【湯浅博】大統領指揮下のDC警備隊動けず

【湯浅博】大統領指揮下のDC警備隊動けず

 アメリカのキャピトルヒル(連邦議会議事堂)は、最高権力者のいるホワイトハウスほど警備が厳重ではない。ふだんは手続きさえすれば、入り口で携帯品のチェックを受け、金属探知機を潜り抜けて本館内を自由に見学できる。それが言論の府であり、民主主義の殿堂であるからだ。

 外国特派員のプレスパスの入手も、ホワイトハウスのように両手指すべての指紋をとられ、本国に犯罪歴を照会されるような厳格さはない。そこで、記者がワシントンに赴任すると、まず議会のプレスパス入手から始めるのが第1歩だ。

 しかし、そこは超大国のアメリカで、18時間前に命令が下れば、第173空挺旅団が世界中のどこにでも展開できる即応機能が充実している。泣く子も黙るFBI(連邦捜査局)やスパイ網の元締めCIA(中央情報局)もある。まさか肝心の議事堂が、暴徒に乱入されるような凡ミスが起きるとは誰も想像できなかった。上下両院とも警備部門があるし、議事堂の外は当然ながらワシントンDC(特別区)警察が守ってくれる。州知事が指揮する州兵がいるわけではないが、代わりに国防長官の指揮下にある強力なDC国家警備隊が存在する。そのワシントンで、何故にかくも簡単に警察の阻止線が破られ、議場への侵入を許してしまったのか。例によって、ネット上ではさまざまな陰謀論が飛び交っている。

 例えば、窓を破って侵入した暴徒はいたが、多くは何者かによって内側から開けられたドアからなだれ込んだ。いったい内部で誘導した人物は何者で、何を企んでいたのか。なぜ、ペンス副大統領は侵入者から逃れたりせずに、「俺に任せろ」と阻止しなかったのか──。これらの理屈は、見る人の党派性によってなんとでも説明がつくから、ここでは分かっている事実とシステムから見てみよう。
gettyimages (4752)

議事堂への侵入はなぜ起こったのか
 そもそも合衆国憲法の制定者たちは、現職の大統領にけしかけられた群衆が、離れた連邦議会を襲うことなど想定していない。歴史上、連邦機関が集団暴力で破壊された事件は、米英戦争のさなかの1814年に、建設中の議事堂がイギリス軍に火をかけられたことがあった。しかし、これは敵対勢力による攻撃だ。

 以来、議場内で起きた暴力事件は、ジャクソン大統領に対する銃撃未遂事件など、おおむねテロリストによる暗殺事件が多い。今回は、連邦議会がトランプ支持者数100人の乱入を許し、昨年11月の大統領選挙を最終確定する民主主義の手続きが中断され、議員が避難を余儀なくされたからショックは大きい。

 まして、後れをとったと批判されたDC国家警備隊は、州知事が権限をもつ州兵と違って国防長官の指揮下にあり、原則としてホワイトハウスからの明確な命令がない限り動けない。最高司令官はまさにトランプ大統領であり、取り締まる側のトップが、今回のデモ扇動者ということになるから軍の国家警備隊は即時行動できなかった。

 従って、群衆に囲まれた議事堂は、手薄な警備が破られ、DCのクッパ市長が、午後6時に夜間外出禁止令を発出するまで、侵入者たちを制圧できなかったのだ。マッカーシー陸軍長官は、「DC当局が陸軍に助けを求め、迅速な対応を促した」と語っており、大統領命令による出動ではなかった。マッカーシー長官は、「昨日(1月6日)は、ここ首都で、そして国全体で、恐ろしくて恥ずべき日であった」と述懐している。

 軍のほかにDC当局の要請に基づき、隣接のメリーランド州兵とバージニア州兵が各所に展開した。この間の連邦執行機関の調整は、シークレットサービスによって一時、避難させられたペンス副大統領にゆだねられた。トランプ大統領と決別したペンス副大統領の采配で、ようやく民主党のバイデン大統領の当選が確定した次第だ。アメリカ大統領は世界のリーダーとして位置づけられるが、連邦議会とは政策的な対立関係で設計されている。法案提出権もなければ、議会の討議に参加できるわけでもない。大統領は議会がつくる法律に縛られているのだ。予算でいえば、年頭の予算教書で議題設定を行い、どんな立法が行われるべきかの指針を示すに過ぎない。

 民主主義の殿堂の揺らぎは、一党独裁システムの優位性を主張する中国を喜ばす結果でしかなかった。開かれた連邦議会も、この事件を受けて警戒が厳重になり、これまでのように簡単に議事堂内に入れなくなるだろう。

 トランプ氏のおかげでプレスパスの取得も厄介になりそうだ。
湯浅 博(ゆあさ ひろし)
1948年、東京生まれ。中央大学法学部卒業。プリンストン大学Mid-Career Program修了。産経新聞ワシントン支局長、シンガポール支局長を務める。現在、国家基本問題研究所主任研究員。著書に『覇権国家の正体』(海竜社)、『吉田茂の軍事顧問 辰巳栄一』(文藝春秋)など。最新作に『アフターコロナ 日本の宿命 世界を危機に陥れる習近平中国』(ワック)。

関連する記事

関連するキーワード

投稿者

この記事へのコメント

2021/2/17 11:02

削除

トランプ前大統領は議事堂の侵入事件が起こる以前に1万人の州兵をワシントンDCに派遣することを提案していて、

何度もワシントン市警と州兵の派遣を申し出ていたけれど、そのたびに拒否されています。大手メディアがまともに伝えないから知らない人が多すぎますね。

すべてのコメントを見る (1)

コメントを書く