アメリカ最大級の石油パイプラインが、サイバー攻撃で稼働停止に追い込まれたとき、ワシントンには警報音がけたたましく鳴り響いたはずだ。
「サイバー攻撃を仕掛けたのは誰か?」
敵対国によるサイバー攻撃によって、アメリカの市民生活が機能マヒを起こす危険が指摘されながら、いとも簡単に破られてしまった。その攻撃が、「システム破壊戦争」理論をもつ中国軍やロシア軍のサイバー部隊による仕業なのか否か。
もしも中国軍であるなら、台湾侵攻への予兆とも考えられ、ロシア軍ならウクライナ東部への再展開を視野に入れなければならない。ホワイトハウスや国防総省、現地のインド太平洋軍に緊張が走ったことは想像に難くない。
FBI(米連邦捜査局)は事件発覚から数日後の5月10日、最大手のコロニアル・パイプラインへのサイバー攻撃は、ロシアを拠点とする犯罪ネットワーク「ダークサイド」による犯行と断定した。いずれにしろ、攻撃がアメリカの抱えるインフラの脆弱性に対する重大な警告となった。
この攻撃によって石油パイプラインが稼働停止に追い込まれたことで、メキシコ湾岸からの東海岸向けガソリンや石油製品の供給が危うくなった。たちまちガソリンが急騰して、各地のガソリンスタンドは長い列ができた。
「ダークサイド」はランサムウェア(身代金要求型ウイルス)を使った金銭目的を強調して、「政治には関心がなく、地政学に関わっていない」と声明を出しているが、彼らが政府を後ろ盾にしている可能性があり、額面通りには受け取れない。
だが、インド太平洋の覇権を争う中国共産党にとっては、キーボードの遠隔操作一つで、アメリカ社会がかくも簡単に混乱する姿によって、「システム破壊」路線がますます力を得ることになる。洗練された電子技術、宇宙戦力、そしてサイバー攻撃の能力を駆使して、間違いなく敵国を混乱に陥れることができる。
台湾を武力で制圧する中国の軍事計画では、アメリカ軍が到達する前に前方展開の基地周辺の電力供給網にサイバー攻撃を仕掛けることになる。これら電力網への攻撃は、救急サービスの病院、電車や交通信号機の機能をマヒさせ、背後にいる敵対国とその同盟国の市民を巻き込むという無慈悲なものだ。
「サイバー攻撃を仕掛けたのは誰か?」
敵対国によるサイバー攻撃によって、アメリカの市民生活が機能マヒを起こす危険が指摘されながら、いとも簡単に破られてしまった。その攻撃が、「システム破壊戦争」理論をもつ中国軍やロシア軍のサイバー部隊による仕業なのか否か。
もしも中国軍であるなら、台湾侵攻への予兆とも考えられ、ロシア軍ならウクライナ東部への再展開を視野に入れなければならない。ホワイトハウスや国防総省、現地のインド太平洋軍に緊張が走ったことは想像に難くない。
FBI(米連邦捜査局)は事件発覚から数日後の5月10日、最大手のコロニアル・パイプラインへのサイバー攻撃は、ロシアを拠点とする犯罪ネットワーク「ダークサイド」による犯行と断定した。いずれにしろ、攻撃がアメリカの抱えるインフラの脆弱性に対する重大な警告となった。
この攻撃によって石油パイプラインが稼働停止に追い込まれたことで、メキシコ湾岸からの東海岸向けガソリンや石油製品の供給が危うくなった。たちまちガソリンが急騰して、各地のガソリンスタンドは長い列ができた。
「ダークサイド」はランサムウェア(身代金要求型ウイルス)を使った金銭目的を強調して、「政治には関心がなく、地政学に関わっていない」と声明を出しているが、彼らが政府を後ろ盾にしている可能性があり、額面通りには受け取れない。
だが、インド太平洋の覇権を争う中国共産党にとっては、キーボードの遠隔操作一つで、アメリカ社会がかくも簡単に混乱する姿によって、「システム破壊」路線がますます力を得ることになる。洗練された電子技術、宇宙戦力、そしてサイバー攻撃の能力を駆使して、間違いなく敵国を混乱に陥れることができる。
台湾を武力で制圧する中国の軍事計画では、アメリカ軍が到達する前に前方展開の基地周辺の電力供給網にサイバー攻撃を仕掛けることになる。これら電力網への攻撃は、救急サービスの病院、電車や交通信号機の機能をマヒさせ、背後にいる敵対国とその同盟国の市民を巻き込むという無慈悲なものだ。
中国共産党は1991年の湾岸戦争や99年のセルビア空爆で、アメリカ軍の圧倒的なハイテク戦争に衝撃を受けた。この頃、中国人民解放軍の二人の大佐による「超限戦」理論が登場し、非軍事部門でさえ戦争行動として総動員されることを訴えた。
そこには電子戦はもちろんのこと、貿易戦、心理戦、密輸戦、メディア戦、文化戦、法律戦となんでもありで、中には人工的にエルニーニョ現象をつくり出す生態戦など手段を選ばない。
その後もアメリカは、中枢同時テロ「9.11」の報復として、国際テロ組織「アルカーイダ」が潜むアフガニスタン攻撃で、大規模攻撃の前にまず、現地の通信回線をズタズタにした。ロシア軍もまた、南オセチアに侵攻した2008年、グルジア(現在のジョージア)との戦闘直前に、通信回線を破壊した。
中国軍はこうした近年の戦争スタイルを研究し、敵対国であるアメリカの裏をかく「非対称戦争」のアプローチを強化している。国家支援によって技術を開発し、できないものは米欧技術を盗み出す。
サイバー技術とAI(人工知能)の分野で、中国が急速な進展を手にしている現在は、その手法がより高度化されている。今回のコロニアル・パイプライン事件は、制御システムにウイルスを侵入させれば、アメリカ社会が悲惨な結果になることを明らかにした。
アメリカのパイプラインや製油所、発電所を制御する機械の多くは耐用年数が過ぎており、高度な攻撃に対する防御策がほとんどない。中国軍の目には、「アメリカの衰退」を象徴しているように見える。アメリカ軍の「戦闘管理ネットワーク」を標的に、電子的攻撃やサイバー攻撃に磨きをかけることになる。
日本企業はすでに「ダークサイド」からランサムウェアの攻撃を受けており、脆弱性どころか身代金要求の宝庫に見えるだろう。
次に仕掛けてくるのは電力か鉄道か、その他の大規模なインフラが「システム破壊」の標的になればひとたまりもない。そのときが目の前に迫っているのに、菅義偉政権のデジタル庁創設は「行政のデジタル化」の段階だというから笑えない。
そこには電子戦はもちろんのこと、貿易戦、心理戦、密輸戦、メディア戦、文化戦、法律戦となんでもありで、中には人工的にエルニーニョ現象をつくり出す生態戦など手段を選ばない。
その後もアメリカは、中枢同時テロ「9.11」の報復として、国際テロ組織「アルカーイダ」が潜むアフガニスタン攻撃で、大規模攻撃の前にまず、現地の通信回線をズタズタにした。ロシア軍もまた、南オセチアに侵攻した2008年、グルジア(現在のジョージア)との戦闘直前に、通信回線を破壊した。
中国軍はこうした近年の戦争スタイルを研究し、敵対国であるアメリカの裏をかく「非対称戦争」のアプローチを強化している。国家支援によって技術を開発し、できないものは米欧技術を盗み出す。
サイバー技術とAI(人工知能)の分野で、中国が急速な進展を手にしている現在は、その手法がより高度化されている。今回のコロニアル・パイプライン事件は、制御システムにウイルスを侵入させれば、アメリカ社会が悲惨な結果になることを明らかにした。
アメリカのパイプラインや製油所、発電所を制御する機械の多くは耐用年数が過ぎており、高度な攻撃に対する防御策がほとんどない。中国軍の目には、「アメリカの衰退」を象徴しているように見える。アメリカ軍の「戦闘管理ネットワーク」を標的に、電子的攻撃やサイバー攻撃に磨きをかけることになる。
日本企業はすでに「ダークサイド」からランサムウェアの攻撃を受けており、脆弱性どころか身代金要求の宝庫に見えるだろう。
次に仕掛けてくるのは電力か鉄道か、その他の大規模なインフラが「システム破壊」の標的になればひとたまりもない。そのときが目の前に迫っているのに、菅義偉政権のデジタル庁創設は「行政のデジタル化」の段階だというから笑えない。
湯浅 博(ゆあさ ひろし)
1948年、東京生まれ。中央大学法学部卒業。プリンストン大学Mid-Career Program修了。産経新聞ワシントン支局長、シンガポール支局長を務める。現在、国家基本問題研究所主任研究員。著書に『覇権国家の正体』(海竜社)、『吉田茂の軍事顧問 辰巳栄一』(文藝春秋)など。
1948年、東京生まれ。中央大学法学部卒業。プリンストン大学Mid-Career Program修了。産経新聞ワシントン支局長、シンガポール支局長を務める。現在、国家基本問題研究所主任研究員。著書に『覇権国家の正体』(海竜社)、『吉田茂の軍事顧問 辰巳栄一』(文藝春秋)など。