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辞任に追い込まれた東京五輪組織委員会の森喜朗前会長
 アメリカでは保守とリベラルの対立が年々深刻の度を増している。大きな要因は、リベラル派があらゆる局面で振りかざすアイデンティティ・ポリティクス(差別強調政治)にある。

 すなわち、人種、性別、性的指向などの違いをことさら強調し、既存秩序を打ち壊すため「差別される側」に立つと主張する政治手法を指す。「警察対黒人」図式は、放火、略奪を伴った特に危険な一例である。

 その言葉狩り的側面がポリティカル・コレクトネス(政治的正しさ)で、日本でも最近、セクハラ、モラハラ同様、ポリコレの略称でよく目にするようになった。

 東京五輪組織委員会の森喜朗前会長(83歳)のうかつな片言隻句を「女性蔑視」と執拗に追及し、辞任に追い込んだのもポリコレの一環だろう。

「女性の理事は対抗心から競って発言し会議を長引かせる」という趣旨の森発言は、確かに不適当だ。私も様々な会合に出るが、そうした場面に出くわした記憶がない。果たして、しっかり裏付けがあっての発言だろうか。

 対抗心をむき出しにしたり無駄に話が長かったりする人物は少なからずいるが、男女を問わない。
 
あるいは森氏には、特定の女性たちに苦言を呈したい気持ちがあったのかも知れない。それなら一般論としてではなく、具体的に人名ないし会議名を挙げて批判すべきだった。個人を特定できた方が、相手も直ちに反論できる分、フェアである。

 仮に、「国会のカミツキガメ」の異名を取る蓮舫氏や粘着質の大阪弁で延々揚げ足取りに走る辻元清美氏のような女性ばかりを集めた会議があったなら、森氏ならずとも腹に据えかねるだろう。しかしそれは人選の誤りであって、人事を行った人間の責任をこそ問わねばならない。

 多くの心ある女性は蓮舫氏や辻元氏の態度に不快感を抱いている。「女性は」という言い方で二人を批判するなら、まともな感性を持つ女性たちからは当然「一緒にしないでくれ」と憤懣の声が上がるだろう。森発言はその意味で「あってはならない」性質のものだった。

 しかし、森氏が発言を撤回、謝罪し、メディアの吊し上げを甘受したにも拘らず、なおも「五輪精神」を蹂躙した、「絶対に許せない」と叩き続けねばならないような話だったか。

 犯した罪と罰のバランスを適切に取ることができるのが成熟した文明社会である。あの程度の失言で、それなりに功ある人物を徹底的に追い詰めるのが、果たして進んだ社会と言えるのか。むしろ自家中毒で衰亡する社会が見せる痙攣の一種ではないのか。

 森氏は、民主活動家の投獄やウイグル人の弾圧を命じたわけではない。「あんな男」が組織委トップでは日本は五輪の開催資格を失うというなら、習近平氏が実質的主催者である北京五輪など論外だろう。叩きやすい森は叩くが怖い巨悪には沈黙する、がメディア倫理であり「五輪精神」なのか。

 森氏に向けるべき言葉は「ミスは仕事で取り返せ」であり、厳正に正すべきはその仕事ぶりだったろう。

 森氏を非難した一人、立憲民主党の蓮舫代表代行は昨年4月、コロナ禍で困窮する大学生たちは「辞めたら高卒になる」と発言して「学歴差別」との批判を受け、「高卒で頑張っておられる方々に心からお詫びします。…使う言葉が全く駄目です」と自身のツイッターで謝罪した。

 森氏の「女性蔑視」発言が、どれほど謝罪しても許されない大罪というなら、蓮舫氏の「高卒蔑視」発言も同類だろう。潔く議員辞職すべきではないか。

 蓮舫氏は騒動の最中に「今日は衆参の仲間で白いスーツ。アメリカの女性参政権運動のシンボルで、組織委員会の会長への抗議の意味を込めています」とポーズを取った写真と共に発信した。
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蓮舫氏の「高卒蔑視」発言は許されるのか?
 ポリコレの濫用で分断を深めたアメリカの状況を冷静に見据えることなく、あっけらかんと猿真似する姿勢に驚かざるを得ない。

 ポリコレの本場アメリカは、実はしたたかな面も併せ持つ。興味深い事例を挙げておこう。

 リベラル派になお強い影響力を持つオバマ氏は、大統領に当選直後、その数年前に「行動遺伝学は理数分野で男性が女性を上回ることを示している」云々の、森発言を遥かに上回る失言で袋叩きにあったサマーズ元財務長官を、能力重視で国家経済会議委員長に任命した。経済方針の策定で要となるポジションである。

 重要な国家事業たる五輪の舵取り役を、「先進国における流れ」に追随したつもりでしゃにむに辞任に追いやった日本を、「何とひ弱なのか」と世界の具眼の士は冷ややかに見ているだろう。
島田 洋一(しまだ よういち)
1957年、大阪府生まれ。福井県立大学教授(国際政治学)。国家基本問題研究所企画委員、拉致被害者を「救う会」全国協議会副会長。

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