矢板明夫:日台分断を狙ったフェイクニュース

矢板明夫:日台分断を狙ったフェイクニュース

実際は感謝の方がはるかに多かった日本のワクチン提供
via 蔡英文総統のtwitterより
 「日本から送られたワクチンを接種して、すでに300人以上が死亡した。この件について国会で調査チームを立ち上げて調べるべきだ」

 7月初め、台湾のテレビの討論番組に出演した最大野党、中国国民党の立法委員(国会議員)、費鴻泰氏がこのように話すと、司会者は慌てて割って入り「死亡原因とワクチン接種との関連は証明できていない」との説明を付け加えた。ワクチン接種はリスクよりも有効性のほうが大きいことはすでに科学的に証明されており、費氏の発言によって一般民衆の間でワクチンへの不信感が高まり、接種を拒否する人が増えることを司会者が警戒したようだ。

 日本政府は6月4日と7月8日、二度にわたり計237万回分のアストラゼネカ製ワクチンを台湾に無償提供した。中国の妨害などによってワクチン確保に難航していた台湾にとって「恵みの雨」となり、台湾社会全体が日本への感謝であふれていた。約130社の台湾の企業や団体が産経新聞で「まさかの時の友こそ真の友」との感謝広告を掲載したほどだ。

 しかし、こうした日台接近を面白くないと考えている人たちがいる。コロナ禍を利用して台湾への影響力拡大を目指す中国と、台湾の親中派といわれる野党、国民党の関係者たちだ。

 台湾に中国製ワクチンを買ってもらうことが彼らの狙いで、日本のワクチン提供によってその目論見がご破算となったわけだ。

 中国外務省の報道官は定例記者会見で、日本による台湾へのワクチン支援についての感想を聞かれた際「ワクチンは人命救助のために使われるべきで、政治的利益をはかる手段に成り下がってはならない」と露骨に不快感を示した。同時に、台湾の親中派たちも様々な場面で「日本人は自分たちが使わないワクチンを台湾に押し付けた」「日本から来たのは毒ワクチンだ」などと不安を煽り続けた。

 費氏のほか、アストラゼネカ製ワクチン批判の急先鋒となったのは、国民党系シンクタンク、国家基本研究基金会の副董事長の連勝文氏だ。メディアの取材などに対し「同ワクチンの安全性と有効性に疑問がある」などと強調し続けた。しかしその後、連氏の両親、国民党の重鎮、元副総統の連戦夫婦が密かにアストラゼネカ製ワクチンを接種したことが明らかになると、連勝文氏は急に沈黙した。
矢板明夫:日台分断を狙ったフェイクニュース

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日本のワクチン供与批判の急先鋒ながら、実は両親がワクチンを接種していた連勝文氏
via wikipedia
 台湾メディアによると、日本が台湾に送ったワクチンは6月中旬から75歳の高齢者などを対象に接種が始まり、確かに接種後、数日以内に死亡した人は、約1カ月で確かに300人以上が報告された。しかし、死者のほとんどは糖尿病、高血圧、心臓病といった基礎疾患があり、人工透析を受けた人もいた。食べ物をのどに詰まらせた人や、足を滑らせて風呂場で溺死したケースも含まれているという。

 台湾で昨年2020年に、75歳以上の高齢者で亡くなった人は1日平均260人を数える。今回、数十万人の75歳以上の高齢者が一斉に接種したため、その中で一部の高齢者が死亡しても特別な出来事ではないと専門家たちが説明している。台湾大学附属病院の医師で、ワクチンの専門家である李秉穎氏によれば、ワクチンを接種した高齢者グループと接種しなかった高齢者グループを比べて、死亡率が上昇したことを確認できなかった。

 中国による対台湾工作を研究するNGO団体の研究者は、「台湾の親中派たちが言っていることは、一部は事実ではあるため、否定することは難しい。ワクチンに対する一般民衆の不安をあおる効果は抜群だ」と指摘した。これらの情報の出どころを検証すれば、ほとんど中国発であることがわかるという。「台湾の民衆に政府と民主主義への信頼を失わせることが中国の狙いだ」とも言っている。

 実は、こうした中国発のフェイクニュースは日本にも浸透している。日本が台湾にワクチンを送った直後、日本の一部メディアに「台湾人はアストラゼネカ製ワクチンをまったく歓迎していない」「日本が送ったワクチンによって台湾人が大量に死亡した」「台湾政府はアストラゼネカ製ワクチンの接種中止を検討している」といった内容の記事が掲載され、インターネットを通じて拡散した。これらの記事を見た親台派の自民党国会議員が不安になり、外交ルートを通じて台湾当局にその真偽を確認したほどだという。
 
 こうしたニュースの出どころも同じく中国とみられ、日本によるワクチン継続提供を阻止する狙いがあると台湾の専門家が見ている。
矢板 明夫(やいた あきお)
1972年、中国天津市生まれ。15歳の時に残留孤児二世として日本に引き揚げ、1997年、慶應義塾大学文学部卒業。産経新聞社に入社。2007年から2016年まで産経新聞中国総局(北京)特派員を務めた。著書に『習近平 なぜ暴走するのか』(文春文庫)などがある。

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