金正恩のコロナ・ショック

 北朝鮮では、コロナウイルス(新型肺炎)による死者が続出している。本稿執筆の段階(3月中旬)で北朝鮮政府は、国内に感染者は1人もいないと主張している。しかし、実際はすでに平壌でも感染者が出ており、多数の死者がいるという情報が伝わっている。

 時系列で見てみよう。旧正月の1月25日、金正恩は夫人の李雪柱、妹の金与正、崔龍海労働党政治局常務委員など党幹部らを引き連れ、室内で多数の観客が集まる旧正月記念公演を観賞した。映像を見ると、誰一人としてマスクを付けていない(この公演に6年ぶりに登場した、金正日の妹で張成沢の妻である金慶姫について偽者説が提起されていることは先月号に書いた)。1月29日、朝鮮労働新聞が突然、新型肺炎は「国家存亡に関わる重大な政治的問題」と書き、その後、中朝国境を封鎖した。つまり、1月25~28日にかけての4日間に何かあったのだ。

 私が入手した情報によると、中国から帰国した外交官と国家保衛部要員の8人が新型肺炎に感染し、帰国後2日で死亡したという。情報では帰国の時期が特定できないが、旧正月に多数の外交官や海外派遣保衛部要員が帰国したことは間違いない。そのなかの8人の死亡が1月26日、もしくは27日だったのではないか。だから慌てて中朝国境を封鎖したと考えると平仄(ひょうそく)が合う。

 金正恩は2月に入り、東海岸(日本海側)に逃げた。北朝鮮内部に豊富な情報源を持つ外交官出身の脱北者、高英煥氏によると、東海岸の江原道通川、江原道元山、咸鏡南道咸興、咸鏡北道清津などに、海を望む豪華な宮殿並みの金正恩専用の特閣(別荘)が17カ所あり、そこを巡りながら対面報告は避け、ファックスなどを使った書類報告で決裁しているという。

 金正恩が指揮したとされる2月28日と3月1日の砲撃訓練、3月2日と9日の短距離ミサイル発射も、すべて東海岸側で行われている。2月初めには、全人民に外出時のマスク着用を義務付け、違反者には軍法を適用するという指示が出た。同月、平安北道の中国国境近くの龍川では、密かに中国へ渡り、帰国後、発熱して自宅で寝込んでいた密輸商人が捕まり、公開銃殺された。

 医師も新型肺炎を疑うと国家保衛部に逮捕されるので、死因はすべて「急性肺炎」とされるが、死体は火葬が義務付けられている。北朝鮮では儒教の伝統から土葬が主流であり、火葬する場合は遺族が燃料代を支払う。しかし、今は当局が無料で火葬を行っている。平壌には2つの火葬場があるが、どちらも多数の死体が持ち込まれ、順番待ちでなかなか焼いてもらえないという。

 軍隊でも感染が進んでいるようだ。ただでさえ兵士は栄養失調者だらけで、この冬は越冬用の厚手の軍服や靴下の供給もなかったという。兵営で集団生活しているから、あっという間に集団感染が発生するはずだ。

 先月号で書いたが、中国からの物資が入らなくなり、チャンマダン(市場)の物価も急騰している。それに対して、当局が高値でコメやトウモロコシを売る行為を反逆罪として取り締まっているが、その結果、市場に商人が出てこなくなり、その日暮らしをしている最下層の人民の間では、餓死者が出始めたという。人々は新型肺炎が5~6月までに終息しなければ、300万人以上が餓死した1990年代後半のような大飢饉が来るのではないかと囁(ささや)き合っている。

信じられるのは与正だけ

 政権の中枢部でも、異常事態が発生している。2月28日、北朝鮮の公式メディアは、一斉に労働党拡大政治局会議が開催され、李万建組織指導部長と朴太徳農業担当副委員長が解任されたと報じた。朝鮮中央テレビが報じた映像では会議中、李万建と朴太徳が議事を進める金正恩の言葉を必死に筆記している姿が確認できる。自分を解任する決定も筆記したのか。あるいは、張成沢のように解任が決まったときに逮捕され、退場させられたのかは映像からは分からない。ソウルでは一部の脱北者の専門家が、すでに李万建は処刑されたと伝えている。

 李万建は2015年12月頃、平安北道党書記から、核ミサイル開発を担当する党軍需工業部長に抜擢された。2016~17年に行われた3回の核実験、40発の弾道ミサイル発射実験は、すべて李万建が担当した。その功績を認められ、2018年に組織指導部第一副部長となり、昨年4月には組織指導部長になった。李万建は平安北道党書記になる前の20年余り、組織指導部に勤務していたという情報もある。

 そんな金正恩の最側近ともいえる人物が、党幹部らが集まった会議で公開解任されたのだ。「党中央委員会の幹部と党幹部養成機関の活動家の中で発露した非党的行為と権勢、特権、官僚主義、不正腐敗行為」が解任の理由だ。ここでいう「党幹部養成機関」は、党の幹部養成学校である金日成高級党学校だといわれている。李万建が部長を務めた組織指導部は「党の中の党」と呼ばれ、党、軍、治安機関、政府の局長以上の人事権と、誰であっても解任、粛清できる検閲権などを持つ。人事や粛正をめぐって多額の賄賂が組織指導部の幹部に集まるが、これまで組織指導部内で不正腐敗事件の摘発が行われたことはない。組織指導部はほかの部署を検閲する立場であって、自分たちが検閲されることはなかった。

 李万建の元には、全国の党組織の指導部員から毎日、国内動静に関する詳しい情報が上がり、金正恩に直接報告していた。当然、2月に入り、新型肺炎で多数の死者が出ていることも掌握していたはずだ。国内の感染を認め、国際社会の医療支援を求めないと体制維持は不可能といった意見を金正恩に伝えることができるのは、金与正以外では李万建しかいない。今のところ、李万建粛正の真の理由に関する情報は伝わっていないが、私は李万建がそのような意見具申をした結果、粛正された可能性があると考えている。

 昨年12月の党中央委員会総会で、金与正が組織指導部の第一副部長になった。すでに2017年頃から、金与正は自分の側近を組織指導部、国家保衛部など権力中枢に派遣し、権限の大部分を事実上行使しているという内部情報があった。李万建解任は、組織指導部の腐敗を検閲し、同部部長を解任できるほどに金与正が権力を握った証拠ではないか。ついに金正恩は、最側近の組織指導部長さえ信頼できなくなった。経済制裁による秘密資金の枯渇(こかつ)、新型肺炎による死者続出、中朝国境封鎖による物資不足と物価高騰、さらに自身の健康悪化により、かなり追い込まれていることは間違いない。

植村裁判、高裁も勝訴

 3月3日、元朝日新聞記者の植村隆氏が私を相手に起こした慰安婦捏造記事訴訟の高裁判決が出た。地裁に続き、私の完全勝訴だった。植村氏は、私が著書や雑誌論文などで、同氏が1991年8月と12月に朝日新聞に書いた元慰安婦・金学順氏に関する記事を捏造と評論したことを、名誉毀損として訴えた。

 私は当初から、言論人である植村氏が言論による論争ではなく、裁判に訴えるという異例の方法をとったことに強い違和感を覚えていた。しかし、訴えられた以上、言論の自由を守るためにも裁判での争いに臨まざるを得なかった。そのこと自体、遺憾(いかん)だった。

 私は、裁判所にどちらが正しいか決めてもらう必要はない、それは論争の結果、読者が判断することだと考えていた。言い換えると、私が植村氏の記事を捏造と断定するには十分理由があるという意味で、真実相当性が求められればいいと思って裁判に臨んでいた。判決は私の評論と同じく、「植村記事は捏造」という結論を下した。植村記事がいかに酷いものだったかという証左だろう。

 名誉毀損による損害賠償請求訴訟で訴えられた側が勝訴するには、次の2つの要件が求められる。第1に公共性と公益性、第2に真実性と真実相当性だ。前者は、内容が公共の利益に関することであり、目的が専ら公益であること。後者は、評論で書いた事実が真実であるか、あるいは真実と信じる相当の理由があるかのどちらか1つが充たされていることを意味する。

 公器である新聞の署名記事に対する評論だから、地裁・高裁ともに公共性と公益性は容易に認めた。争点になったのは、私が書いた3つの事実の真実性・真実相当性だ。高裁判決から、その部分を引用しよう。

①「控訴人(植村)は、金学順が経済的困窮のためキーセンに身売りされたという経歴を有していることを知っていたが、このことを記事にすると権力による強制連行という前提にとって都合が悪いため、あえてこれを記事に記載しなかった」
②「控訴人(植村)が、意図的に事実と異なる記事を書いたのは、権力による強制連行という前提を維持し、遺族会の幹部である義母の裁判を有利なものにするためであった」
③「控訴人(植村)が、金学順が「女子挺身隊」の名で戦場に強制連行され、日本人相手に売春行為を強いられたとする事実と異なる記事をあえて書いた」

 地裁に続き、高裁でも①と②は真実相当性が、③は真実性が認められた。③の真実性が認められたということは、地裁に続き高裁も、植村氏が意図的に事実と違う記事を書いた、つまり捏造記事を書いたことを認めたのだ。高裁判決から、③の真実性が認められた部分を引用する。高裁はこの部分について、地裁判決を流用している。

〈原告[植村/西岡補、以下同]は、原告記事A[1991年8月12日記事]において、意識的に、金学順を日本軍(又は日本の政府関係機関)により戦場に強制連行された従軍慰安婦として紹介したものと認めるのが相当である。すなわち、原告は、意図的に、事実と異なる原告記事Aを書いたことが認められ、裁判所認定摘示事実3[上記の争点③]は、その重要な部分について真実性の証明があるといえる[傍線西岡]〉

 植村氏側は、植村氏に直接取材しなかったことを西岡評論の欠陥だと言い募っている。この批判に対して私は、植村氏は自身を言論人と思っていないのだろうかと疑った。言論人が署名入りで書いた文章を批判されたとき、文章の背後にある自分の思いを取材していないから、けしからんというのか。開いた口が塞がらない。

 私はこれまで、実名を挙げて他者を批判する文章を多く書いてきた。当然、相手から反論されることは覚悟の上だ。1990年代初め、北朝鮮が日本人を拉致しているという論文を書いたときには、殺人予告の脅迫状を受け取った。それでも言論活動を続けた。反論されたら、言論で反論する。それが言論人の矜持(きょうじ)だ。

 高裁判決では、私と同様に植村氏から訴えられた櫻井よしこ氏の判決に続き、私の判決でも慰安婦について、「太平洋戦争終結前の公娼制度の下で戦地において売春に従事していた女性などの呼称の一つ」と明記された。私たちがずっと主張してきたことではあるが、感慨深い。

韓国の「真実を巡る戦い」

 韓国でも、歴史の真実を巡る激しい戦いが続いている。『反日種族主義』の共同著者である李宇衍博士らが「反日銅像真相究明共同対策委員会」を結成し、昨年12月初めから毎週水曜日、ソウル日本大使館前で、同時刻に行われている挺対協(韓国挺身隊問題対策協議会)の水曜集会中止と、慰安婦像の撤去を求める路上活動をしている。

 次第に参加者が増え、2月下旬には20人を超えた。その後、新型肺炎のため、リレー式の1人デモに切り替え、現在も続けられている。韓国国旗とともに日章旗を掲げ、「最初に名乗り出た慰安婦金学順氏は、強制連行の被害者ではありません。貧乏のため妓生に身売りされたと、挺対協が出した証言集で語っている」などと訴えている。

 一方、李宇衍博士は、崔德孝韓国人権ニュース代表、朱銅植地域平等市民連帯代表、金素延前大田市議会議員らとともに昨年11月、刑事と民事で告訴された。このうち、金議員を除く3人は、先述した共同対策委員会の共同代表だ。民事では4人合計で2億4,000万ウォンの支払いを要求された。慰安婦像と徴用工像の作者、金運成・金龧炅夫婦が、4人がソウル龍山駅前、釜山日本総領事館近く、大田の市立公園などに建てられた徴用工像が、実際は日本の旭川新聞(1926年9月9日付)に掲載された北海道土木現場で迫害を受けた日本人写真をモデルにしていると主張して銅像撤去運動を進めていることを、名誉毀損、慰安婦に対する冒涜だとして告訴したのだ。

 3月5日、ソウル地検は李宇衍博士以外の三人の刑事告訴を、嫌疑なしとして不起訴処分とした。検察は「被疑者の発言の根拠が実際の新聞記事や研究結果などを土台として論理的・科学的妥当性を失っていないし、主張の目的が公共の利益のためであるとみられ、告訴人を誹謗する意図があるとは認めがたい」「公共造形物に対する批評、評価及び疑問提起に対しては、表現の自由がより広範囲に保障される必要がある」とした。至極まっとうな判断だ。
西岡 力(にしおか つとむ)
1956年、東京生まれ。国際基督教大学卒業、筑波大学大学院地域研究科修了。延世大学留学。外務省専門調査員、月刊『現代コリア』編集長を歴任。2016年、髙橋史朗氏とともに「歴史認識問題研究会」を発足。正論大賞受賞。「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会(救う会)」会長。朝鮮問題、慰安婦問題に関する著書多数。

関連する記事

関連するキーワード

投稿者