「共有」文化を失ったシリコンバレー

 10月26日のウォールストリート・ジャーナルに「シリコンバレーの伝統守れ、開かれた社風に陰り」という記事が掲載された。
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 IT企業が集積するカルフォルニア州・シリコンバレーのキーワードは「共有」だった。有益な情報を多くの人たちと共有することが、IT企業の目標として語られてきた。また、企業側も調査データやプレゼン資料などを進んで共有し、研修の様子や社内講演会を動画で公開するなどの活動も率先しておこなってきた。

 ところが、ここのところ社内議論が外部に漏れて批判されたり、従業員が勤めている企業の社内ポリシーなどを公の場で批判するなど、社会情報が批判の対象にされる機会が目立って増え、IT企業からの機密情報の流出も相次ぐようになっている。

 ウォールストリート・ジャーナルは、アップルCEOのティム・クック氏が社内メールで「極秘情報を社外に持ち出す者に居場所はない」と知らせたことや、グーグルが内部文書を持ち出した疑いでAIチームの社員1人を解雇したことなど、情報管理強化の事例をいくつか紹介している。

 つまり、IT企業の特徴だった「社員に自由を与えてすべてを任せる」という文化は過去のものになっており、他業種の従業員と同じように秘密保持が課せられるようになったということだ。「IT企業=自由」という図式は消失したのだ。

シリコンバレーがあったからジョブスが生まれた

 先日、インターネットテレビWiLL増刊号で、アップル創業者のスティーブ・ジョブズについて語ることになった(下記)。

【天才】スティーブ・ジョブズは「世界のソニー」に憧れていた【WiLL増刊号#668】

白川さんがジョブスについて語った動画はコチラ!
 私はジョブズについて特に詳しいわけでもなく、何を話すべきか大いに悩んだ。世に何人いるかわからないジョブズ・フリークを差しおいて、しゃべる知見など持ち合わせていなかったからだ。

 ただ、語るべきことがまるでないわけではない。私も自分なりにジョブズに関心を持ち、調べた時期はある。ジョブズを描いた映画や伝記には触れたこともありので、個人的な意見として言いたいことは持ち合わせている。

 それはジョブズの特殊性、そしてシリコンバレーという無秩序な場の興味深さだ。
 ジョブズは人間的にかなり癖のある人物だった。見方によっては「ろくでもない人物」と言ってもいいほど、他人を尊重せず奔放でワガママだった。大企業のトップとしてあり得ないほど反倫理的な人物で、彼がアップルを創業し、世界企業に育て上げたことは奇跡だと言ってもいいだろう。

 ジョブズほど経営の教科書に似つかわしくない人物はいない。世に出ている「成功するための本」のたぐいに書いてあることの逆をやっていた人物である。むしろ、ジョブズの逆をやったほうが、多くの人は成功に近づけるのではないか。

 だが、当時のシリコバレーはたくさんの「ジョブズ」がひしめく世界だった。ひと儲けしたくてシリコンバレーに集まった有象無象が集い、野望と金銭欲を武器にした者たちが立ち上げた会社がたくさん現れた。ときには詐欺のような新規上場をやり、創業者が資産を持ち逃げした挙句に倒産するような企業も出たが、とにかくも爆発的なエネルギーがあった。
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まさに「破壊者」といえたスティーブ・ジョブス ※写真は人形
 その1つがジョブズのアップルだった。無秩序のなかでジョブズが現れて、数々の不可思議な奇跡が重なり、アップルがシリコバレーに君臨したのである。

 そして、多くの者がジョブズのように、人を騙し、技術を盗み、はったりを効かせて、綱渡りのような経営をやった。その中でジョブズやゲイツやザッカーバーグなどの異才と悪運の持ち主が生き残り、巨大企業を育て上げた。

 ジョブズは優秀であり偉大な存在であろうが、今となってみると、彼が成功したのは偶然の産物に思える。だが、それもシリコンバレーがあったからだ。シリコンバレーの無秩序がジョブズをこれまでにない大経営者にした。それこそがシリコンバレーの面白さだった。

国家の統制下におかれるIT企業

 今のシリコンバレーにそんなエネルギーはなくなっている。一部の巨大企業が君臨して、アイデアに満ちた若い会社はすぐに吸収されて、一部の巨大ITだけがその存在を膨らませていくだけだ。

 だが、一方で、中国のIT企業が急速に拡大した。中国は創造性を無視したかのような国家運営で大きくなり続けている。

 中国を代表するIT企業ファーウェイは漢字で書けば「華為技術」だ。「中国の為の技術」という言う意味だ。言うまでもないだろうが、「華」は中国人民ではなく、中国共産党のことだ。ファーウェイは中国共産党のための企業であることを隠すどころか、誇りに思って堂々と自らの名称としたのである。
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中国のための技術=「華為技術」とうファーウェイ
 今のIT業界はアメリカと中国という巨大国家の「党のための企業」と「自己増殖する巨大企業」がぶつかり合う、初期の無秩序状態とはほど遠いものになっている。両国は巨大ITを国家のコントロール下において、それぞれの思惑の中で利用しようと画策している。

 IT業界は国家と国家がぶつかり合う産業となったのだ。

 巨大ITというモンスターをコントロール下に置くには、ひたすら国家が統制していくしかない。巨大ITはもはや国家の一部と呼ぶべきである。IT企業から中国に情報が漏れれば、国益に反する。だからこそ、機密を守らなければならない。政府はIT企業に情報保持を義務づけ、従業員を信じるなと命じる。

 もし今ジョブズが誕生したとしても、おそらく居場所はないだろう。混沌の中でアップルを大きくしたジョブズが、もう遠い過去の存在に思える。
白川 司(しらかわ つかさ)
評論家・翻訳家。幅広いフィールドで活躍し、海外メディアや論文などの情報を駆使した国際情勢の分析に定評がある。また、foomii配信のメルマガ「マスコミに騙されないための国際政治入門」が好評を博している。

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