China : Files Images

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支那の苦力の恐ろしさ

 20数年前のことだが、映画監督の山田洋次氏が満洲大連時代の思い出を書いていたものを読んだことがある。満鉄に勤める叔父さんと馬車に乗っていたら、叔父さんが馬車引きの中国人の顔をいきなり平手打ちした。それを見た少年の自分はとても心が傷ついたというのである。満洲という植民地を暴力で支配した日本人の傲慢さがそこに出ていると。

 私はこれを読んだとき、叔父さんが殴った理由は何なのか、山田氏はそれを考察すべきではないかと思ったが、私には反論材料がなかった。

 その後、ラルフ・タウンゼントが1933年に出版した「Ways that are dark」を『暗黒大陸 中国の真実【新装版】』(芙蓉書房出版。以下、本書)として翻訳出版することによって、私は山田氏への反論ができるようになった(翻訳出版は2004年のことだが、解説を刷新した新装版の計画は昨年12月、発刊が今年3月の半ば過ぎ、中国発のコロナウイルスが全世界を席巻し始めた時期と重なったことは偶然である)。

 タウンゼントは、1900年、米ノース・カロライナ州生まれ。コロンビア大学に学び、1924年、大学を卒業後、新聞記者となった。30年、国務省に勤め始め、31年、副領事として中国・上海に赴任している。31年と言えば、満洲事変が起きた年であり、翌年1月に起きた第1次上海事変にも遭遇している。そして、32年4月には、福建省福州の領事に異動。翌年、中国勤務を終わって帰国した後、本書を執筆した。

 馬車引きや人力車引きは、苦力と呼ばれる下層労働者たちの就いている仕事である。ボロを着て見るからに哀れなもので、不憫に思い、つい運賃をはずむと「騙された!」と叫んで、「もっとくれ」と、さらに恐ろしい迫力で大声を上げる。不憫と思うことは、弱みを見せることなのだ。油断も隙もないとタウンゼントは自分の体験を書いている。

 タウンゼントは言う。

《(中国人は)「金がすべて」であり、それこそ宗教に近いものがある。もうけ話になるとどんな苦労でも厭わない。また、友人や家族の誰かが死んでも顔色一つ変えない人が、金を失くしたとなると大騒ぎである》

 満鉄に勤める叔父さんは運賃の相場を知っているはずである。運賃をはずんだ上に、もっとくれ、と言われて「無礼者」とばかりに張り飛ばしたことくらい山田氏は想像できないのだろうか。苦力たちの側にも大きな問題があることに思い至らないのか。私はこういうところに、山田氏の偽善性を感じるのである。

 社会の下層労働者たちはすべて善意で、権力者によって打ちひしがれている存在であるという、ある種、社会学的に歪(ゆが)んだ思い込みである。

機を見るに敏な中国人

 このような中国人に対する善意の思いやりは、コロナ禍で騒然としている世界でも同じようにある。アメリカでも感染が拡大し始めた3月、ニューヨークで中国人と間違われて攻撃されそうになったり、ツバを吐きかけられた日本人女性がいたそうだ。トランプ大統領は「チャイニーズ・ウイルス」と明確に言い、「これは差別ではない、中国から来たのは事実だ」と述べている。ネットではこれを同じ次元のもの、人種差別ととらえ、批判するコラムニストがいる。これに私は山田氏と同じたぐいの偽善を感じる。

 間違われた日本人はかわいそうだが、トランプの認識は間違っていない。発生箇所を特定することこそ、科学的価値がある。彼の発言はレイシズムではない。もともと彼の発言は、コロナウイルスを中国に持ち込んだのは米軍であると、中国外務省の報道官がツイッターで報じたからである(3月12日)。つまり「反論」したのだ。

 これより早く3月4日、新華社通信は「正々堂々と言う、世界は中国に感謝すべきだ」と啞然とする論評を掲げた。世界で最大の感染死者が中国で出ていた時、そして世界に感染が広まり始めた時期である。
 おそらく彼らは、コロナの発生源として自分たちが批判されるようになることを事前に察知しているのである。機を見るに敏なのだ。患者が爆発的に増えてきたアメリカでは、議会筋の話として、中国は世界に損害賠償をすべきだとの議論が出ていると、経済情報サイト「サンケイビズ」(3月25日)は伝える。

 実際に、3月にはフロリダ州とテキサス州でコロナウイルスの被害に遭ったとして、中国政府に計数十兆ドルの損害賠償を請求した訴訟が起こされている。しかし敵もさるもの、武漢市の弁護士が、トランプ大統領や米国疾病管理センターなどを相手取って、民事訴訟を起こした。冬に流行してアメリカで二万人もの命を奪ったインフルエンザは実はコロナウイルスで、それが中国の武漢で大流行になったという論理である。

 中国はずる賢く、こういう議論の先回りをし、矛先を転じる。宣伝だけは手っ取り早く、自らが加害者でなく、被害者であると装うことが得意中の得意なのである。タウンゼントも観察している。家事をやらせるために雇っている使用人が、たとえば、家の備品を勝手に持ち出そうとしている。その窃盗現場を目撃されると、「備品がなくなりかけていましたので、私の自宅から持ってきたところです」と見え見えの噓をつく。
 タウンゼントは言う。

《「中国人は噓が好き」である。それは私だけではない、中国暮らしの長い人なら全員といっていいほど、そう言っているのである。個人的怨恨でも、大げさでも何でもない。我々にとっては「噓」は軽蔑に値するものだが、中国人にはそんなことはない。したがって、「人格に欠陥あり」と考えるのは我々の認識であって、彼らはそうは思っていない。交渉する時、忘れてはいけない》

 その他、国家レベルでも多種多様にあるが、煩瑣になるので、本書を参照してほしい。SARS(2003年)も中国発だが、今回ほどの規模にはなっていない。責任を他に転嫁するまでもなかったわけだ。しかし在米の評論家、アンディ・チャンによれば、アメリカがウイルスの陰謀を仕組んだという中国の言い分を信じるアメリカ人がまだいるそうである(3月末段階)。

責任転嫁がうまい中国

 これまた本書を参照してほしいが、何度も何度も殺害を含む暴力被害を受けているのに中国人を弁護する、中国に住むアメリカの宣教師たちが当時は少なくなかったとタウンゼントは述べている。昔と変わらず、今も自虐傾向のお人好しのアメリカ人は結構いることになる。アメリカ人ではなくカナダ人だが、台湾の加盟をかたくなに拒絶しているWHOの事務局長補のブルース・エイルワードは、「感染したら中国で治療を受けたい」と述べたそうだ。ぜひとも感染してほしいものである。

 しかし現代の日本人も褒められたものではない。中国で爆発的な流行が始まっても、ぐずぐずしたまま中国からの旅行者の入国を止められなかったのである。1月の来日中国人は92万人にも上った。前年1月に比して22%増である。これが北海道や屋形船でのクラスターの原因となった。中国との経済的連携の深まりが中国への忖度となったわけで、我々はタウンゼントの時代の宣教師たちを責められない。

 しかも面妖な話まで出てきた。コロナウイルスは昨年12月に武漢で発生したと思われていたが、実は11月には似たような症状の患者がイタリア北部で発生していたという記事が「サウスチャイナ・モーニング・ポスト」に出た(3月23日付)。証言したのは、ミラノの薬学研究所所長である。これが本当だとすると、発生地は中国でなくなる。中国は責任逃れが可能となる。
 本当かね? ならば、なぜ世界で最初にイタリアでの発症者が最大にならなかったのか。中国が推進する「一帯一路」構想に、西ヨーロッパで一番賛同しているのがイタリアである。経済的な利害関係は深まっている。「致死率一割になったイタリアにはみな同情する。損害賠償されることはないだろう、イタリア、お前が引き受けろ」というのが、中=伊の目論見ではないのか。

 タウンゼントは、中国人は責任転嫁、責任逃れが実にうまいと感嘆している。3月24日、米上院では、米国政府、国民への健康被害を数値化して中国に補償を求める法案が提出された。しかし、日本から中国に損害賠償の訴えは起こせないだろう。逆に南京虐殺などが蒸し返されるからである。情けないが、日本はプロパガンダ戦に完全に負けていて腰が引けているのである。

不潔な国柄、貪欲な食欲

 中国に旅行に行かれた方はよくご存じだろうが、きれいなのは表通りだけである。裏側に回れば、昔ながらの伝統的な家屋が北京にもある。共同便所のそばを歩けば、異臭が漂う。南京の裏通りにも、日本が南京侵攻をした頃のままじゃないかと思う古い軒並みが残っていた。

 中華料理は確かに美味いが、トイレは汚い。板を2つ並べたままのところで用を足したこともある。酔っていたら危ない。共同便所は仕切りのドアもない。お互い丸見えである。私は中国で犬も食ったし、サソリも食った。香港では鳩も食っている。なんでも食うのが中国人の習慣である。そういう不潔なトイレのことも、何でも食う習慣もタウンゼントは、《広東人は犬を良く食べるし、ネズミも食べる。蛇はご馳走である》と書いている。コロナウイルスの持主といわれる薄暗い洞窟に住むコウモリは、さすがに私は口にしたくないが、中国人は医食同源で平気で口にするらしい。危ないのは当たり前である。

 しかし、タウンゼントも引用しているアーサー・スミスの『支那的性格』(『中国人的性格』に改題/1890年刊)によれば、病気や怪我に異様なまでの強靭(きょうじん)さを発揮するのも中国人のようである。身体が不具になっても驚くほど強い生命力を持つと、スミスは不発弾拾いで生計を立て、手足を吹き飛ばされて生きている男の実例をあげて証明している。
 私が持っている山東省の写真帖(1928年刊)には、「四つ足人間」の写真が出ている。足と手が同じ太さと長さの男が、地べたをはいずりながら、笑顔を見せているところである。本書でも「瓶詰男」として紹介されているが、つまり、足を発達させず、いびつなままに人工的な奇形として育て、見世物とするわけだ。それでも生きているのだから恐れ入る。しかし、これは中国人の強靭さというより、人権無視の残酷さを証明する話だろう。

 そういえば私は中国で、人間の胎盤を干したものを店頭で売っているのを見たことがある。人間の生命力の原点ともいうべき胎盤には、とてつもない栄養分が備わっている。捨てたらもったいない食材なのだ。人間の赤ん坊を料理している写真は、十数年前にネットで見つけた。場所は広東らしく、かなり成長した胎児のようだった。流産したものなら、殺人にはならないのだろう。
 夏の炎天下の道路沿いで、透明のガラス箱に煮た豚肉を入れて売っているのも見た。ただのガラス箱で、クーラーボックスではない。「恐ろしいものを売っているな、腹を壊すどころじゃないぞ」と思ったものだが、平気で買う人がいるのだろう。今度の武漢ウイルスにしても、治癒能力においては中国人が一番であるのかもしれない。最初は中国が最大の感染者数と死者数で、世界の同情を集めたが、3月後半以降、公表された数ではイタリアを始めとした欧米諸国が一番の感染被害国状態となってしまった。

 蛇でも蛙でも、野生動物は何でも食べる医食同源の国柄が、不潔を越えて最後は勝利を収めるのかもしれない。「中華の勝利! 我々を見習え」と彼らは今、雄叫びをあげているのかもしれない。おぞましいかぎりである。

疫病も金儲けの種

 タウンゼントは福建省福州の領事館で働いていた。1932年夏、コレラが流行った。見る見るうちに人が死んでいった。海外から血清が到着すると、それは役所に保管されたが、少しも患者のところに届かなかった。役人にとっては金儲けの絶好の機会となったのである。中国人の金持ちや福州に滞在する外国人向けに高く売りつけようとしたのである。貧乏人はどんどん死んでいった。

 天災さえもが役得の機会となるというのだが、これは今回の武漢ウイルス問題でも共通することなのではないだろうか。急いで臨時病棟などが建てられたが、本当に効果があったのだろうか。感染者や死亡者の数字がごまかされていないのだろうか。本当にこの数字を信用していいのだろうか。収容しきれない人たちは自宅でしょうがなく死んでいたのではないだろうか。むろん別の病名となる。

 果ては3月19日、武漢での新規感染者はゼロとなったと発表された。3月25日には、湖北省の封鎖も2カ月ぶりに解除された。すると市民は争うように隣の江西省に移動しようとした。なぜだろう。湖北省は安全と表明されたわけではないのか。市民たちは政府発表を信じようとはせずに、隣の省に逃げようとしたのではないか。そのあげく、省境の橋の上で衝突が起きた。江西省の警官が湖北省の市民を入境させまいとしたからである。橋の上で双方の警察が衝突し、パトカーが市民に蹴飛ばされ、ひっくり返された動画がネットに流されている。政府の発表を信じることもできず、安全と思うところに行くこともできない中国の無力な市民は、タウンゼントの時代の血清を手に入れることのできない、見捨てられた市民とどこが違うというのだろうか。感染者ゼロと宣言した段階で、実際は治療も終わりとなってしまったのではないだろうか。

 タウンゼントは昼食に行くときは、日本領事館の前を通った。いつも中国人が列をなしていた。台湾行きヴィザを取得するためである。福州の対岸が台湾なのだが、台湾に行けば、官憲の搾取なく働くことができると中国人労働者は知っているのだと、タウンゼントは述べている。当時の台湾は日本領土、植民地だった。日本はまさにアジアの救世主の地位にあったのである。
 スペインでも感染者と死亡者が急増している。スペイン当局は急いで中国から検査キットを購入したが、そのキットの感度が3割しかないので返品したということだ(スペイン『エル・パイス』紙3月26日付)。役に立たないものでも商売になれば、いかようにでも活用したいということなのだろう。

 まさにこれは〝世界の工場〟の面目躍如の光景ではないか。これはイタリアやフランスに送ったマスク、体温計、防護服などの医療器具についても同様だ。不良品で返品される製品が少なくない。しかも中国の広報機関は、商売ではなく寄付だと述べているのである。こんな離れ業の外交は中国にしかできないことだろう。
 「一帯一路」に賛同する政治家は別として、西欧諸国の首脳は皆が困惑している。タウンゼントは《世界一計算高いのが中国人だ》と述べている。

異質な宇宙、中国

 中国は昨年末には臭いものに蓋、武漢ウイルスを隠蔽しようとしていたことをすっかり忘れたつもりになっている。それどころか世界に向けて、その対策の素晴らしかったことを誇らしげに宣伝しようまでとしている。しかしその対策に台湾は入っていない。この阿鼻叫喚の時期に、中国は相変わらず台湾がWHOに加盟することをかたくなに拒否している。台湾も武漢ウイルス対策に大わらわなのである。世界と協力をしたいのである。

 中国に人類愛はないのだろうか。自分たちの強引で身勝手な台湾への〝愛〟は、ストーカー行為でしかないことが分からないのだろうか。タウンゼントの時代のように、中国のまともな人民たちは、本当は台湾に逃げ出したいと今でも思っているのではないだろうか。彼らは自分の国が〝異質な宇宙〟であることに気づいた人たちではないだろうか。
 4月6日、中国はウイルスによる死者がゼロとなったと報道し、8日、武漢封鎖が中国政府の予定どおりに解除された。まさしく〝政治解除〟である。そしてマスクや医療器具など、様々なものが中国からコロナ対策に苦しむ国々に〝支援〟のために贈られている。中国の人類愛を示すためであるが、本当は全世界から起こされるだろう損害賠償、怒りのはけ口をそらすためである。事前準備万端である。中国はWHOを自家薬籠中のものにしておいたことを、しめしめと思っているに違いない。

 しかしその一方で、ないとされた国内被害者の救済はどうなるのだろうか。中国では検査は陽性でも、無症状なら感染者扱いにならない。我々と価値基準が違う宇宙世界だから、数字が信用できない。もしかしたら医薬品もなしに放置され、死んでいった人もいるのではないだろうか。それならば、まさにここは〝暗黒大陸〟である。異質な世界には異質な人民しか住めないのである。
 タウンゼントは言う。

《(中国人は)「お国のために」という気持ちがなく、自分と身内のことしか考えない。(中略)西洋人が公私共に優れているのはなぜかというと、大きな目標に邁進する気持ちがあるからである。これは長所でもあるが短所でもある。こういう気持ちが中国人にはない。ないどころか愚の骨頂と考えている。(中略)中国人にはこういう気質が欠けているから今の混乱があり、将来改善される見込みもない》

 今、世界がコロナウイルスによって混乱の渦にある。その元凶はやはり混乱の国である中国だ。そこからもたらされたものだから、やはりやり切れなさが残る。

《「どことなく怖い」。これがすべての中国人に持つ第一印象である。どこがどう怖いか、はっきり言えない、流砂に吸い込まれるような怖さ、シロアリの大群に食われるような怖さ、絶えず見張られているような陰湿な怖さである。政府でも民間でも、油断すると命取りになる。一日たりとも油断できない》

 このタウンゼントによる中国人評は、80年の時を超えても、何ら変わらない普遍的な中国人の真実ではないだろうか。今、コロナウイルス責任転嫁の大宣伝戦を実行中の中国。まさに油断すると命取りになりかねない。そんな中国に対して、世界、そして日本は心してかかる必要がある。
田中 秀雄(たなか ひでお)
1952年、福岡県生まれ。慶應義塾大学文学部卒。著書に『映画に見る東アジアの近代』『石原莞爾と小澤開作』『石原莞爾の時代』(以上、芙蓉書房出版)、『朝鮮で聖者と呼ばれた日本人』(草思社)、編著に『もうひとつの南京事件』(芙蓉書房出版)、共訳書に『暗黒大陸 中国の真実』『アメリカはアジアに介入するな!』(以上、芙蓉書房出版)などがある。

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