規格外の惨事

 すべてが規格外の惨事である。新型肺炎のことだ。世界保健機関(WHO)は「COVID-19」と命名したが、筆者は「中国隠蔽・(習)近平致死性肺炎」と名付けたい。隠蔽と近平の頭文字をとって略すと品がなくなるから、略さない。後者はともかく、公式の病名もまだ定着していないので、この稿では新型肺炎という表記のままにする。もちろん、感染者や死者を冒瀆するつもりはない。あらかじめ申し添えておく。
 世界中で増え続ける感染者と死亡者数、湖北省全域、北京、上海、重慶、天津という4直轄市、他にも80あまりの都市で都市封鎖、あるいは外出・移動規制という前代未聞の措置、機能不全のWHO(世界保健機関)、世界と日本に与える経済的打撃、日中関係への影響、東京オリンピック・パラリンピック開催への懸念……。養豚農家を震え上がらせた豚コレラ(豚熱、CSF)しかり、当世の災厄は中国からやってくる。

 一昨年3月、国家主席の任期を2期10年までとする規制を外す憲法改正をし、終身主席という禁じ手を打った習近平国家主席に天罰が当たったのか。新型肺炎は習政権だけでなく、中国共産党の一党支配を揺るがす、重大な政治危機を招いているようでもある。
 1911年10月に起きた辛亥革命の発端となった武昌蜂起も、武漢市が舞台だった。重症急性呼吸器症候群(SARS)が流行った際も、江沢民政権から胡錦濤政権の移行期だった。政権維持に神経を尖らす習氏の脳裏に、易姓革命という4文字がよぎってもおかしくない。
 習氏は新型肺炎との戦いを「人民戦争」と呼んで全人民に当局への協力を呼び掛けている。だが、そもそも一党支配下での人権弾圧、保身と責任逃れからくる隠蔽体質が招いた人災であることは間違いない。とりわけ今回の惨禍は、湖北省や武漢市における人民代表大会開催前の政治的安定を人命より優先させたという批判が中国国内でも起きている。

 2020年2月中旬時点で、中国国内の感染者は7万人以上、死者もSARSを上回る2000人近く、日本国内もクルーズ船客を含む160人以上の感染が確認されている。
 発生源の武漢市に滞在していた日本人男性は新型肺炎が原因で死亡した。本稿が出ているころには、これらの数字がさらに増えているのは間違いなかろう。

机以外の四つ足は食べる

 なぜ中国国内で疫病が流行るのだろうか──。
 ひと言でいえば、人と獣の距離が近いからだろうことは、素人目に見ても分かる。家畜との生活が日常で不衛生だとか、そういうレベルではない。食材として台所に上るのがふつうだという意味だ。
 日本人も、一部の欧米人から見たら卒倒するようなクジラだとか、生魚を寿司だ刺身だといって食べている。その欧米人も、ジビエとかいって、鳩やアライグマなど鳥獣を食べる。だから、お互い他国の食文化についてとやかく言えないのだが、中国人の場合、それにしても人と獣の距離が近すぎやしないか。筆者も小さいころから、中国では机以外の4つ足は何でも食べると教えられた。

 今回の新型肺炎も、武漢市の海鮮市場が感染源として疑われる。海鮮市場とはいえ、そこには竹を主食とするタケネズミ、ハクビシン、キツネ、コウモリといった野生動物が食用として販売されているという。武漢市の場合、約32キロ離れた郊外に国立の病毒研究所があり、そこの実験動物が逃げて家畜と接触したか、食用として市場に出回った疑いが浮上している。
 日本人からみればゲテモノではあるが、知人の中国人男性に言わせれば高級食材で、富裕層が好んで食すのだという。この中国人男性は、私の取材に対し、「春節で福建省に帰り、好物のタケネズミを食べようと思ったヨ。でも(新型肺炎で)帰れなくなったヨ」と残念そうに首を振る。この男性のイチ押しは猟犬のシェパードだ。両手で犬が走る格好をしながら、「走るから筋肉が締まっていて美味しいヨ。ドーベルマンも貴重で美味しいけど、シェパードの方が美味しい」のだそうだ。念押しする。彼の言っていることは足の速さではない。肉の旨味である。

 古くは14世紀に大流行したペスト(黒死病)も、中国の雲南省地方に侵攻したモンゴル軍がペスト菌を媒介するノミと感染したネズミを中世ヨーロッパにもたらしたことによって大流行したものとされる。度重なる戦争で、野獣など食料の現地調達に迫られる将兵や繰り返す飢饉に苦しむ人々がネズミなどの野生動物に手を出すことの繰り返しも、疫病を流行らせる背景になったと考えられる。
 最近では、2003年、中国南部の広東省を起源としたSARSがそうだ。感染源で疑われたのは、コウモリ、ハクビシン、タヌキ、ネズミだった。一昨年には、ヒト感染はしないが、アフリカ豚熱(ASF)が中国で大流行し、日本の水際まで迫っている。感染源はネズミなどの小動物の疑いが持たれている。

 日本では、この感染豚を食肉としてソーセージなどに加工し、その残滓(ざんし)を野生のイノシシが食べて、養豚場の豚に感染させるというルートが考えられている。
 今後、衛生環境がいかに改善されても、疫病発生の根本原因とみられる野獣を食べる習慣がなくならない限り、疫病発生の危険もまた、なくならないであろう。

医師の死が習政権揺さぶる

 若い男性医師の死が、中国共産党独裁体制を揺るがし始めている。医師の死をきっかけに、中国国民の悲しみと怒りの矛先が、中国政府、武漢市当局に向けられているからだ。
 医師は、武漢市の病院に勤務していた眼科医、李文亮さんだ。新型コロナウイルスの感染拡大について早期にインターネット上で警鐘を鳴らしていた。33歳だった。中国出身の評論家、石平氏によると、李さんは当局から摘発されただけではなく、地元武漢のメディアや中国中央電視台(CCTV)からも、「デマの流布者」と報じられた。

 李さんは処分後も病院で治療にあたっていたが、自身も感染してしまう。李さんが死ぬと、「素晴らしい医者に敬意を表する」「あなたは英雄だ」などと、李さんの行動を称賛するメッセージが溢れたという。一方で、「武漢の公安当局は公開謝罪すべきだ」といった、当局への怒りの声も噴出した。
 こうした動きに呼応し、上海の地方紙「新民晩報」は一面で、李さんのマスク姿を掲載して彼の死を追悼し、情報公開と透明性が必要と訴えて李さんを「吹哨人(警笛を鳴らす人)」と称賛した(2月10日付ニューズウィーク日本語電子版)。
 中国当局の動きも早い。李さんのことを「デマ流布者」として処分したネット上の批判の声を片っ端から削除する一方で、李さんの死を弔う態度を示した。中国外務省は定例記者会見で、李さんの死に哀悼の意を表明したのである。「李医師の名誉回復を示唆することで国民の憤懣を和らげ、事態の沈静化を図る狙いがある」(石平氏)のだという。

 驚いたのが、習近平指導部の路線への異論を唱えていた中国改革派の学者、精華大法学部の許章潤教授らの政府批判だ。北京大法学部の張千帆教授らは、言論の自由を求めた全国人民代表大会と常務委員会宛の書簡を発表したのだ。許氏は2018年3月に習氏が憲法改正して国家主席の任期制限を撤廃したことを批判したことで知られる。
 特筆すべきは、匿名による投稿ではなく、社会的な立場や知見のある人たちが、実名で抗議しているという点だ。石平氏は、言論の自由を求める声が、政治運動として中国社会と政治構造を大きく変えていく可能性があるという。

中国マネーの毒が回ったWHO

 WHOのテドロス事務局長がエチオピア出身で、中国の茶坊主に成り下がっている現状、一刻も早く更迭しなければ世界は新型肺炎の惨禍に悩まされ続けることになる。
 エチオピアが習近平国家主席が掲げる巨大経済圏構想「一帯一路」の優等生であることは世界中の知るところだ。中国による投資額は累計3兆円に迫る。
 テドロス氏自身、保健相や外相時代に中国との関係を緊密化させている。いったい、どれだけのチャイナマネーが懐に入っているのか知りたいところである。

 そんなWHOの緊急事態宣言が出るのを待って、出すべき指定感染症を宣言しなかった日本政府の初動対応は遅きに失した。
 指定感染症に指定すれば、強制的に医療機関へ入院させる措置や、一定期間、仕事を休むよう指示することができる。
 WHOは中国に調査団を派遣するというなら、現状視察に止まらず欧米の専門家に、武漢市郊外にある病毒研究所を査察するくらいのことをするべきではないか。先述したようにSARSやエボラ出血熱を研究するために2017年に開所したこの一部の施設の実験動物が逃げ、武漢市内の海鮮市場に出回ったという見方もあるのだから。

 現時点で証明できないすべてを単なる噂や陰謀論などと片付けず、中国は拒否するだろうが、間口を広げて調査すべきは調査させるよう、中国側に求めていくべきである。
 事態を矮小化する中国当局と、それにお墨付きを与えるWHO、情報弱者となった日本政府、日本国民の動きも鈍かったとは言えまいか。
 中国からの航空機や船舶の入国を制限するべきだとの主張に対し、人権上の立場から、差別や偏見を招くといった言説が当初、はびこらなかったか。神奈川県・箱根の土産物店が、「中国人お断り」の張り紙をした一件では、テレビのコメンテーターが寄ってたかってヘイトだ、差別だと、自衛手段だという店長の行為を公共の電波で指弾した。

 確かに、自分が中国人なら、こんな張り紙を見たら不快になる。だからコメンテーターの言うことにも一理あるだろう。しかし、張り紙をした店長を批判する人たちは、自宅のホームパーティーに、友人が連れてきた武漢帰りのマスクをした中国人を喜んで招き入れるだろうか。自分だけ安全な場所にいて、きれいごとを言うのでは、土産物店の店長を納得させられまい。

小さな「武漢」が東京湾に

 折から、日本には乗員・乗客3700名が乗る大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリセンス号」がやって来て横浜港で立ち往生している(※)。日本生まれの大型豪華客船だ。
 ※『WiLL』2020年4月号発売時(2月26日)の状況です。

 横浜港といえば、都心部と目と鼻の先だ。元NHKニュースキャスターでジャーナリストの木村太郎氏がフジテレビに出演し、「小さな武漢がそこにあると考えるべきだ」と話していたのが印象的である。
 乗員乗客は気を悪くするかもしれないが、失礼を承知で木村氏流に言えば、小さな武漢ではなく、もはや未知のウイルスを乗せた中国そのものが都心の鼻先にあると言った方がよかろう。
 これを日本の安全保障上の危機と言わずして何と言うのか。

 筆者は一昨年、鹿児島県・奄美大島を揺るがした大型クルーズ船寄港問題を現地に行って取材したことがある。中国人ら乗員・乗客6000人近くを乗せた大型クルーズ船をわずか35人の集落に寄港させる危険性に警鐘を鳴らすためだ。
 もちろん、大型クルーズ船による船旅は心身をリフレッシュさせ、日ごろの疲れをとる楽しい旅行となるに違いない。
 一方で、簡略化された入国チェックを悪用して日本に上陸して行方をくらますなどの事案も絶えず、密入国の温床になっている現実も報告してきた(拙著『静かなる日本侵略』ハート出版)。密入国者や工作員、ウイルスをも運んでくるのが大型クルーズ船なのである。
 新型肺炎を指定感染症などにする政令を2月1日施行に前倒しした日本政府は、香港発で入港予定のクルーズ船「ウエステルダム」に乗船している外国人の入国を拒否すると表明した。入国拒否は入管難民法に基づく措置だ。船内は濃厚接触になりやすく、異例の対応に踏み切った。

 東アジア近海には、ダイヤモンド・プリンセス号やウエステルダム号をはじめ、受け入れ港のないクルーズ船がさまよっている。気の毒としか言いようがない。
 日本人の多くが気になると思われるのが、習近平国家主席の国賓としての来日と、東京オリ・パラへの影響であろう。
 日本国内では国賓としての習氏の来日に反対する動きが活発だ。筆者も反対だ。ウイグルやチベット、香港を抑圧し、わが国尖閣諸島への軍事的挑発を止めない国のトップをなぜ、国賓として招かねばならないのかという当たり前の発想からだ。

来日可否の鍵を握る男(※)

 来日可否の鍵を握るのが、2月28日に来日予定の中国外交トップの楊潔篪中国共産党政治局員との事前調整だ。感染者数は習氏が国賓として来日する予定の4月に終息している保証はない。来れば双方が傷つくだけである。
 日本側から国賓として呼んでおいて「来るな」とは言えないだろう。ならば中国側に国内事情を理由に延期を申し出てもらうのがベターな選択と思われる。

 経済面でも、中国のサプライチェーン(供給網)が切れている。日産の九州工場は2月、中国からの部品供給が滞っているため、一時的に稼働を停止し減産体制をとった。ウイルス同様、サプライチェーンも目に見えにくく、その悪影響は今後ますます世界経済、日本経済にダメージを与えることになろう。

 一方、東京オリ・パラについては開催を危ぶむ声がある。国際オリンピック委員会(IOC)は米国の放送局と10大会分の放送権料として約1兆3200億円で契約しているとの報道がある。IOCには、おいそれと延期や中止にはできない台所事情というものもあるだろう。
 ただ、予定通り東京で開催されたとしても、マラソンの開催地が札幌市に移ったように、競技のいくつかが東京以外で分散開催されることもあり得る。延期や分散開催にでもなったら、一都市開催という五輪の意義が問われる事態になろう。
 中国共産党政権は、エチオピアの対中債務の利子を帳消しにするほど金が余っているらしい。新型肺炎でわが国が被った損害もしっかり賠償してほしいものだ。
※『WiLL』2020年4月号発売時(2月26日)の状況です。

佐々木 類(ささき るい)
1964年、東京都生まれ。早稲田大学卒業後、産経新聞に入社。地下鉄サリン事件で特ダネ記者としてならす。その後、政治記者となり、首相官邸、自民党記者クラブのキャップを経て、政治部次長に。4年間のワシントン支局長の後、2018年10月より論説副委員長。論説委員時代には、読売テレビ「たかじんのそこまで言って委員会」に出演するなど、産経新聞屈指の論客として知られる。著書に『日本人はなぜこんなにも韓国人に甘いのか』(アイバス出版)、『静かなる日本侵略』(ハート出版)などがある。

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