「侵攻するつもりがない」のに軍を大量移動?

ウクライナ侵攻:「ロシア被害者/NATO悪者」論の愚

ウクライナ侵攻:「ロシア被害者/NATO悪者」論の愚

2大独裁者
 ロシアによるウクライナ侵攻について、連日様々な情報が飛び交っている。
 ロシア防衛省は一部部隊の撤収を発表したのに対し、NATO事務総長は撤収した証拠がないと答え、ウクライナ政府も「聞いた言葉ではなく自分の目を信じる」など懐疑的な見解を示した。
 現時点(執筆時点の2月16日)では今後の発展が不明だが、疑いようがない事実より、根拠が薄い陰謀論を広めている人が目立つ。
 まずは、「侵攻を煽っているのは米国の方だ」という主張。ロシア部隊の動きから説明したい。
ウクライナ周辺に軍を集結させるロシアの動き

ウクライナ周辺に軍を集結させるロシアの動き

 ウクライナに比較的に近い西部や南部のみならず、5000~8000キロ以上に離れている部隊まで明瞭な理由なくウクライナ国境に移動されたことは揺るぎない事実。

 それらを送ったのはバイデン大統領やNATOだろうか?
 もちろん違う、ロシア政府がやったこと。こういう行為は煽りのレベルをはるかに超えており、むしろ恐喝であろう。
 貴方は突然銃口を向けられて、「撃たないよ、練習しているだけ」と言われて安心できるだろうか?
 以前何度も約束を破った相手なら、なおさら心配になるのはしごく自然な気持ちだ。武器を振りかざしている殺人常習犯ではなく、「危ないよ」と大声で注意する人を批判するのは倫理的にも論理的にもおかしいではないか。むしろ、最悪のシナリオを想定して対策を取ることこそ危険回避の基本だ。

 また、「ロシアには侵攻するつもりはない」や「侵攻するメリットはない」と主張する人もいる。しかし、ロシアは2014年、領土保全や政治的独立に対する脅威、または軍事行使に対する安全保障が含まれていたブダペスト協定書及び国境線を定めたウクライナ・ロシア友好条約、そして武力による現状変更を許さないあらゆる国際法に反して、実際にウクライナに対して武力行使を行い、一部の領土を不法占拠した前例がある。

 8年にわたり、東部の分離派(自称 ドネツク人民共和国/ルハンスク人民共和国)に武器・資金を提供し、戦闘員の軍事訓練を行い、志願兵の派兵を続けており、侵略行為は現在進行中である。西側諸国から様々な制裁を課されて多大な損害を被(こうむ)っても、不法に盗った領土を1ミリも返してないし、東部での交戦も止まったことがない。

 つまり「ロシアが侵略するかどうか」という前提そのものが間違っている。侵略はすでに行われているのであり、今回の問題は限定戦争が全面戦争になるかどうかにすぎない。

「NATOが悪い」論の愚

 こういう背景がある以上、西側に責任転嫁するような言動は、ロシアのプロパガンダとしてみることが相当ではないだろうか。すでに述べた理由以外でも、「事実」をいくつか列挙したい。

・NATO兵は1人もウクライナ政府の許可なくにウクライナ国境を越えたことがない。ロシア兵はある。
・NATOはウクライナ領土を1センチも占領したことはない。ロシア軍とロシア軍の支援を受けているテロ組織はウクライナ領土の10%程度を今なお不法占拠している。
・NATO兵によって殺されたウクライナ人は1人もいない。ロシアによる侵略の結果で1万人以上のウクライナ人が殺された。
・NATOは武力をちらつかせてウクライナの外交方針を変えようとしたことはない。ロシアは現在でも国境に軍を移動させ、恐喝でウクライナ主権を侵害しようとしている。

 どう考えても、どちらのほうが平和を脅かしているのか、明らかではないだろうか?
「拡大を目指しているNATOが悪い」論も全く無根拠である。

 NATOは防衛のための同盟であり、他国に侵攻して無理やりNATOの一員にさせた前例はこれまで存在しない。

 他方、ロシアは1990年代、チェチェン共和国とモルドバ、2008年、ジョージア、2014年、ウクライナ、2022年、カザフスタン等に軍隊を送り、自らの意志で自立しようとする国を力で属国のままにしようとしてきた。

 昔から現在に至るまで、ロシアの脅威にさらされてきたそれぞれの主権国家が、再び占領されないために自発的にNATO加盟を希望しているのが現実だ。実際ウクライナでは、クリミア半島危機が起きる前にNATO加盟を支持していると答えたウクライナ人は33%しかいなかったが、ロシアに攻撃を受けた後、この数字は爆発的に伸び、現在は62%まで倍増している。
ウクライナ侵攻:「ロシア被害者/NATO悪者」論の愚

ウクライナ侵攻:「ロシア被害者/NATO悪者」論の愚

プーチンこそ罰すべきというデモ

中国がロシアを見習う恐怖

 現在、東ヨーロッパの国は2種類しかない。

①NATOに入っている国
②ロシア軍が勝手に居座っている国
 
 これは、東欧諸国が離れようとする理由について全く考えず、「独立願望があれば力で潰してやる」という、まさにロシアの覇権主義的な外交政策つくった状態である。離婚を告げられたらDVで妻を止めようとする男と変わらない思考パターンと言えるだろう。そして、こんな野蛮な行為で危険にさらされているのは東欧だけではない。

 ロシアがウクライナにかけている圧力を許す、まして屈することになれば、中国もそのやり方を見習い、今まで以上に武力行使や戦力誇示を躊躇(ちゅうちょ)しなくなる恐れがある。

「日本が憲法改正するなら沖縄近海に艦隊を送る」
「弾道ミサイル防衛を強化するなら先制攻撃も辞さない」
 などという言いがかりはいくらでもつけられる。
 
 つまり、外交努力を重視するようになった国際社会が、一気に19世紀のような状態=戦力誇示と武力行使で自分より弱いものを征服させることが良しとする状態に戻るということだ。

 ウクライナ問題で問われているのはウクライナという国の存在だけではなく、国際法に基づく世界秩序そのものだと言っても過言ではないだろう。力と軍事挑発による現状変更が認められるような世界では第3次世界大戦の発生は時間の問題だ。
 未然に防ぐには、現代の独裁国家が実行しようとしている侵略を防止しなければならない。
ナザレンコ・アンドリー
1995年、ウクライナ東部のハリコフ市生まれ。ハリコフ・ラヂオ・エンジニアリング高等専門学校の「コンピューター・システムとネットワーク・メンテナンス学部」で準学士学位取得。2013年11月~14年2月、首都キエフと出身地のハリコフ市で、「新欧米側学生集団による国民運動に参加。2014年3~7月、家族とともにウクライナ軍をサポートするためのボランティア活動に参加。同年8月に来日。日本語学校を経て、大学で経営学を学ぶ。現在は政治評論家、外交評論家として活躍中。ウクライナ語、ロシア語のほか英語と日本語にも堪能。著書に『自由を守る戦い―日本よ、ウクライナの轍を踏むな!』(明成社)がある。

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