【朝香 豊】中国の新戦略「双循環」を読み解く

【朝香 豊】中国の新戦略「双循環」を読み解く

 中国共産党の習近平総書記が「双循環」路線を打ち出し、10月26日から開催される中央委員会第5回全体会議(5中全会)では、これに基づいて2021~25年の第14次5カ年計画だけでなく、2035年までの長期目標をも策定するとしている。このため「双循環」路線に対する注目が集まっている。

「双循環」については、「国内大循環を主体とする」という表現に着目し、アメリカが世界経済の中から中国切り離し(デカップリング)を進める中で、外需依存経済から内需依存経済に経済構造を転換するものだという解釈が広がっているが、こうした見方については習近平自身が否定している。そもそも「双循環」では対内投資の障壁を低くして市場開放を一層進めるということも謳っているのである。


 では「双循環」をどのように理解すべきか。

「国内循環」=外資の取り込み/「国外循環」=一帯一路の強化

「双循環」はまず国内の民間企業に向けている側面がある。習近平は民間企業の自由を奪って国有化を進める「国進民退」路線を進めている。近年は中国国内の人件費が高くなってきたことから、中国の民間企業が相次いで工場を国外に移転させているが、中国政府は民間企業への国家のコントロールを強めて、これを止める動きに出ている。
「国内大循環」は国内で生産したものを国内で消費していく循環であり、それを裏返せば国内で消費するものは国内で生産したものに極力限定させていくということだ。

 さらにいえば、国内で生産されるものは外資のものでも構わないし、むしろ外国から技術をいただけるという点からも外資は大歓迎である。これから内需を拡大させていくので、ビジネスチャンスを逃したくない外資は積極的に中国に投資せよと呼びかけていると理解すればいい。「世界の工場」としての地位を維持し、さらなる「製造強国」への道を邁進する路線だ。アメリカが求める産業補助金の抜本的見直しなど「どこ吹く風」で、国内産業への支援策に変化はない。間違えてはいけないのは、「双循環」が謳っている「市場開放」は外国からもっとモノを買うという意味ではないという点だ。


 その上でハイアールやハイセンスやレノボなどのような中国ブランドをさらに育成し、中国から回って行く「国外循環」として世界で売っていくという路線を描いている。つまり、従来の西側の「下請け」的な地位から離脱することを狙っている。「国外循環」と一帯一路構想はリンクしており、一帯一路に参加して中国との結びつきを強めている諸国を中心としながら、中国ブランドを浸透させていくという路線だ。

 この「双循環」の鍵の1つは内需の拡大にある。中国は「新基建」(新型インフラ建設)を謳い、5G網の構築などのデジタルインフラ整備を国家主導で急ピッチに進める路線を描いている。これによりビジネスの利便性が向上し、多くの雇用も生まれ、内需が拡大することを狙っている。

デジタル人民元の危うさ

 もうひとつの鍵がデジタル人民元である。米中デカップリングの中で、中国はドル基軸の世界経済から排除される可能性を意識している。こうなると「国内大循環」も「国外循環」も人民元ベースで行うことを当然考えなければならない。

 ドルなどの外貨との交換性では人民元は非常に使い勝手の悪い通貨である。このため中国を相手とする輸出入においても人民元は大して使われておらず、国際決済通貨としての人民元の利用はまだ1.76%にとどまっている。だがデジタル通貨は送金の手間や手数料が圧倒的に小さく、この点では非常に高い魅力がある。このデジタル通貨としての魅力が外貨との交換性の悪さを補う魅力となることが期待されているわけだ。

 中国はすでにデジタル人民元の実証実験を深圳市などで開始し、世界に先駆けて流通させようとしている。デジタル通貨の利便性からデジタル人民元が「国内大循環」だけでなく「国外循環」でもどんどん使われるようになると、デジタル人民元を使用している国々はそれによって中国依存度が高まっていくことになる。こうして中華帝国の野望を実現するつもりなのだ。

「双循環」路線に幻想を抱くな

 この中国の「双循環」路線に、日本と世界はどう対峙していくべきだろうか。

 まず中国の「内需拡大」は幻想に終わる可能性が高い点を見落とすべきではない。中国の不動産バブルはすでに崩れ始めていて、「一級都市」である北京でさえマンション価格は15%割引が当たり前という状況だ。

 北京近郊の都市になると2017年比で概ね半額以下にまで下がっており、北京と天津の間にある永清県だとなんと3割を切るところまで下がっている。中国最大の銀行である中国工商銀行が扱っていて「安全」とみなされてきた不動産投資ファンドすら、償還できない事態が発生した。ここまで来ると人為的に不動産価格の下落を止めようとしても無理だろう。中国が「新基建」建設などに邁進するにしても、バブル崩壊に伴う連鎖的影響を食い止めるのは、甚だ難しい。とすれば、内需拡大を前提とする「国内大循環」は大して機能しないことになる。

 さらに外国技術をいただいて国内ブランドを育成していく方針であるわけだから、この点でも外資にはメリットはない。アメリカは「経済繁栄ネットワーク」(EPN)構想を推し進め、中国抜きのサプライチェーン構築を目指しているが、これは中国が推し進める「双循環」から離れたサプライチェーンだとも言える。北米マーケットを失わない意味からも、日本企業はEPNによるサプライチェーンに軸足を置くべきだろう。

 また、デジタル人民元への対抗策として、デジタルドルやデジタル円などの通貨のデジタル化の推進で遅れを取らないことだ。中国人民銀行(中国の中央銀行)がすべての取引を把握し、その情報を利用するデジタル人民元は、この観点で見れば実に恐ろしい通貨だ。西側は通貨のデジタル化で連携を取り、こうした西側デジタル通貨の中での自由な交換性を確保しつつ、この交換性からデジタル人民元を排除する方針を固めるべきだろう。外貨との交換性の高いデジタル通貨とそれがないデジタル通貨では、完全に勝負が決まる。西側が結束すれば、こうした対応策を取ることは可能である。

 ビジネス界を中心に、いまだに日本国内には中国に夢を抱く企業や人が多くいることは否めない。しかし、現実論からしても、ゆめゆめ中国の「双循環」には幻想を抱かないことが大切だ。
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朝香 豊(あさか ゆたか)
1964年、愛知県出身。私立東海中学、東海高校を経て、早稲田大学法学部卒。
日本のバブル崩壊とサブプライム危機・リーマンショックを事前に予測、的中させた。
現在は世界に誇れる日本を後の世代に引き渡すために、日本再興計画を立案する「日本再興プランナー」として活動。
日本国内であまり紹介されていないニュースの紹介&分析で評価の高いブログ・「日本再興ニュース」( https://nippon-saikou.com )の運営を中心に、各種SNSからも情報発信を行っている。
近著に『左翼を心の底から懺悔させる本』(取り扱いはアマゾンのみ)。

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