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2023年の10大リスクのトップには「ならず者国家のロシア」
 アメリカのユーラシアグループが年初に発表する「地政学リスク」は、何かと話題にのぼることが多い。2023年の10大リスクのトップには「ならず者国家のロシア」、2位に「絶対的権力者の習近平」と、当然ながら東西の厄介者が入る。あとは大混乱生成兵器の脅威やインフレショック、追い詰められるイランとくるから、今年は「まあ、そんなものか」との印象だった。

 ところがアメリカ外交の大御所、リチャード・ハースが選んだ「2023年に世界で何が起こるか」の予測には、新鮮な驚きがあった。彼はドイツのショルツ政権による国防費の大幅増という歴史的転換には目もくれず、眠れる日本の覚醒を堂々の3位に挙げていた。
 予測の1、2位は前記に同じでも、これらに次いで日本が第2次大戦以来の「主要な地政学アクターとして台頭する」ことを見通していた。ハースは著名なシンクタンク、外交問題評議会の会長だから、まさか冗談を言うはずがない。日本がアメリカと連携して、台湾に対する中国の侵略を抑止し、必要に応じて防御すると先読みした。

 日本は非業(ひごう)の死を遂げた安倍晋三元首相が、集団的自衛権の一部を容認しようとしただけでも大騒ぎした国である。反安保勢力はここぞと、戦争抑止の法案を「戦争法案」と言い換え、志願制の自衛隊なのに「徴兵制にする気か」と声高に叫んだ。民主党の宣伝パンフレットに至っては、反対のあまりに「徴兵制の復活」をあおっていた。
 それが今や、日本が「反撃能力」をもつことに賛成する国民が6割を超えた。まさに北方のクマと大陸のドラゴンの狼藉による意識の変化だろう。岸田首相のいう「今日のウクライナは明日の東アジアかもしれない」との危機感だ。

 ところが民主党の後継、立憲民主党は相変わらずで、反撃能力は「先制攻撃にとられかねない」などという。「報復攻撃を可能にする反撃」が先制ではないことは、日本語を正しく理解すればわかること。分からないのは、敵対国と同じで理解したくないからだろう。
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岸田政権は昨年末に国家安全保障戦略、国家防衛戦略、そして防衛力整備計画の安保3文書を決定した
 プーチン露大統領が大国主義の優越感から「ウクライナ弱し」と考えたように、中国が台湾攻撃に先駆けて「日本弱し」と考え、南西諸島に侵攻しないとも限らない。この誤った判断をさせないためにこそ、反撃能力による対中抑止力は欠かせない。
 周知のように、岸田政権は昨年末に国家安全保障戦略、国家防衛戦略、そして防衛力整備計画の安保3文書を決定した。今後5年間で防衛費を国内総生産(GDP)比2%へと引き上げることを目標に、「反撃能力」の保有を宣言した。

 アメリカン・エンタープライズ研究所のザック・クーパー上級研究員らは「戦時体制に移行した日本」として、大規模紛争への備えと抑止策を評価した。英紙は今回、「日本は平和主義の足かせを脱ぎ始める」 と歓迎している。
 アメリカは抑止力の構築に急いでいる。中国による台湾攻撃の2027年説や前倒し説もあるが、現場を預かる米海兵隊のバーガー総司令官になると、兵站などの積み上げで「米軍がより迅速に行動することを望んでいる。なぜなら、相手がいつ動くか分からないからだ」と切迫感がある。ウクライナが攻撃に持ちこたえられたのは、ロシアによる2014年のクリミア併合後、アメリカによるウクライナ軍の訓練、物資の事前配置、そして支援のための拠点の確保を行っていたからだ。

 だからこそ、岸田文雄首相とバイデン大統領による日米首脳会談後の共同声明は、その末尾にもっとも重要なことが書き込まれた。

「言葉だけでなく行動を通じて平和と繁栄を実現する決意を新たにし、2023年をともに歩み始める。まさにそれが時代の要請だ」

 これまでのように、アメリカだけで中国を抑止することが困難になり、米軍が「矛」、自衛隊が「盾」の役割分担で済ます悠長な時代ではなくなった。インド太平洋の自由主義諸国が束になって対中抑止をしないと、艦船や航空機の数で中国に後れをとる。
 日本から見ると、バイデン政権は同盟国を重視しているものの、国内分裂に苦闘するアメリカが、いつ同盟を軽視するアメリカ第一主義や伝統的な孤立主義に陥ることになるかはわかったものではない。台湾有事はもちろん日本有事になる。それがアメリカ有事になるかは、時の政権次第だ。
ゆあさ ひろし
1948年、東京生まれ。中央大学法学部卒業。プリンストン大学Mid-Career Program修了。産経新聞ワシントン支局長、シンガポール支局長を務める。現在、産経新聞特別記者。著書に『覇権国家の正体』(海竜社)、『吉田茂の軍事顧問 辰巳栄一』(文藝春秋)など。

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