報道されない「安倍人気」

 令和3年7月4日に執行された東京都議会選挙は、前回の選挙で都民ファーストに奪われていた第一党の地位を自民党が取り戻すことに成功した。ただ、自公併せても過半数に届かず、自民党としては満足な結果ではなかった…という点ばかりがもっぱら言われている。

 しかし、報道などでは全く出てこないが、この選挙期間を通じて筆者が注目すべきと考える現象があった。再びの「安倍旋風」である。

 都議会選挙中は天候に恵まれない日が多く、都内はほぼ雨雲に覆われていた。それでも、安倍晋三前総理が自民党各候補の応援演説に駆け付けると、そのような荒天にもかかわらず多くの有権者が足を止めて演説に聴き入り、たちまち群衆となる状況が各地で見られたのである。
橋本琴絵:東京都議会選挙で再び見えた「安倍晋三」への大...

橋本琴絵:東京都議会選挙で再び見えた「安倍晋三」への大きな期待

応援演説は悪天候でも大盛況—
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 安倍氏の応援演説第一声の荒川選挙区では自民候補は落選したものの、大田区、墨田区、足立区など多くの選挙区では自民党候補の当選が続き、改めて「安倍人気」の現実を目の当たりにすることとなった。

 今回の応援演説は、日程が非公開であり「ゲリラ的」に行われた。これは、前回の都議選で安倍総理(当時)の応援演説日程を公開したところ、支持者だけではなく、いわゆる「反アベ」を唱える人たちが徒党を組み、横断幕や怒声などで有権者らが演説を聴取することを妨害したことを繰り返したくなかったからと想像できる。しかし、言い換えれば、今回安倍氏が登場した場所にいたのは「偶然、その場に居合わせた」人たちということになる。そのような元から熱心な支持者ではない有権者たちの多くが、雨天かつ高温多湿の汗ばむ不愉快な環境の中、安倍晋三議員の演説に足を止めて聴き入ったのである。

 マスコミが数年間にわたって報道した「モリカケ報道」など強烈な≪安倍バッシング≫があったにもかかわらず、このように聴衆を惹きつけた理由は何なのだろうか―

祖父より受け継いだ"硬骨"の政治家魂

 安倍晋三前総理のことを「極右」「戦争に導く」などと安易にレッテル張りする人たちはほとんど知らないだろうが、安倍氏の祖父にあたる安倍寛氏は、先の大戦の最中、昭和17年4月の第21回衆議院議員総選挙に「戦争反対」を公約にして当選した硬骨の政治家であった。
 憲兵や特高などが目を光らせる中、また、朝日新聞の数年間にわたる戦争煽動報道によって刺激された「米英撃滅」の国民世論の真っただ中、大政翼賛会とは真っ向から対立する政策を主張することが、どれほど勇気の要ることであっただろうか、現代に生きる私たちには想像もつかない。しかし、歴史的事実として、あの戦争の最中、安倍晋三前総理の祖父は日本の国力と米英の国力を比較し、愛国心ゆえに戦争反対を正々堂々と主張して選挙戦に臨んだのだ。
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橋本琴絵:東京都議会選挙で再び見えた「安倍晋三」への大きな期待

硬骨の政治家 安倍寛
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 当時の衆議院総議席は466議席あり(現在は465議席)、このうち全議席の約81%にあたる381議席が戦争を賛成する大政翼賛会推薦候補者の当選によって占められ、戦争反対派はわずか85議席に過ぎなかった。投票率も現代とは比べ物にならないほど高く、83.16%であった(直近の衆議院議員選挙は53.68%)。
 後世の私たちは大東亜戦争を「天皇と軍部が始めた」と修正された歴史観を習ったが、事実は違う。天皇や軍部が仮に戦争の意志を持っていたとしても、国民が選任した衆議院議員が「戦争予算」を可決しなければ、一機の飛行機、一隻の軍艦どころか、一発の銃弾も製造できないのである。確かに帝国憲法は議会が審議できない予算枠を定めているが、これは政府公債の利子支払いや郵便局の消耗品費用など国家運営の維持に必要な予算であり、戦争予算ではない。つまり、選挙結果からすれば、当時は「国民の多くが戦争を望んでいた」ということなのだ。
 そんな情勢下にもかかわらず、寛は大衆におもねらず、当選後は、公約の通り東条英機総理に対する批判を繰り広げ、東條内閣退陣要求と戦争の早期終結を衆議院で求め続けた。それは真に愛国心からの主張であった。

 現代人の目線から歴史の善悪評価をつけることは不適切な行為だとは思うが、結果として安倍寛議員の主張と当時の国民世論のどちらが日本の国益に適っていたかをみれば、アジア解放という歴史的偉業は別にして、多くの領土と多額の投資をしたインフラを失った事実から考えれば、言うまでもないであろう。
 一方で、その孫にあたる安倍晋三議員はどうか。日本国憲法施行以来、一度たりとも戦争の惨禍を経験していない平和な状態において、集団的自衛権に関する法整備、日米軍事同盟の綿密化など、いつ侵略戦争が起きても日本国の存立を守り抜けるような法整備を行った。

 最近では、新型コロナウイルスが蔓延した中国大陸からサプライチェーンの撤退を促進するため、その費用に対する公費負担制度を導入する等、その功績は日本憲政史に照らしても比類なき存在であるといっても過言ではない。


 読者もご記憶のことかと思うが、これらの政策推進時には大手マスコミが「安倍独裁」的な雰囲気を作り出したうえ報道し、相当なバッシングを繰り広げていた。世論におもねる政治家であればすぐに腰砕けとなって迎合したであろう。しかし、祖父寛の硬骨を受け継ぐ安倍氏は、決して屈しなかったのだ。
 私はここに、安倍晋三前総理が祖父・寛より受け継いだ「慧眼の対照性」をみるのである。それは、過去と現在の情報を統合して分析することで得る適切な「未来予測能力」によって、戦争の最中に平和を提唱し、平和の最中に防衛を提唱したことである。

 戦時に於いて平和を説き、平和において国の守りを説いた精神は、まさにラテン語の格言「Si vis pacem, para bellum」(平和を欲するならば戦争に備えよ)の後段「パラベラム」精神の具現化であると言えまいか。

再評価される安倍政権時の政策

 さて、安倍氏が推進した諸政策が当時の大きな批判にもかかわらず、現在では日本を守ることに貢献しているという事実は、国民から見て決して忘れられるものではない。冒頭で紹介した豪雨の中で安倍晋三議員の応援演説に聴き入った聴衆の存在と、まがりなりにも都議会自民党が第一党を回復した事実は、まさに「安倍」への期待が再び高まっている事実をあらわしているのではないか。

 昨年のコロナ蔓延時には遅滞なく検疫法を政令で発動して入国制限を行い、またアベノマスクを配布して買い占められていた国内のマスク価格を一気に下落させ流通の回復をはかり、かつ国民生活安定緊急措置法施行令の一部を改正する政令にてマスク転売に罰を課した安倍政権の功績は大きかった(一方で、アベノマスク配布時もそれをまるでバカにしたような報道が多かった点も思い出してほしい)。その安倍政権退陣と新型コロナウイルス感染再拡大に時間的連続性があることは決して偶然ではないであろう。
橋本琴絵:東京都議会選挙で再び見えた「安倍晋三」への大...

橋本琴絵:東京都議会選挙で再び見えた「安倍晋三」への大きな期待

当時は批判された「アベノマスク」
 先の都議会議員選挙の結果は、国民から安倍晋三議員への「感謝」が首都東京を決める一票に変じたものだとすれば―。来たる秋の総選挙に対し、このまま突入するのか、それとも救国政権を再組閣するのか、その有力な判断材料とすべきではないか。

 安倍氏は体調のこともあるため一概に私などが再登板を期待することは憚られるものの、実弟である岸信夫防衛大臣を含め、真の愛国心を受け継ぐ者へ対する国民の信頼が沸々と高まっている事実を今回の選挙を通じて確認できた。

 様々な評価のある選挙結果ではあるが、これを以て先の都議選の総括に相応しいものであると結論付けたい。
橋本 琴絵(はしもと ことえ)
昭和63年(1988)、広島県尾道市生まれ。平成23年(2011)、九州大学卒業。英バッキンガムシャー・ニュー大学修了。広島県呉市竹原市豊田郡(江田島市東広島市三原市尾道市の一部)衆議院議員選出第五区より立候補。日本会議会員。

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