筆者提供 (11570)

この時から今の悲劇は始まっていた。1994年のブダペスト協定の調印式の後のにこやかな握手(左からクリントン大統領、エリツィン大統領、クラフチュク大統領〈ウクライナ〉)
via 筆者提供

他国からいじめられたり侵略されたりしないために

 毛沢東が1956年 中国がまだ核を保有していなかった時に、全国共産党大会でいみじくも述べている。
「中国は核兵器を持つべきだ。他国からいじめられたり侵略されたりしないために」

 この毛沢東の言葉は、ウクライナの結んだブダペスト覚書の教訓を先取りしたものだ。

 2014年、ロシアがクリミアに進攻した際、ウクライナの国会議員パビオ・リザネンコは、次のように述べていた。

「ブダペスト覚書でウクライナは核兵器を放棄する約束をしてしまったが、これは国家として最大の失敗であった。我々は今国家の安全保障は紙証文よりも核兵器であると認識する。核兵器を持っていれば誰も攻め入ってこない」
 と。

 また、ハーバード大学の教授でウクライナ問題に詳しいマリアナ・ブジェリンも、2022年に次のように述べている。

「今、ウクライナ市民の間では『核兵器さえ放棄しておかなければ、こんな目には合わなかった』と言っている人が増えている」
gettyimages (11528)

核保有の必要性を訴えた毛沢東

核兵器を保有することは不可欠

 事実、 冷戦時代においては世界最大の核兵器保有国は米露に次いで、実はウクライナであった。その核兵器保有量は英国、フランス、中国をはるかにしのぐものであった。
 ところが1994年、「非核3原則」を謳ったブダペスト覚書に基づきウクライナは全ての核兵器を放棄したのだ。

 シカゴ大学の有名な国際政治学者ジョン・ミアシャイマーは、ウクライナの非核3原則について『フォーリン・アフェアーズ』という学会誌にその当時次のように書いている。

「ウクライナが国家として平和でありたいと願うならば、核兵器を保有することはImperativeである」
 
 ‟Imperative” というのは、 絶対に必要だ、不可欠だ、という英語の意味だ。

「核抑止力こそ近親憎悪の関係にあるロシアをしてウクライナに攻め入ろうとする意欲を失わせるものだ」
 とミアシャイマーは述べたが、当時は少数意見として注目されなかった。

 ウクライナの前防衛大臣、アンドリー・ザホロデュニクは、2022年になって、

「将来ウクライナに誰かが『安全保障条約を結びましょう、この条約にお入りください。核などいりません。我々が守ります。』と言ってくれば、『お申し出有難うございます。昔そういう風に言われ安全保障条約を結んだことがあったのですが、今はこのざまです』と言い返すことになろう」

 と述べている。もちろん、「誰か」とはNATOのことで、上記のウクライナが「安全保障条約」をかつて結んだことがあるというのは、1994年のブダペスト覚書
のことである。

絵に描いた餅に終わった

 ブダペスト覚書というのはウクライナが‟非核三原則”を実施し、核兵器を全て廃棄もしくはロシアに譲渡することによって、そのご褒美としてロシア、ウクライナ、英国、及びアメリカ合衆国が調印した紙に書かれた約束で、

「ロシア、英国、アメリカはウクライナに対して何ら武力を用いて脅したり侵攻したりしない。万が一いずれかの当事国がウクライナに軍事力を用いようとした時には国連の安全保障委員会に働きかけてウクライナを軍事的に支援することとする」

 と約束されていたのである。

 ところが、この約束はものの見事に絵に描いた餅に終わったわけだ。ロシアが侵攻し、そしてアメリカ合衆国(つまりNATO)はウクライナをその軍事力をもって守ろうもとしない。 国連の安全保障理事会も国連軍を組織してウクライナを守ろうともしない。

 つまり、ブダペスト覚書なる国際条約はものの見事にロシア及びアメリカ両国によって破られたのである。

 なぜか。アメリカはブダペスト協定を履行すれば 核保有国ロシアと事を構え、核戦争に突入することになることを恐れているのである。同じ理由から核シェアリング仲間のNATOも指をくわえて見るだけだ。
Wikipedia (11534)

米国務長官ジョン・ケリーと英国外務大臣ウィリアム・ヘイグとウクライナ外相アンドリ・デシュチシアの3名が話す様子。2014年3月5日、ウクライナの危機に関するブダペスト覚書閣僚会議をパリで開催した後
via Wikipedia

国家の悲劇は蟻の一穴から始まる

「非核3原則の悲劇:ブダペスト覚書の教訓」 とは、核を放棄して紙証文を核保有国相手に頼りにしてはいけないという教訓である。「ウクライナ教訓」とも筆者が呼ぶものである。

 ウクライナ も(日本も)敵対核保有国家が隣接してあるのに非核3原則を採用した。

 非核3原則は命を捨てること。かと言って、一旦、非核3原則を謳うと、今度は核を持とうとするのも命がけ。核を持とうとした途端に潰される。

 リビアとウクライナは、核保有に駒を進めたためそれぞれアメリカ、ロシアという核保有国により潰され、潰されようとしている。

 これがブダペスト覚書の教訓、非核3原則の悲劇だ。

 ウクライナの非核3原則の悲劇が始まったのは、ウクライナ自身の不用意発言だった。

 ウクライナからドイツに派遣されたウクライナ大使アンドリ・メリンクは、2021年の4月15日にドイツのラジオ番組で次のように発言した。

「NATOがウクライナをメンバーとして迎えてくれないならば、核拡散防止条約から脱退して核兵器保有国を目指すことを考慮せざるを得ない」

 核兵器を開発する時は絶対に秘密裏に行わなくてはならないのに、このような大使の発言はプーチンという火に油を注いだものと形容せざるを得ない。
 ウクライナ政府は大使の発言が開けた小さな穴から悪魔が入って来ることを前提に急遽軍備強化をすべきだった。「国家の悲劇は蟻の一穴から始まる」という実例だ。

「千丈(ぜんじょう)の堤(つづみ)も螻蟻(ろうぎ)の穴を以って潰(つい)ゆ」(韓非子)

攻撃の根拠を与える「螻蟻の穴」発言

 ウクライナにおいて核兵器開発、核兵器取得は密かに計画され、実施に移されようとしていた(大使の発言は、それを踏まえての発言だったのだろう)との情報をロシアのスパイ網は掴んでいたに違いない。大使の発言はプーチンの「嫌疑」を「確信」にまで高めた。

 プーチンがウクライナの原子力発電所や核物質研究所をターゲットにしているのは、言うまでもなくウラン235濃縮の設備がその原子力発電所等に設置されていたからであると推測する。ロシア軍はそのウクライナの原子力発電所等のウラン235濃縮設備の存在または痕跡(兵器転用可能なの85%にどれほど近づいていたか)を、残存ウラン235の痕跡を計測し、徹底的に検証しているのではないか。

 NATOに入りたがっているウクライナ、過去にロシアと敵対関係を繰り返したウクライナが独自に核兵器を持つことこそプーチンにとって耐えがたい安全保障上の脅威であり、これがプーチンがウクライナに侵攻した理由だ。

 イラクにアメリカが侵攻した時と同じで、「大量破壊兵器」が実際あろうがなかろうが、ブッシュはサダム・フセインを政権から引きずり降ろして殺害した。

 同様に、今となってはウクライナに濃縮ウランがあろうがなかろうが最早関係ない。あってもおかしくないとプーチンに言わせ、攻撃の根拠を与える「螻蟻の穴」発言をしたのはウクライナ政府幹部とはいえ、哀れなのはウクライナ国民だ。

ブダペスト覚書の教訓の二の舞になるな

 今のウクライナの状況を鑑みて、もし同じことが中国の台湾侵攻にあたって尖閣・石垣に起こった場合はどうなるか。アメリカが日米安保条約に基づき尖閣・石垣を防衛、または奪還すべく中国・ロシアと戦うことはしない、と断言できる。

 中国の台湾侵攻はロシア軍と連携して行われよう。北方四島に設置されているのロシアのミサイル群は即攻体制に入り、首都東京に照準を合わせる。ロシア海軍の艦隊は沖縄近海に迫り、中国艦隊と共同して尖閣・石垣を包囲する。それと同時に中国軍の台湾侵攻が始まる。

 バイデン政権は、「尖閣は日米安保の適用がある」と言っていたのに知らん顔の半兵衛を決め込み、「尖閣・石垣は自分で守れ」という。
gettyimages (11535)

尖閣・石垣を守れ
中露が米軍基地がある沖縄本島に侵攻しない限りアメリカは尖閣・石垣のためには中露と事を構えない。ブダペスト覚書の教訓の(非核3原則の悲劇)二の舞を日本国民は尖閣・石垣について味わうに違いない。

 さて、ここからが結論。筆者は訴えたい。

 一民間人の石角完爾が日本核保有論を唱えようが中露北朝鮮は石角発言を日本攻撃の根拠として利用できない。しかし、日本の政党(政権政党でなくても)のトップが「核シェアリング」を発言するとウクライナ大使の発言と同様大変危険だ。どの政党とは言わないが、中露北朝鮮は、その発言を日本を攻撃する時に使うだろう。
「綸言(りんげん)汗の如し」(天子の言葉は、出た汗が体内に戻らないように、一度口から出れば取り消すことができない)。敵国に記録されてしまった不用意発言だ。
 (11537)

筆者が3月末に出版予定の「NUCLEAR JAPAN」(英文書籍)
石角 完爾(いしずみ かんじ)
1947年、京都府出身。通商産業省(現・経済産業省)を経て、ハーバード・ロースクール、ペンシルベニア大学ロースクールを卒業。米国証券取引委員会 General Counsel's Office Trainee、ニューヨークの法律事務所シャーマン・アンド・スターリングを経て、1981年に千代田国際経営法律事務所を開設。現在はイギリスおよびアメリカを中心に教育コンサルタントとして、世界中のボーディングスクールの調査・研究を行っている。著書に『ファイナル・クラッシュ 世界経済は大破局に向かっている!』(朝日新聞出版)、『ファイナル・カウントダウン 円安で日本経済はクラッシュする』(角川書店)等著書多数。

関連する記事

関連するキーワード

投稿者

この記事へのコメント

コメントはまだありません

コメントを書く