YouTube (11885)

平成31年度東京大学学部入学式で祝辞を述べた上野千鶴子氏
via YouTube

対日プロパガンダ工作

 ロシアのウクライナ侵攻で、我が国・日本語圏でもロシア発か、あるいはロシアの影響力下にある知識人による対日プロパガンダもそこそこ確認されるようになってきました。

 あからさまに「こりゃ嘘だろ」と思うようなことでも、ロシア大使館の公式ツイッターアカウントが堂々とロシアは正しいと言い募ります。また、知識人クラスタでも隠れて親ロシアの立場にあった人物が「ロシアもウクライナも、どっちもどっち論」で戦争口実の正当化を図るなど、香ばしくも古典的な作戦を展開しており、さすがに半笑いで対処することも多くなってきました。
 炙(あぶ)り出しが進むほどに、あまり表ざたになっていなかった人間関係や経済利害が判明するなどして「あっ、この人はロシアシンパだったんだ」ってなるのは、こういう大事件に関する論説を分析していて判明する類のありがたいことです。

 かつては戦争における情報戦には、いわゆる戦争当事国の大義名分に寄り添う協力工作と、戦争にまつわる情報で世論を怯(おび)えさせて政権批判をさせる不安定工作とに大別され、最近ではSNSの発展とともにサイバー攻撃の一環としてのディスインフォメーション(フェイクニュース)が戦争を含む多国間闘争のツールとして利用されることが当たり前になってきました。

 また、ウクライナでの戦闘のように、かつては身体を張ったジャーナリストが現地入りして戦況を報じることで、メディアが戦争報道を独占してきたため、朝日新聞などメディア発信をする人たちそのものの思想や利害、当事者である特定国からの影響力行使で、プロパガンダは長らく政治の管轄・領域であり続けました。


 しかしながら、いまや誰もがインターネットにつながり、飛躍的な進歩を遂げた映像作成能力のあるスマートフォンを持って現地で戦火に怯え暮らしている人たちが発信する情報が、瞬く間にSNSで広がり、どこの地域にロシアのどの部隊が侵攻してきたのかが、つぶさにリアルタイムで分析されるようになりました。いまでも衛星写真や偵察機から得られる軍事情報は政府が独占しているものの、戦況の情報がインターネットによって公然化し、俗にいうOSINT(オシント:公開情報に基づく情勢分析)が可能になると、いままではロシアが得意としてきたプロパガンダを牧歌的に信じる第3国国民は減ってしまったというのが実際です。要は、自由な言論や情報が流通するようになると、独裁的な専制主義国家が流すプロパガンダに対する「耐性」がつくわけですね。
gettyimages (11886)

もはやテレビだけから情報を得る時代は終わった

ビックリするほど静かな中国

 他方、ロシアによるウクライナ侵攻が手間取るほど、決着がつかないほど利得が増える超大国は文字通り中国であります。すでに勘づいておられる『WiLL』読者の方も多いかとは思いますが、一連のロシアによるウクライナ侵攻で、中国はビックリするほど静かです。

 おそらくは、中国共産党も中国政府・中南海の人たちも、組織として「ウクライナ侵攻を中国がどう評価するべきなのか、まだ定まっていない」ので、積極的に中国政府の見解や立場を代弁させるような影響力を行使する作戦の実施には至っていないのではないかとも考えられます。もちろん、足元では中国最大の経済都市・上海など都市部で発生しているとみられるコロナ・オミクロン株の感染拡大に対し、ゼロコロナを国是とする中国の方針でかなり凄惨な状況であるため、ウクライナどころではないというのもあるかもしれませんが、それにしても静かです。

 気になった記事としては、古き良きフランス系通信社であるAFP経由で発信された、旧社会党・村山富市さんの系譜を踏む「村山談話を継承し発展させる会」とかいう団体の理事長が、突然「ロシアによるウクライナ侵攻の責任はアメリカにある」なる世迷(よま)い言を、堂々と記事にして放流したことです。何言ってんだ、こいつ。

 で、よく見るとこの記事はAFPが通信社として流したものではなく、その中の配信コンテンツで契約している中国国営テレビ局である中国中央電視台の世界配信であることが分かります。ちょっと、何してんだよ。

「露ウの衝突は米国に責任がある」 「村山首相談話の会」理事長
AFP BBNewsサイト (11887)

日本の「村山談話を継承し発展させる会」の藤田高景理事長
via AFP BBNewsサイト

中国のフェミニストの間で上野千鶴子が大人気

 自分たちの考えが正しいと思えば、明かな嘘でも堂々とつき通すロシアのやり方と違い、彼らが重要だと思う知識人や要職の人間を使い、自国に有利な論調を形成しようとする中国のやり方は前回本稿でも「制脳」戦やミーム戦の概念とともに解説はしましたが、あれから1カ月強が経ったいまなお、中国にはまだ迷いがあるようです。ただ、この村山首相談話の会理事長の対米批判発言をわざわざ外信で使ってきたということは、明確に露宇紛争を対米批判の文脈で使う方針に変わりはないのはよく理解できます。

 これらの逸話でも良く分かるように、いままでは、どちらかというと日本語圏で外国からのディスインフォメーションから、日本人や日本語話者の脳をどう守るかが主眼だったわけですが、最近になって日本が対中国ミーム戦で優位に立っていると見られる兆候がかなり見えてきました。それも、なんか事故ったら上手くいったという感じの。

 一番目を引くのはこれです。

 中国のフェミニストの間で上野千鶴子が大人気に!

 いや、これどうなっちゃってるの。

 ツイッターでも話題になっているので調べてみると、確かに中国語圏で上野千鶴子さんの書籍や言動が取りまとめられて大変な人気を博しているのが分かります。ヤバいだろ。中国人の皆さんには本当に申し訳ない気持ちでいっぱいになるのですが、しかしこれ、実際には社会の不安定工作としては大変に有効な作戦であることには変わりありません。
 表現としてこう書いてよいのかどうかは分かりませんが、実際に上野千鶴子さんが思想兵器として自然発生的に利活用されているわけでありまして、民主主義において抑圧されて暮らしてきた女性が権利意識に目覚めて社会活動を活発化させるのは(その主張への賛否はさておき)、民主主義社会においては健全なことなんだけど、中国共産党一党独裁である中国社会においては核爆弾とか宗教革命なみのカロリーを秘めたものに他なりません。
 (11888)

中国のフェミニストの間で上野千鶴子が大人気に!

中国の文化政策を大きく揺るがす事態

 日本をはじめ、民主主義社会においては特に、国民が政治家や政体を批判したり、バカにする固有の権利を有するし、そのような意見があっても最終的には民主主義制度というインフラの上で消化されます。少数政党がたとえコンマ数パーセントの支持しか国民から得ていなくても、結社の自由があり、どのような意見であっても他人の自由や権利を侵害しない限り、公表してよい表現の自由がある。
 総理大臣である岸田文雄さんが執務している総理官邸の前までいって拡声器もって怒鳴ってみんなでデモを打つ自由があるわけですよ。

 ところが、中国は違います。そもそも自由な言論の果てに出てきた上野千鶴子的言説に対する明確な免疫がない。いままで言論統制された中国共産党1党支配のお陰で、いわば無菌培養されてきた13億中国国民は上野千鶴子さんの論述を見て、驚くわけですよ。そうか、これがフェミニズムだったのかと。よく言えば“啓蒙”され、悪く言えば“感染”してしまう。

 私などは上野千鶴子さんの思想家、表現者としての能力は評価するけれども、一方でフェミニズムの装いを上手く使って、男女の分断を煽(あお)り、たかが日経新聞に打たれた巨乳の女の子の絵に対して喚き散らす一部の人たちの理論的支柱になっていたとしても、それは容認されるのが日本社会です。
 タワーマンションに住む上野千鶴子さんが「みんなで等しく貧しくなろう」と言説を打って炎上するのは、その思想的完成度の高さと賛同も批判も自由な日本だからこそ消化できる劇薬なわけですよ。

 日本では大衆化して久しいBL(ボーイズラブ)コンテンツのようなポップカルチャー、オタク文化が中国にインストールされた結果、中国の文化政策を大きく揺るがす事態となり、BLを不良文化と指定したうえで小説家の逮捕にまで至った事例を、より洗練させた代物が上野千鶴子的思想です。日本など民主主義にとっては権利主張と分断そのものはどうってことないけど、いまの中国社会では“危険が危ないし、頭痛が痛い”。
gettyimages (11889)

言論の自由があるからデモも許される

身近なものが最終兵器に?

 翻って考えてみれば、人間の脳を戦場とするサイバー戦争の一形態がディスインフォメーションだとするならば、社会に参画する人間の思想を揺さぶることが大きな変革を促すことは間違いがないのです。
 
 活版印刷が宗教革命を引き起こして教会権力を打倒し、マルクス主義が抑圧されたプロレタリアートの開放を目指して最終的にソ連型レーニン主義までいたったように、日本も国是として中国ほか専制主義国家に対して、上野千鶴子的なるものをどんどん輸出し、精神的自由を求める国民にオタク文化をばら撒いて多様な価値観が包摂される自由な言論の社会の実現させられるようなムーブメントをつくるほうが良いんじゃないのと思ったりするわけですよね。

 賛同しない言論も社会の中で並存して、緊張関係は持ちながらも自由に流通している状態が民主主義の本当の強さだとするならば、ウクライナ危機で各国政府や治安当局、情報担当者が各々の国の立場に沿った情報戦の進め方に頭を捻(ひね)っている回答は、実は身近なところにあったものが最終兵器だったってことになりはしないでしょうか。

 本当の意味で上野千鶴子的なもの、ウエニズムが中国の女性たちに浸透し、その解放を求める運動に発火するならば、中国共産党はかなり気合いを入れて言論封殺を行い弾圧し、上野千鶴子さんの著作を焚書(ふんしょ)したり、中国語訳のテキストを削除することになるかもしれません。ボーイズラブが不適切だというのは単なる性的表現や嗜好の問題ではありますが、上野千鶴子的なものは優れた作家性に裏打ちされた本物の思想です。

 これは興味深い話ですよ。日本ではもう終わった雰囲気の上野千鶴子さんが、いまや我が国の民主主義を守る最終兵器として韓国に渡り、そして大きく台頭しアジアの覇権争いで君臨しようかとする習近平中国共産党を揺るがす面白ムーブメントの基点になるかもしれないのですから。

 その点では、何の罪もないウクライナにロシアが攻め込んだことが浮き彫りにした、戦間期思想の終わりを意味するんじゃないですかね。戦後、日本の左翼がすがりついてきた非核反戦運動も反米反安保も反原発も、およそすべての彼らの目指してきた価値が全否定されつつあり、残ったのは強固な民主主義で、そこに息づいてきた上野千鶴子さんの思想が育まれて海を渡る。
 戦争だけは私も絶対反対ですが、いろんな言論があってよい仕組みが社会に与えた強さを体感できる日が来るかもしれません。
山本 一郎(やまもと いちろう)
1973年、東京都生まれ。個人投資家、作家。慶應義塾大学法学部政治学科卒。一般財団法人情報法制研究所上席研究員。IT技術関連のコンサルティングや知的財産権管理、コンテンツの企画・制作に携わる一方、高齢社会研究や時事問題の状況調査も行なっている。

関連する記事

関連するキーワード

投稿者

この記事へのコメント

コメントはまだありません

コメントを書く