「国の安全を守るには、国際社会の支援と協力のほか、全住民の一致団結が必要だということを、最近のウクライナ情勢が改めて証明した」

 台湾の蔡英文総統は3月12日、邱国正国防部長(国防相)や陳寶餘参謀総長ら軍首脳と一緒に、軍服に防弾チョッキ姿で台北市郊外の射撃場を訪れ、訓練中の兵士らをこのように励ました。

 ロシア軍によるウクライナ侵攻が始まったことを受け、台湾社会で一気に緊張が高まった。「台湾の統一」を目指す中国の習近平国家主席は2019年1月、台湾との統一手段に「武力行使を放棄しない」ことを改めて宣言し、それ以降、中国軍機は頻繁に台湾の防空識別圏(ADIZ)に進入し、中台両岸の軍事的緊張が高まったことが背景にある。台湾当局は、ウクライナ問題への対応で国際社会が混乱している隙を狙って、中国が台湾を攻めてくることを警戒している。

「今日のウクライナ、明日の台湾」との見出しでウクライナの戦況を伝えるテレビ局もあった。蔡氏はウクライナ侵攻前日の2月23日、閣僚らを集めて緊急会議を開き、台湾海峡周辺の軍事動向について監視と警戒のレベルを上げるように指示した。3月以降、台湾軍は、南部や離島などで複数回の大規模な軍事訓練を実施し、緊急事態に対応できるよう態勢を整えた。
矢板明夫:ウクライナ戦争と台湾有事

矢板明夫:ウクライナ戦争と台湾有事

台湾・蔡英文総統
 台湾社会はこれまで、台湾有事の際米軍の支援などに高い期待を寄せていたが、米軍はウクライナの戦争に介入しなかったことなどを踏まえ、蔡英文政権は「自衛の決意と能力を持つことが大事だ」と強調するようになった。

 台湾軍は3月12日と14日、2回にわたり、軍事訓練の様子をメディアに公開した。武器を扱う熟練度や士気の高さをアピールした形だが、女性兵士が目立つなど、兵員不足問題をうかがわせる場面もあった。

 台湾の国軍は、中国と軍事的に対抗していた1950年代には、約60万人の兵士がいたが、その後、複数回の軍縮を経て現在の兵力は18万人余りしかいない。中国の侵攻から台湾を守るのに数として不十分だと指摘される。例えば、中国の福建省と対峙する最前線の離島、金門島。中国と武力衝突した金門砲戦が起きた1958年当時は、約9万人の兵力で守っていたが、現在は約3千人しかいない。しかも、対中融和路線を推進した馬英九政権(2008~16年)の時、金門は多くの中国人観光客を受け入れたため、多くの軍事要塞は観光スポット化した。金門の軍関係者は「一旦消えた緊張感を元に戻すのは容易なことではない」と話している。

 台湾では1950年代から60年以上も実施した徴兵制を、馬英九政権が2012年に廃止する方針を決め、18年から志願兵のみとなっている。しかし、希望者は少なく、定員割れの状態が続いているという。一方、「職場で性的差別は少ない」「収入が高い」などを理由に軍に志願する女性が増え続けている。台湾の国防部(国防省)の統計によれば、2021年3月現在、女性軍人は約2万6千人で、軍人全体の約15%を占め、8年前の約2倍だ。
矢板明夫:ウクライナ戦争と台湾有事

矢板明夫:ウクライナ戦争と台湾有事

台湾での軍事演習の様子
 台湾は日本と同じような深刻な少子化問題を抱えており、今後、兵士はますます減少していくとみられる。蔡英文政権は今年1月、兵員不足を予備役で補おうとして、予備役を動員、管理する「防衛動員署」を新設した。予備役の訓練体制を強化し、退役後の兵士に毎年1回、約2週間の軍事訓練を義務付けた。

 一般兵士だけではなく、パイロットなど専門性の高い軍人も不足している。台湾空軍の元副司令官、張延廷氏によれば、欧米では軍用機1機に対し、パイロットは2人が必要とされるが、台湾の現状では1.33人しかいない。近年、台湾の半導体産業が急速な発展を見せたため、半導体企業への就職を希望する若者が多く、危険で、しかも長期服役が必要とされるパイロット希望者は年々減少している。1.33という数字は今後、さらに低下する可能性がある。

 張氏は「台湾は近年、米国企業と協力して性能の良い飛行機を製造、改良できるようになったが、優秀なパイロットがいなければ意味がない。パイロットの待遇改善を含めた人材確保の対策が必要だ」と話している。台湾の野党、時代力量の複数の立法委員(国会議員)は3月7日に記者会見を開き、「外敵の侵略に抵抗するため」と称して、18年に廃止した徴兵制の「復活」を訴えた。賛否両論が寄せられ、大きな話題を集めた。台湾紙の軍事記者は「ウクライナでの戦争は台湾社会に大きな衝撃を与えた。民衆の一人ひとりが、防衛のことを真剣に考えるようになった」と話している。
矢板 明夫(やいた あきお)
1972年、中国天津市生まれ。15歳の時に残留孤児2世として日本に引き揚げ、1997年、慶應義塾大学文学部卒業。産経新聞社に入社。2007年から16年まで産経新聞中国総局(北京)特派員を務めた。著書に『習近平 なぜ暴走するのか』(文春文庫)などがある。

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