロセント(約0.2円)だったことを思えば、20年間で40倍以上の引き上げだ。
 大手ニュース週刊誌「シュピーゲル」も同月、ますます高騰する電気料金について何度も警告していた。「この10年で32%上がった」とか、「来年から3年間で60%上がる」とか。

急激に進む他国依存

 これからさらに電気代が高騰する原因は、2022年の原発停止による電力不足と予想されている。そこで今、大急ぎで複数のガス火力が建設されている。それと並行して、シェールガスを受け入れるターミナルや、ロシアからドイツへ直接つながる海底パイプラインの第2弾「ノルドストリーム2」も建設中だ。
「ノルドストリーム2」には反対勢力が多かった。
 EUは、ロシアのクリミア併合以来、アメリカに歩調を合わせてロシアに経済制裁を科していたし、ロシアのガスへのさらなる依存を嫌うこともあり、パイプラインの建設にストップをかけようとしていた。

 一方、アメリカも自国のシェールガスを売りたいので反対。東欧の国々は、自分たちの領土を通る陸上パイプラインの通過料金が激減することを恐れてやはり反対した。デンマークは環境問題などを理由に、自国領海内をパイプラインが通過することを許可せず。そんな中、ドイツだけが、電力不足がまもなく自国の死活問題となることがわかっていたため、強引にこのプロジェクトを後押ししていたのだ。
 そして、今年10月30日、どういう駆け引きがあったのかはわからないが、デンマークがようやくゴーサインを出し、あっという間に建設は最終段階に入った。開通は来年の半ばと言われる。胸をなで下ろしているのは、もちろんロシアとドイツだ。ただ、ドイツのロシア天然ガスへの依存率はいまでも4割近いため、このままいけば、国民が気づいたときには、ロシアの天然ガスとアメリカのシェールガスにどっぷり浸かっていたということになりかねない。

 以上が、ざっと現在のドイツのエネルギー事情だが、すでに与党のCDU・CSUの中では、「再エネ法を廃止せよ」という声も高くなっている。彼らに言わせれば、この法律は、何の役にも立っていないどころか、すでに国際社会の物笑いの種だ。特に脱原発政策で、世界中を探しても、ドイツの後に付いてきている国などほとんどない。日本、台湾、韓国ぐらいのものではないか。

日本が学ぶ本当の話

 もっとも、台湾と韓国はすでに軌道修正が近いと思われる。日本だけは国民が台湾や韓国より豊かなのが仇になっているのか、抜本的な修正ができない。日本が2012年に導入した再エネの固定価格買取制度(FIT)による再エネの買い取り総額は、2016年が2.3兆円、2030年には4.7兆円、2030年までの累積総額は約59兆円。再エネ賦課金は2016年で1.8兆円、2030年に3.6兆円、2030年までの累積総額が約44兆円になるという(電力中央研究所「固定価格買取制度〈FIT〉による買取総額・賦課金総額の見通し〈2017年版〉」より)。こんなことをしていては非常に危険だ。

 日本は電気が余っても、足りなくても、ドイツのように隣国と連系線を確保できない。しかも、日本が買っている石油や天然ガス、石炭などエネルギーの値段はかなり高い水準。そのうえ、自国に豊富な褐炭を持つドイツとは違い、日本はエネルギー自給率が9%台にすぎず、国内資源がほとんどない「エネルギー貧国」だ。
 太陽光や風力はいくら設備を増やしても、電気はないときにはない。バックアップ用の火力発電所を絶えず待機させておくなどという無駄は、いくら保証をつけても、いずれ民間会社の手には負えなくなるだろう。

 そもそも、気温が2度や3度上がっても地球が潰れることはあり得ないが、ホルムズ海峡が封鎖されたら日本はすぐに潰れる。これは今や、かなりの確率で起こり得るシナリオだ。そうなれば、あっという間に日本は独立を失う。
 日本の産業を、優秀な技術と勤勉な労働者ごと、ごっそり手に入れようと狙っている人たちは、世界にたくさんいるだろう。乗っ取られないためには、今のうちに安全を確保した原発を少しでも動かし、石油とLNG(液化天然ガス)への依存を減らすことだ。そうすれば、貿易収支を改善できるだけでなく、CO2削減というおまけまで付いてくる。

 そのうえで、気候の変動に耐えられるよう、現在、化石燃料の輸入や再エネ賦課金に費やしている莫大なお金を国土強靭化に回せばよい。真の意味で国民の生活と環境を守ることができるのではないか。

川口マーン恵美(かわぐち まーん えみ)
作家。日本大学芸術学部音楽学科卒、1985年にドイツ・シュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ドイツ在住。『なぜ、中国人とドイツ人は馬が合うのか?』(ワック)『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』(講談社)、『ドイツの脱原発がよくわかる本』『老後の誤算』(ともに草思社)、『そしてドイツは理想を見失った』(角川新書)、『移民 難民 ドイツ・ヨーロッパの現実 2011-2019』(グッドブックス)など著書多数。

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