この冬、エネルギー危機が叫ばれている。資源高に続きエネルギー価格が高騰しているためだ。

 日本においては、アメリカの金融正常化にともなって円安が進んだことで原油や天然ガスなどの価格高騰に拍車がかかり、大量の電気を使う製造業などの産業はもちろんのこと、庶民の生活にも影響を与えている。

 オミクロン株の不安は残るものの、世界はパンデミックを脱しつつある。経済の回復速度が予想以上なのに、物流が目詰まりを起こしており、供給が追いつかない状態も長く続いている。

 菅内閣の携帯電話料金値下げの効果で家庭の可処分所得も増え、まだインフレ率には影響していないものの、今後はインフレが起こる可能性も出てきている。

 つまり、長年、デフレに慣れていた日本でも、これから物価高が起こる可能性があるということだ。
白川司:エネルギー問題でEUを分裂させたドイツの自業自得

白川司:エネルギー問題でEUを分裂させたドイツの自業自得

メルケルからショルツに首相の座は移ったが…

エネルギー危機:真の"主犯"

 ただ、このエネルギー危機は、単に供給不足による資源高やエネルギー高騰が招いただけだとは言い切れない。そこにはロシアのプーチン大統領の狡猾な政策が見え隠れしている。

 というのは、天然ガス価格をリードしているのが、ロシアのガスプロムであるからだ。ガスプロムは天然ガスの供給を抑え込んで、天然ガス価格の高騰を演出している可能性が高いのである。

 だからこのエネルギー危機は、経済回復で価格高騰を招きそうな状況を利用して、ロシアが巧妙に仕掛けたものと考えていいだろう。

 では、なぜガスプロムはそのような行動をとっているのか。

 それはロシアとドイツを結んでいるの新ガスパイプライン「ノルド・ストリーム2」がまだ稼働していないことと関係があるだろう。

ノルド・ストリーム2については、トランプ大統領(当時)がドイツ対して制裁をかけることを決めたことからもわかるように(ただし、バイデン政権が取り消し)、ロシアがEUの中心であるドイツに影響力を与えるために敷設したものである。

 ロシアからEU圏へは網の目のようにパイプライン網が敷設されており、供給体制としては十分だと考えられる。

 ノルド・ストリーム2が計画された当時は、中東欧の情勢が不安定であったために、リスク回避策として、ドイツ側も、反ロシア国を迂回するノルド・ストリーム2敷設を容認したという経緯がある。

 ただ、2013年のウクライナ問題からEUがノルド・ストリーム2に対して反対するようになり、ドイツ議会もそれに呼応して、ノルド・ストリーム2の認可を出していない。

 そこで、ロシア側が冬の天然ガス需要が増す時期を狙い、在庫を大きく減らしてエネルギー危機を演出して、ドイツやEUに対してノルド・ストリーム2を認可させるべく圧力をかけているのである。

 この圧力を受けて、現在ドイツはすでにノルド・ストリーム2認可の方針を出しており、それをEUが反対しているという状態にある。
白川司:エネルギー問題でEUを分裂させたドイツの自業自得

白川司:エネルギー問題でEUを分裂させたドイツの自業自得

裏で操る人

メルケル政権によるエネルギー政策の失敗

 では、ドイツはなぜロシアの圧力をここまで強く受けるようになったのだろうか。

 それはドイツのエネルギー政策の失敗が関わっている。

 メルケル政権は、2011年の福島原発事故を受けて脱原発政策に舵を切った。ドイツとしては、隣に原発大国であるフランスがあり、その融通も期待できると踏んでいた可能性もある。また、脱原発は環境問題に関心が高いドイツ国民の総意に基づいており、国民の支持を得る点でも有効だったのだろう。

 だが、脱原発は国益だけでなく、彼らが考えるところの地球温暖化問題を進めるうえでも適切だとは言えなかった。というのは、原発は「温室効果ガス」の中心であるCO2を出さないからだ。

原発を全廃すれば石炭火力発電の比率が増えて、結局、CO2排出が増えるは明らかだ。実際、原発に頼っているフランスのCO2の排出量はドイツの半分ほどだという。

 かといって、石炭石油火力に頼らず、再エネにシフトさせると著しく安定性を欠くことになる。

 ウォールストリート・ジャーナルによれば、2021年の上半期のドイツのエネルギー構成は、原発は12%で、電力の4分の1以上を石炭が占めた。なお、風力が22%、太陽光が9%。太陽光・風力は安定的ではないため、まだ主力電源にはなりえないのである。

 その結果、ドイツはロシアの天然ガスに依存を強めて、ロシアから圧力をかかられることとなってしまったわけである。そのためノルド・ストリーム2認可について、ここのところドイツも前向きになっており、ウクライナ問題でロシアへの反発を強めるEUとは対立する雰囲気も出ているのだ。
白川司:エネルギー問題でEUを分裂させたドイツの自業自得

白川司:エネルギー問題でEUを分裂させたドイツの自業自得

環境問題に大変熱心だったが…

エネルギー政策でEU崩壊を早めるドイツ

 ドイツはEUに対して原子力を「持続可能なエネルギー」に入れないよう過激な運動を展開しており、EU内では原発の持続可能性で対立が先鋭化し始めている。

 原発推進国はフランスを筆頭にフィンランド、ブルガリア、ポーランド、チェコ、ルーマニア、クロアチア、ハンガリー、スロバキア、スロベニアなど。反対国がドイツを筆頭に、オーストリア、ルクセンブルク、デンマーク、ポルトガルなどとなっている。

 いわば、原発をめぐってEUで独仏がそれぞれの連合軍を率いて対立する羽目に陥っているのである。

 しかも、COP26の最中にドイツを筆頭とする5カ国の環境相が、「原子力をタクソノミー(持続可能性を基準にした分類)に含めることに反対する共同声明」を発表するという過激な手段に出ている。

 ドイツについている国の数を見ると、原発が「持続可能なエネルギー」から外れることはなさそうだが、そのぶん対立がさらに深まることが必死だ。

 メルケル首相はリアリストの側面があったが、現在のドイツ内閣はやや理想主義に傾いており、今後はさらに脱原発や再エネシフトを進めようとするだろう。そこを天才的戦略家であるプーチン大統領に狙われているわけである。

 EUの弱体化を進めているのは、実はドイツであると断言してもいいのかもしれない。
白川 司(しらかわ つかさ)
評論家・翻訳家。幅広いフィールドで活躍し、海外メディアや論文などの情報を駆使した国際情勢の分析に定評がある。また、foomii配信のメルマガ「マスコミに騙されないための国際政治入門」が好評を博している。

関連する記事

関連するキーワード

投稿者

この記事へのコメント

コメントはまだありません

コメントを書く