島田洋一:独裁者に独自抑止力を

島田洋一:独裁者に独自抑止力を

独裁者を止めるには、自らが力を持つしかない―
 1984年11月、神戸市内のゴルフ場で暴力団山口組の渡辺芳則組長(当時若頭補佐)のマナーを注意した男性サラリーマンに対し、ボディーガードの組員らが暴行を加え、全治45日の重傷を負わせる事件があった。

 その後の裁判で渡辺は、共謀共同正犯として懲役10月執行猶予3年の有罪判決を受けたが、この際の山口組顧問弁護士の言い分に呆れた記憶がある。

 しつこく絡んでくるサラリーマンを渡辺が何とか鎮めようと努めたが、なおも因縁を付けながら迫ってくるため、周囲が堪忍袋の緒を切らせ、手荒な真似に及んでしまったというのである。

 誰が見てもヤクザの集団である渡辺らに執拗に絡むサラリーマンがいようはずがない。
 裁判所がこうした主張を認めなかったのは当然である。

 昨今、プーチン・ロシアによる露骨な侵略を、ウクライナ側がロシア系住民を迫害し続けたせいだとか、ウクライナは無理な抵抗で犠牲を増やすのではなく、ロシアの要求を容れるべきだなどと説諭する評論家群を見ていて、思わずこのゴルフ場事件が頭に浮かんだ次第である。

 そうした評論家の代表たる橋下徹氏など、ワイドショー・コメンテーターというより、むしろ「国際暴力団の顧問弁護士」と呼ぶのがふさわしいのではないか。
 彼は、三浦瑠麗氏らと共に、北京五輪の外交的ボイコット(批判的意思の表明として最も低いレベルのもの)にも繰り返し反対した。

 現在は、対ロ制裁に関して、北京に頭を下げ、さまざまな懸案事項で譲歩しつつ協力を仰ぐべきだ、などと論じている。
 テレビに出てギャラを得続けるには、中ロ政府に睨まれたくないスポンサー企業群の意を迎えるのが賢明と計算しての振る舞いなのだろう。

 弁護士が犯罪者を弁護して収入につなげることを批判しても意味はないかも知れない。しかし、彼らをエース・コメンテーターとして使い続けるテレビ局の見識は鋭く問われねばならない。
島田洋一:独裁者に独自抑止力を

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「国際暴力団の顧問弁護士」か⁉
 プーチンや習近平への橋下流「すり寄りのすすめ」は独裁政治の本質を理解していない点できわめて危険である。

 今やプーチンは、独裁者病が昂じて現実が見えなくなった状態と言える。

 3月8日、米下院情報委員会でウィリアム・バーンズ中央情報局(CIA)長官が証言し、「プーチンに助言する側近グループは益々小さくなり、しかも誰一人異論を唱えられる状況にない」との分析を披瀝した。
 バーンズは、職業外交官出身で、ロシア語ができ、過去に駐ロ大使を含め複数回のモスクワ勤務がある。

 プーチンとも幾度となく面談しており、この冷酷で猜疑心の強い元情報部員の「経年劣化」を肌で感じうる立場にあった。
 傲慢と不安がスパイラル的に高まり、外に侵略破壊、内に弾圧をエスカレートさせていく段階にプーチンが入ったとすれば、もはや有志が蹶起して彼を無力化する以外に収束の道はない。

 経済制裁は、ロシア社会に独裁者への不満を充満させ、蹶起の可能性を増大させることに主眼がある。

 今秋の共産党大会で「掟破り」の総書記(国家主席)3期目、さらには終身独裁を狙う中国の習近平も、今後プーチン同様の独裁者病を悪化させていくと見ておかねばならない。日本を筆頭に自由主義諸国は抑止力強化を急ぐ必要がある。
島田洋一:独裁者に独自抑止力を

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積極的な情報発信を続ける安倍元首相
 2月27日、安倍晋三元首相がテレビ番組で、アメリカとの「核共有」の可能性を示唆し、新たな論争の火蓋を切った。

 プーチンが核兵器の先制使用をちらつかせ、のみならず実際に準備態勢を指示する暴挙に出た以上、責任政治家として安倍が反応したのは当然だった。

 核共有(シェアリング)は誤解を生みやすい言葉で、核のボタンを握るのはあくまでアメリカ大統領である。日本の意思で発射できる核兵器が得られるわけではなく、米大統領の使用決定後に運搬手段として同盟国の戦闘機その他も用いるというに過ぎない。

 安倍の真意は恐らく、広く抑止力一般に関する議論を活性化させることにあったろう。
 私自身は、数隻の核ミサイル搭載潜水艦を保有し、常時一隻が海洋に出る英国型の「連続航行抑止」を参考に、日本独自の抑止体制を構築すべしと考えている。

 核を使いかねない独裁国家、中朝ロと対峙する日本は英国よりはるかに危険な状態にある。

島田洋一 しまだ よういち
1957年、大阪府生まれ。福井県立大学教授(国際政治学)。国家基本問題研究所企画委員、拉致被害者を「救う会」全国協議会副会長。著書に『アメリカ解体』(ビジネス社)など。

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