白川司:相も変わらず中国を利する"NYタイムズ"と"朝...

白川司:相も変わらず中国を利する"NYタイムズ"と"朝日新聞"

NYタイムズの「反・中国人取り締まり」記事

 11月28日の『ニューヨークタイムズ』電子版にAs U.S. Hunts for Chinese Spies, University Scientists Warn of Backlashという記事が掲載された。「アメリカが中国スパイの取り締まりを強化する一方で、大学の研究者たちは弊害を訴えている」といった意味だ。

 記事は、トランプ政権下の2018年に司法省が打ち出した「チャイナ・イニシアチブ」に関するものである。

 チャイナ・イニシアチブは、アメリカ安全保障の脅威となりうる企業からの機密情報の窃取や経済スパイ活動を取り締まることを主眼とした政策である。オバマ政権までは文字どおり「野放し状態」であった中国共産党や人民解放軍主導の経済スパイに対応ものだ。

 バイデン政権もチャイナ・イニシアチブをそのまま引き継いでおり、トランブ政権期と同様に、現在もアメリカの大学や研究機関に勤める中国人(アメリカ国籍を取得した者も含む)が取り調べ対象になっている。
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白川司:相も変わらず中国を利する"NYタイムズ"と"朝日新聞"

米国で「チャイナ・イニシアチブ」ができた背景には相応の理由がある。
 だが、ジョンズ・ホプキンズ大学の報告によれば、チャイナ・イニシアチブには各地区の司法機関に対する訴訟件数のノルマ規定があったとされており、中国人をターゲットとした訴訟を毎年1、2件は提起するように指示されていたことが広まり、各有名大学や中国外交部などが司法省批判とチャイナ・イニシアチブの停止を訴えるようになっている。

 『ニューヨークタイムズ』の記事の冒頭では、FBIがある中国人教授を2年間近く徹底マークして、大学側にこの教授を解雇するように勧告までしたが、FBIがこの教授のスパイ活動の証拠を出せずに無罪になった事例を紹介している。

 この教授のように、チャイナ・イニシアチブの対象になった中国人研究者で、実際にスパイ活動をしていた証拠が出てきた者はほとんどいなかったとしており、スパイ目的だった者はほとんどおらず単なる人種差別ではないかと警告している。

NYタイムズのあとを追う朝日新聞

 また、この記事をそのままフォローした記事を、『朝日新聞デジタル』が12月12日に配信している
 朝日新聞が特に問題視しているのがチャイナ・イニシアチブの基準の曖昧さである。たしかにチャイナ・イニシアチブでは中国とどんな結びつきがあれば捜査対象になるのかという明確な基準が記されておらず、恣意的な運用が可能である点は問題であろう。

 ただ、朝日新聞の書き方で気になるところがあった。

 それは「全米の研究者や研究機関などが、アジア系の人種に絞った捜査だとして『チャイナイニシアチブ』の停止を求めて署名活動を展開」と記している箇所だ。
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白川司:相も変わらず中国を利する"NYタイムズ"と"朝日新聞"

一口に「アジア系」というが、「チャイナ・イニシアチブ」の対象に日本やインド、東南アジア諸国も含まれるというのだろうか―
 そもそも「チャイナイニシアチブ」なのだから、対象は中国人か中国出身者であり、日本人や韓国人などは対象ではない。それなのに署名活動は「アジア系の人種に絞った」となっている。私にはこの記述は理解しがたい。

 米中貿易戦争が先鋭化する中で、アメリカで中国人に対する差別問題が起こっているのはたしかなようなのだが、なぜ「アジア系」の差別と記すのだろうか。

 その目的ははっきりしている。「中国人」という真の対象をぼかして、アジア全体に対する差別問題にすり替えるためとしか私には考えられない。

 朝日新聞が「アジア系の人種」という表現を注釈なしで載せていることで、チャイナ・イニシアチブでは日本人も対象になっているかのような錯覚を読者はするであろう。

 いや、もしかしたら、わざとそのように錯覚させようとしているのではないのか。

 チャイナ・イニシアチブについて「人種で対象を絞るのは差別だ」という主張が通るのであれば、「中国スパイに絞った捜査を行うな」と言っているようなものだ。それなら大学や研究機関における技術流出に対して米当局は何もするなと言っているのに等しい。

中国人はいつでもスパイ活動を強いられる

 そもそもなぜチャイナ・イニシアチブが打ち出されたかと言えば、2010年に中国で国防総動員法が施行されたからである。この法律によれば、「国防義務の対象者は、18歳から60歳の男性と18歳から55歳の女性」であり、有事の際は外国にいる中国人も命令に従わなければならない。

 言い換えると、あらゆる中国人は国家の名によって恣意的にスパイ活動を強いられるわけである。

 中国政府は在外中国人を領事館経由で管理していると言われている。

 中国人は生まれ故郷に対して大きな愛着があり、もし命令に背けばパスポートやビザを発行停止したり認めなかったりして、故郷に帰れなくすることで「罰」を与えるのだと言われている。

 故郷に帰れないことことは中国人にとっては耐えがたい打撃である。また、中国人研究者であれば、中国で研究活動ができなくなることが研究活動で痛手になることもありうる。

 そもそも「スパイの証拠」を見つけることは容易ではないうえに、中国政府がすべての中国人にスパイ活動を命じられるのであれば、「スパイをしていない」=「これからもスパイをしない」とは限らない。

 むしろ中国政府が「いちど無罪になった者は取り締まりが難しくなる」と判断してスパイ命令を出すこともありうるだろう。
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白川司:相も変わらず中国を利する"NYタイムズ"と"朝日新聞"

「どこにいてもスパイしなさい!」と言っている?
 『朝日新聞』は『ニューヨークタイムズ』の記事から、「留学生たちを米国に引きつけ、とどまらせることが中国に勝つ方策だ」という米政府諮問機関の委員長の言葉を引用して「世界からいかに優秀な人材を集められるかが、米国経済を牽引するこの地域の隆盛の鍵だ」と中国人研究者の意義を強調するが、それはチャイナ・イニシアチブとは次元の違う話だろう。

 中国は在外中国人にいつでもスパイ活動を強要できる法律を持っているのだから「スパイ活動をやっていない」と「これからもやらない」はイコールではないのである。

 むしろ、スパイ活動の有無より、その研究者が中国共産党や人民解放軍とつながりがあり、研究内容が安全保障に関わるかどうかのほうが重要だろう。

 『ニューヨークタイムズ』や『朝日新聞』の記事内容は明らかに中国を利するものであり、アメリカの国益を毀損する可能性がある。そこに「中国の味方をする」という底意が本当に全くないのかと疑われても仕方がないだろう。
白川 司(しらかわ つかさ)
評論家・翻訳家。幅広いフィールドで活躍し、海外メディアや論文などの情報を駆使した国際情勢の分析に定評がある。また、foomii配信のメルマガ「マスコミに騙されないための国際政治入門」が好評を博している。

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