ボルトン回顧録が明かす安倍総理への信頼

ボルトン回顧録が明かす安倍総理への信頼

ボルトンの人柄

 私はジョン・ボルトン前米大統領安保補佐官とは五、六度面談したことがある。いずれも、拉致被害者家族会、拉致議連のメンバーと一緒だった。私は救う会の副会長の立場で同行した。最初に会ったのは2003年9月で、当時ボルトンは軍備管理・大量破壊兵器拡散防止担当の国務次官だった。
 
拉致問題で国務省高官と面談というと、会えるのは普通、東アジア・太平洋担当の国務次官補が限度で(それでも日本の外務省でいえば局長クラスの高官である)、国務次官はさらにワンランク上の存在である。
 しかも当時、ボルトンの担当分野は拉致を含む人権問題ではない。ただ私は、かねて氏の論説文を折に触れて読み、そこに「シンパシー」を感じていたので、 〝ダメもと〟で在米日本大使館を通じて面談を申し込んだ。

 すると意外にも、ほどなくオーケーの返事があり、国務省の上階にある同氏の執務室で約四十分面談した。飯塚繁雄拉致家族会代表、横田拓也、哲也兄弟が一緒だった。
 面談の中で、横田兄弟がめぐみさんの写真パネルを示しつつ「姉は13歳で北朝鮮に拉致された」と説明すると、ボルトン氏はみるみる顔が紅潮していき、体を前後に大きく揺すりながら「オー!」という唸り声を出した。「絶対に許せない」という同氏の言葉には〝実〟が感じられた。頭の回転が速く、ユーモアのセンスに溢れた、話していて愉快な人物だが、そういった熱い面も多分に持っている。
 
 6月23日に発売された氏の回顧録を、私は直ちにキンドル(電子版)でダウンロードし、興趣尽きないまま一気に読み上げた。
 氏の書くものは常にそうだが、本書も人物の評価軸がとてもはっきりしている。北朝鮮やイランのような独裁テロ国家や、中国のような先進ファシズム国家を相手に話し合いで懸案を解決しようとしても無駄で、それどころか時間を稼がれて状況が悪化するだけである、外交的、経済的、軍事的あらゆる圧力を強めて相手の体制を倒す以外にない、という強い信念をボルトンは持っている。その場合の軍事的圧力には、相手の対応次第で先制攻撃に出ることも含まれる。氏が反対派からしばしば危険人物扱いされる理由がそこにある。

 ともあれ、この信念に同意する度合いに応じて、ボルトンの人物評は定まっていく。

 本稿は紙幅の関係で北朝鮮問題に焦点を当てようと思うが、回顧録を通じて、ボルトンが最も高くその基本認識を評価しているのは、意外にも(というほど、実は何度も意見交換してきた我々には、意外でもないのだが)日本の拉致被害者家族会メンバーである。

信頼される安倍総理

2019年5月27日、令和最初の国賓としてトランプ大統領が来日し、家族会との面談の場を設けたとき、ボルトンも安保補佐官として同席していた。「家族の人々はトランプを前に遠回しな言い方はしなかった。ある人は『北朝鮮はあなたに噓をつき騙そうとしている』と言った。別の人が『北朝鮮は三世代にわたってテロ国家だ』と付け加えた」。
 その通り、よく言ってくれた、というボルトンの思いが行間から伝わってくる。

 北朝鮮問題でボルトンが家族会に次いで、その姿勢を高く評価するのが安倍晋三総理である。あえて「家族会の次に」と書いたのは、ボルトンが回顧録中で、安倍総理が立場上トランプの北朝鮮政策を手放しに近い表現で称賛するのはよく分かるが、トランプが誤解しないよう、分かりやすくクギを刺すことも必要だと述べているからである。

 もっとも安倍総理は、北朝鮮には軍事的圧力が何より重要であること、あらゆるオプションがテーブルの上にある(すなわち軍事力行使を含む)というアメリカの立場を支持すること、北の定義する「行動対行動」のペースに乗せられて中途半端な見せかけの措置と引き換えに制裁を緩和してはならないこと、核だけでなく生物・化学兵器の廃棄も求めねばならないこと、大陸間弾道弾だけでなく中・短距離ミサイルの廃棄も求めねばならないこと、などをトランプに対し繰り返し念を押している。

 ボルトンは、いずれも自分の考えと同じとした上で、「トランプには重要なポイントを何度も強調し、思い出させねばならないことを安倍はよく分かっていた」と安倍総理を評価している。
 なおボルトンは2007年に出した一冊目の回顧録でも、小泉純一郎総理が北朝鮮に騙されかけたが、安倍官房副長官(当時)が正しい判断で日本外交を正常な軌道に戻した、その安倍が総理になって嬉しかったと書いている。ボルトンの安倍評価の歴史は長いのである。

文在寅に対する侮蔑感

 一方、ボルトンが一貫して心の底からの侮蔑感を示しているのが韓国の文在寅大統領である。「近づくトランプ・金正恩会談に関する東京の見方は韓国のそれと180度違っていた。要するに東京と私の考えはほぼ一致していた」と事実上北のエージェントの役割を果たす韓国政府とは180度考えが異なると不信の念を明らかにしている。

 韓国政府は、事態は文在寅の創造的外交のもと平和的な南北朝鮮統一に向かっているという見せ掛けが欲しさに無原則に北に擦り寄り、まったく何の成果も生まず北の体制を生き延びさせただけの太陽政策を性懲りもなく再現させようとしていたというのがボルトンの見立てである。
 ボルトンが描くところのトランプも、文在寅には露骨に侮蔑的な態度を取っている。

 トランプは文在寅が話している最中にそれを遮って話し出したり、文在寅の言葉を通訳が英語に直そうとすると「何を言ったか分かっているから訳さなくてよい」と手で制止したりがよくあると米側関係者から聞いたことがある。ボルトン回顧録でも、トランプが文在寅を邪険に、あるいは適当にあしらう場面が何度も出てくる。

 たとえば2019年6月30日、3回目の米朝首脳会談のため南北境界地帯にある板門店を訪れる前、トランプ一行は韓国大統領府(青瓦台)で文在寅をはじめ、韓国政府高官と意見交換の場を持った。その中で、トランプが在韓米軍駐留費の韓国側負担を大幅に増やすように求めたところ、文在寅が「韓国は対米投資を増やしており、貿易収支のバランスは今やアメリカ有利に傾いている」などと説明し始めた。
 するとトランプは、「はっきり不満を体で表して、文に対してもっと早く話せというジェスチャーをし、われわれアメリカ側や韓国側の出席者に対し苛立った表情を見せた」という。

 そのしばらく後にも、「トランプは手を振り、肩をすくめ、ため息をつき、もう聴き飽きたという様子で明らかに先へ進みたがっていた」との記述がある。
 この会談場所が韓国の大統領官邸であることに注意したい。トランプはゲストとして招かれている立場であるわけだが、ホストが喋っている最中に「早く話せ。聴き飽きた」と不快感を露わにしているのである。

 同盟国に対して遠慮ない批判を展開し、型破りで知られるトランプだが、ボルトン回顧録を通じて、ここまでの扱いを受けた首脳は他にいない。やりとりを描くボルトンの筆致も明らかに文在寅に対して冷ややかである。

米朝会談の夾雑物

 米韓会談後、板門店に移動しての第3回米朝首脳会談は、G20会合で東京に来ていたトランプがツイッターで金正恩に呼び掛け、急遽決まったものだった。非人道的で信用できない独裁者相手に、こうした「急に会いたくなったので声を掛けた」風の外交はアメリカの理念に反するというのがボルトンの考えである。
「どこに迷い込むか分からないツイートが実際の会談に至り得るさまを見て、私は胸が悪くなった。もっとも、トランプの動機は、この前例のない非武装地帯での邂逅がメディアに報じられ写真が載ることだけで、実質は何も伴っていないはずと考えることで若干の慰めを得た」と皮肉を込めて書いている。

 一方、文在寅はこの展開に胸を躍らせ、何とか割り込んで、境界線の北から歩み寄ってくる「金正恩を自分が出迎えてトランプに引き渡し、立ち去る」という場面をつくりたいと米側に頼み込んでいる。加えて、板門店で会うのに韓国大統領である自分がいないのは不自然とも述べているのだ。
 しかしすでに二者で二度も面談しているトランプ、金正恩にとっては文在寅の「引き合わせ」など必要ない。二人で画面を占有する「歴史的場面」を演出するのが目的である以上、格下ないし手下に過ぎない文在寅の存在は目障りな夾雑物(余計なもの)でしかない。

 突然呼び出された中で、あえて出てきた金正恩の意図は、アメリカ大統領と対等かつ特別の関係にあると世界に向けてアピールすることにある(それが、ボルトンが米朝首脳会談に一貫して反対した大きな理由でもある)。文在寅にホストのような振る舞いをさせるなど論外であろう。
 トランプは文在寅に対し、「一緒に行こう。あなたは大いに映えるはずだ」とリップサービスしているが、「もちろんこれはトランプがわれわれに言ってきたところとは異なる」とボルトンは記している。

 即座に脇からポンペオ国務長官が、「文の考えを昨夜北に伝えたが、北が拒否してきた」と伝えると、トランプが「文にも是非その場にいてほしかったが、北が要請するところをそのまま伝えることしかできない」と付け加えた。これは「完全なつくり話」とボルトンは解説している。
 すなわち、トランプと金正恩だけで板門店パフォーマンスをする、文在寅は外すと事前に米朝で決めていたわけである。

 文在寅はなおも同席させてほしいと粘ったが、トランプはシークレットサービスが計画を立てたので、彼らの言うことを聞く以外ないと別の理由を出して謝絶した。「これまたつくり話」とボルトンは書いている。状況を察することができず固執する韓国側が愚かとはいえ、要するにトランプは文在寅をコケにしているのである。

 トランプは最後に、文在寅がソウルでトランプを見送り、板門店での米朝首脳会談が終わったのち、ソウル南方にある在韓米軍の烏山空軍基地で再び米韓首脳が会うという提案をするが、文在寅はあくまでトランプと一緒に板門店に行き、状況を見て対応を考えると返答した。
 このあたり、いくら踏まれても付いていく文在寅の粘着力には感心させられる。
 
 ところで青瓦台に向かう車中でボルトンは、写真撮影後の米朝会談について、北が大人数形式ではなく、双方とも首脳プラスワンの計4人で約40分の形を希望していると聞かされる。
 しばらくのちに、北のプラスワンは李容浩外相になると聞くので、米側はポンペオ国務長官が出ていくことになるだろうと告げられる。

 ボルトンはそれまで板門店に行くつもりだったが、単に脇で待機し、見守っているだけなら意味がないと、トランプ・金正恩会談が突然決まる前の計画通り、ソウルからまっすぐモンゴルの首都ウランバートルに向かうことにした。
 要するにボルトンも米朝首脳が会う場から外されたわけである。少なくともボルトンを排除したい北の意向にトランプは逆らわなかった。

 もっとも40分の会談と言えば、双方が話すのは20分ずつ、通訳の時間を差し引けば10分ずつである。お世辞をかわす時間を差し引けば、実質的には5分ずつ程度になる。
 おそらく今後も協議を続けていこうぐらいのやり取りだったろうが、ボルトンに歴史の記録者として参加してほしかったという気はする。

著書の信憑性

 ところでボルトンは、日韓の歴史問題にも触れている。2019年4月11日、文在寅一行がホワイトハウスを訪れた際、北朝鮮に関する話が一段落したとき、トランプが日韓関係はどうなっているのかと文在寅に尋ねた。
「文在寅は、歴史が日韓関係の将来に介入してはならない、しかし時々日本が蒸し返してくると言った」
 ボルトンはこのように解説を加えている。「もちろん歴史を蒸し返しているのは日本ではなく文在寅であり、自分自身の目的のためだ。私の見るところ、文は、他の韓国の政治指導者同様、国内で難局に直面すると日本を持ち出して問題にしようとする」。

 正しい認識であり、ボルトンがホワイトハウスを去ったのは、アメリカが核で北朝鮮に騙されないためにも、歴史で韓国に騙されないためにも、残念だったと言わざるを得ない。
 残念と言えば、回顧録の内容、出版後のボルトンの言動にも残念な部分がある。
 理念がなく不安定なトランプを再選させてはならないと言うのだが、これに米保守派は押しなべて反発している。ボルトンを裏切り者と呼ぶ声も強い。

 たとえば極左がアメリカ史を穢れたものと否定し、それに民主党が迎合ないし沈黙、せいぜい軽微な異議を唱える程度なのに対し、トランプは先頭に立って堂々と反論している。今年の独立記念日(7月4日)前後に行ったトランプ演説はいずれも立派な内容だった。

 中国共産党政権(以下、中共)に関してきわめて厳しい認識を示した画期的なペンス副大統領演説(2018年10月4日)は、トランプが逐一目を通したものだったと、ボルトン自身回顧録に記している。現代世界のガンというべき中共、北朝鮮、イランの独裁政権に対し、トランプは傾向として制裁を強めてきた。

「金正恩と恋に落ちた」といった節操なき発言は頻繁にあり、それがボルトンのような理念に潔癖な人物には我慢ならないわけだが、同時にトランプにはべたべた抱きつきながら経済制裁、軍事圧力を強める類の節操のなさもある。
 騙せるようで騙せないトランプは、おそらく独裁者にとって嫌な相手だろう。

 トランプは突如、宥和的方向に舵を切る可能性があるとボルトンは言うが、それは実証されていないうえに、民主党バイデン政権なら外交内政とも確実に左翼迎合に向かう。トランプがおかしな方向に行かないよう釘を刺すというのが、ボルトンが回顧録を急いで出した積極的意図だっただろう。
 しかし種々の行き違いから「首を切られた」感情的しこりもやはり記述のそこかしこに窺える。

 読み方に注意のいる、しかし有益な情報の宝庫というべき得難い本である。
島田 洋一(しまだ よういち)

1957年、大阪府生まれ。京都大学法学部卒業。同大学院法学研究科政治学専攻博士課程(修了)を経て、85年、同大学法学部助手。88年、文部省に入省し、教科書調査官を務める。92年、福井県立大学助教授、2003年、同教授。北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会副会長。櫻井よしこ氏が代表の国家基本問題研究所評議員兼企画委員も務める。著書に『アメリカ・北朝鮮抗争史』(文春新書)など。

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