テロリストの肩を持つ朝日

岩田 イラン革命防衛隊スレイマニ司令官が、イラクで米軍に殺害されました。アメリカとイランの報復合戦になるのではないか──緊張は高まり、世界各国で「第3次世界大戦」がツイッターの急上昇ワードになりました。イランが米軍にミサイル攻撃を仕掛けるなど、大規模衝突が懸念される事態となりましたが、さすがにイランもアメリカに対して全面的に戦争を仕掛ける暴挙には出られず、小康状態が保たれています。今回、極めて不思議だったのは、日本のメディアがスレイマニを称賛していたことです。イラン側の肩を持ち、トランプ政権に否定的な報道が目立ちました。

飯山 メディアはこぞって、スレイマニを「国民的英雄」としていますね。朝日新聞は「清貧の軍人」と紹介していた。スレイマニは、イラン政府の手先として数万人の市民の命を奪ったテロリストにほかなりません。にもかかわらず、その事実を隠蔽している。ふだん「人権」や「反体制」を掲げる朝日新聞が、市民の自由を奪っている革命防衛隊を擁護するとは矛盾も甚だしい。

岩田 なぜ、左派メディアは親イスラムの立場を取るのでしょうか。

飯山 イラン革命に遡ります。イスラム法学者のホメイニが指導した革命は成功し、親米王朝が倒れてイスラム共和国に体制転換(レジームチエンジ)した。ホメイニが唱えたのは「法学者による統治」。実はこれ、イスラム教シーア派の政治理論とマルクス主義を融合させたものです。

岩田 それにしても、唯一神を信じるイスラム教と、無神論で唯物論を唱えるマルクス主義とがどのように結びつくのでしょうか。

飯山 簡単に言えば、「アメリカ帝国主義の犠牲者よ、手を組んで戦おう!」と。イスラムと共産主義は、「反米」で共闘できます。西洋起源のリベラリズムや共産主義ではなく、西洋に起源を持たないイスラムという思想によって欧米の帝国主義を打ち破った。だから、左翼はイラン革命に熱狂したんです。

岩田 ようやく理解できました。「反米」という目的のためなら過激派とも手を結ぶ、左派の「反米」共闘なんですね。

飯山 ええ。いまだに左翼は、イスラムとの連携を唱えていますね。パレスチナの「ハマス」やレバノンの「ヒズボラ」といったテロ組織の暴力すら、アメリカやイスラエルへの「抵抗運動(レジスタンス)」と正当化してしまう。

イスラム教=平和のウソ

岩田 イスラム国(IS)の問題で興味を持ち、イスラム教について日本語で書かれた文献をけっこう読みました。ほとんどの本にイスラム=平和の宗教だと書かれています。

飯山 それが〝通説〟です。日本の中東イスラム研究者は、それしか言いません。過激派は特殊な人たち、つまり本来のイスラム教徒ではないと言い張っています。

岩田 でも私は常識で考えて、さすがにイスラム教とテロとが無関係なはずがないと感じていました。よくテロリストが、「アラーアクバル(神は偉大なり)」と叫んで殉教する。きっと『コーラン』にテロを肯定する記述があるはずだ、と疑っていた。

飯山 おっしゃる通り。この〝通説〟は客観的な論拠に基づいているわけでも、イスラム教の本質をとらえているわけでもない。メディアや専門家が「こうあってほしい」と思うイスラム像にすぎません。

岩田 「イスラム教徒は日本が好き」というのも、よく耳にします。これもフェイク情報ですよね。

飯山 2016年、バングラデシュの首都ダッカで、ISによるテロ事件が発生しました。人質に取られた日本人が「日本人だから撃たないでくれ」と懇願したものの、殺されてしまった。イスラム教徒=親日という〝通説〟を信じてしまったがために、死者が出ています。

岩田 そんななか、『イスラム教の論理』(飯山陽著、新潮新書)を読んで腹に落ちた。飯山先生は具体的なコーランの記述を示して、テロが神の啓示に従ったものだと指摘されている。

飯山 例えば『コーラン』には、「あなた方には戦争が義務づけられた」(第2章216節)「神も終末の日も信じない者たちと戦え」(第9章29節)と記されています。要するに、異教徒は殺害するか、屈服するまで戦うよう命じられている。

岩田 イスラム研究者が、そのことを知らないわけがない。なぜ、ひた隠しにするのでしょうか。

飯山 日本の学界に、イスラム教徒かリベラルしかいないからです。

岩田 リベラルの巣窟というのは、政治学の世界も同じです(笑)。例えば中田考先生も、イスラム教徒ですね。彼の著作も読みましたが、分析に主観が入っているように思いました。その点、飯山先生はイスラム教徒ではないから、冷静にイスラム教を客観視されている。

飯山 岩田先生もよくご存じでしょうが、日本では学問がプロパガンダと化しています。それが嫌だから、私は学会から距離を置くことにした。学問が歪められても気にならない人、自らプロパガンダに加担する人しか学会には残れません。

池上彰の〝トンデモ〟解説

岩田 芸人の中田敦彦さんが、「ユーチューブ大学」というチャンネルを運営しています。歴史や時事ネタを簡単に解説する番組は人気を博し、動画の再生回数は軒並み100万回以上。そこでも、イスラム教について誤った〝通説〟が流布されていました。

飯山 ご多分に漏れず、イスラム平和論です。ツイッターで反論すると、中田さんのファンから猛バッシングを受けました。

岩田 それはそれは、大変でしたね。中田さんの参考文献は、ほとんど池上彰さんの本だそうです。

飯山 実は私、池上さんの本をほとんど読んだことがありませんでした。ただ中田さんの件があったから、一応読んでみたんです。案の定、〝トンデモ本〟でしたが(笑)。「ジハードは本来、敵を殺すようなものではない」「イスラム過激派を生んだのはアメリカ」「アルカイダは世界的な反米ネットワーク」なんて書いてある。

岩田 驚くしかない。池上さん、とにかくアメリカが嫌いなんでしょうね。

飯山 中東諸国は、欧米に領土を占領・分割された歴史がある。かといって、反米イデオロギーがイスラム教に先立つことはない。たとえアメリカという国家が地上から消えても、過激派グループは解散しませんよ。一般の日本人は、あまりイスラムについて考える機会がない。あるとすれば、テロ事件のニュースを耳にしたときぐらいでしょう。だから池上さんは、イスラムの怖いイメージを払拭し、アメリカに責任転嫁しようとしている。なんなら、アメリカの同盟国である日本も悪いと言わんばかりです。

岩田 池上さんは中立的な解説者というよりも、左派イデオロギーの伝道師に成り下がっている。単純にイスラムを誤解している中田さんと違って、池上さんは意図的にフェイクを流している可能性がありますね。

飯山 池上さんの解説は、結論ありきなんです。例えばアメリカ政治を扱うとき、まずトランプ政権=悪という結論がある。「池上判断」が優先されるから、トランプ政権の良い部分と悪い部分が両方紹介されることはない。池上さんの番組を見ていると、世界で起こる災いの元凶はすべてトランプだと勘違いしてしまう。

岩田 一種の陰謀論に手を染めているわけですか。池上さんの番組では、露骨な「編集の詐術」がなされています。印象的だったのが、麻生太郎さんと菅直人さんの比較です。菅さんが麻生さんと違って庶民派だと言いたいのか、ラーメン屋で食事する菅さんを写真付きで紹介していました。違和感を覚えて新聞の首相動静を調べてみると、その月はラーメン屋の1日を除いて毎日、料亭や高級レストランを訪れていた(笑)。麻生さんだってラーメンを食べることもあるでしょう。完全に意図的な切り取り、印象操作です。池上さんは、中立な解説者を装っているからタチが悪い。多くの国民は、池上さんが拠って立つ「反自民」「反日」「反米」イデオロギーに気づいていません。

飯山 池上さんの本で、『知らないと恥をかく世界の大問題』(角川新書)というシリーズがあります。このタイトル、感じ悪いですよね(笑)。「オレの本さえ読めば教養人、読まないヤツは恥知らず」ってことですから。読者や視聴者にとって、便利な存在なんです。各分野を扱った本を1冊ずつ読むのは面倒くさい。そんななか、あらゆる話題について単純明快に解説してくれる人はありがたい。

岩田 「何でも知っている人」は、実は「何も知らない人」なんだと思います。池上さんはしたり顔で解説しているけど、実は収録前に必死で知識を詰め込んでいるんじゃないでしょうか(笑)。

飯山 池上さんの番組を見たサラリーマンが、「イスラム過激派はアメリカがつくったんだぞ」と同僚に知識を披露し、「お前、教養があるな!」と褒められる。そんな光景が目に浮かびます。こうしてフェイクニュースが拡散され、日本全体が左派イデオロギーに染まっていくんです。

もう一つの「普遍」

岩田 フランシス・フクヤマは『歴史の終わり』という本で、いずれ世界全体はリベラル・デモクラシーに向かうと予言しています。彼はイスラム教をどう見ているか。中東の一部で信じられている宗教に過ぎず、ベルリンやパリで生活する〝文明人〟がイスラム教に魅了されるはずはないと主張していました。総じてリベラルは、西洋的価値観が普遍的だと思いこみがちですね。しかし、こうした価値観が普遍的であると証明することはできません。神に従って生きることが正しいことだという価値観が論証できないのと同様に、リベラルな価値観があくまで普遍的だと信じ込むしかないわけです。

飯山 「リベラル教」とも呼べる過信がみてとれます。世界中でベストセラーになった『ファクトフルネス』(日経BP)の著者ハンス・ロスリングはスウェーデン出身ですが、彼にも「リベラル教」信者の一面がある。放っておけば世界はリベラル化するだろう、と楽観視している。しかし、我々が「普遍」と信じる価値観はイスラム世界では通用しません。神に与えられた啓示を基準に「正義」が定められ、その正義に服従するのが「正しいイスラム教徒」なわけです。自らの「普遍的価値観」を疑いたくないリベラルは、イスラム教という「もう一つの普遍」を必死に否定しようとする。

岩田 見たくない現実から目を背けているわけです。スウェーデンといえば、環境少女グレタ・トゥンベリさんの母国。どこか似たような雰囲気を感じますね(笑)。

飯山 もともとスウェーデンは、伝統を大切にする保守的な国柄でした。しかし、いまや率先して移民・難民を受け入れるほどリベラルに変容した。スウェーデン国民も変わったんだから、イスラム教徒もリベラリズムに染まる──ロスリングは、そう思っているんです。

岩田 エマニュエル・トッドは『文明の接近』において、国民の識字率が上がり出生率が下がると、社会から宗教色が薄まり世俗化すると主張しています。しかし識字率が上がって、『コーラン』の、我々からすれば非常に好戦的な章句を読める人たちが増えれば、むしろ社会は宗教色が強くなってしまうのではないか。とりわけインターネットを使えるようになれば、より過激な言説に魅せられる人が増える可能性もあるわけですが、彼はそこを見ようとしない。

飯山 近代以降、イスラム社会でも普通教育が導入され、識字率は上昇しました。それでも、イスラム法学者が知識を独占する状況は変わらなかった。膨大な啓示テキストを理解するのは、それほど敷居が高かったんです。流れを変えたのが、インターネットにほかなりません。

時代は「イスラム2.0」

岩田 『イスラム2.0』(飯山陽、河出新書)では、ネット社会でイスラム教徒の原理主義化=過激化が進むと指摘されていますね。

飯山 いまや、啓示の〝解説動画〟をユーチューブで誰でも見られる時代です。これまで宗教学者は政府の管理下に置かれていたので、民主的な統治と矛盾する発言は認められなかった。それがネットの登場、さらには「アラブの春」で統治体制が緩んだこともあって、一般信徒が啓示に忠実な言説に触れられるようになった。従来の役人化した学者の教えと、実際の啓示との乖離(かいり)も暴露されることになりました。

岩田 ユーチューブ動画に触発された人たちが、テロに手を染めるケースも増えていますね。

飯山 昨年4月、スリランカで250名以上が死亡するテロが起きました。その首謀者は、カリスマ的人気を誇っていた過激派説教師。彼は動画で、以下のように説いていた。
「神はこの世をイスラム教徒のために創造した」
「イスラム教徒に反対する者は誰であれ殺されるべきである」
「ヒンドゥー教徒もキリスト教徒も仏教徒も不信仰者であり、彼らには生存権はあるが、統治権を持つのはイスラム教徒のみだ。不信仰者はイスラム教徒の統治を認め忠誠を誓うという条件下でのみ生存が許される」
 このような〝正統〟な考えに影響され、若者たちが続々とテロリストに変貌していく。

岩田 私自身、ISの広報動画を見たことがあります。非常に洗練されていて、若いイスラム教徒が憧れるようなカッコイイ編集に驚きました。

飯山 ISを応援しているイスラム教徒は、私たちの想像以上に多い。イスラム国に参加するのは、高いハードルを越えなければなりません。家族を捨てないといけないし、戦場で死ぬ可能性も高いですから。ただ参加はせずとも、SNSでISの広報動画を拡散したり、お金を寄付したりはできる。

岩田 イギリスの政治哲学者バーリンは、「積極的自由」と「消極的自由」という二つの自由概念を示しました。日本人が一般的に「自由」と感じているのは後者で、誰にも干渉されず好きなことをできる「自由」です。対して積極的自由は、ある崇高な目的のために自らの欲望を抑え込み、自らを律して目的のために行動する「自由」を意味します。マルクスやレーニンが唱えたのは積極的自由です。共産党が無知蒙昧な民衆を指導することで、民衆は共産党に従っていることが自由なのだと説明していました。イスラム教は、神の啓示に従えば「自由」が得られると考える「積極的自由」を極端に推し進めた一つの宗教とみることができますね。

飯山 同じ表現でも意味が異なる言葉は多いから厄介です。日本人が考える「平和」概念は、価値観の異なる人たちが共存する状態。しかしイスラム教にとって、「平和」は全世界のイスラム化を前提にしている。人類みなイスラム教徒なら、ジハードは必要ないから平和になる。現状がそうでない以上、戦争は避けられません。イスラム教は「平等」な宗教だともいわれますが、奴隷が認められています。神がそれぞれにふさわしい役割と義務と権利を与えたことが「平等」であって、日本人が考える「同権」のような概念とは根本的に異なる。

岩田 4月、事実上の「移民政策」として悪名高い改正入管法が施行されます。今後グローバル化が進むなかで、日本人はイスラム教をめぐる議論を避けて通れない。「こちらの価値観が理解できない人たちなんだから、自由にさせておけばいい」ではダメです。上から目線の寛容にすぎませんし、何より日本人の安全が脅かされることになる。イスラム教徒を、話せば分かり合える相手だと思い込むのは危険です。安易に「ダイバーシティ」を唱えるのではなく、価値観の違いを認識したうえで、ほどほどに付き合っていくしかない。かつて学生団体シールズが、敵が攻めてきても、一緒に酒を飲んで語り合えば戦争は起きないと言っていました。そもそも、イスラム教徒に酒を飲ませたら大変なことになります(笑)。

飯山 必要なのはシンパシー=共感ではなく、エンパシー=異なる価値観を持つ他者の感情に対する理解です。

リベラリズムの破壊者

岩田 先進諸国が人口を減らすなか、高い出生率を誇るイスラム教徒は数を増やしている。2070年には、世界人口でイスラム教徒がキリスト教徒を抜いて1位になると予想されています。世界のイスラム化が、刻一刻と現実のものになりつつある。

飯山 フランスやスウェーデンでは、すさまじい勢いで人口転換が起こっています。2050年には、スウェーデンの人口の30%がイスラム教徒になるという試算もある。イスラム教徒が議会の過半数を占め、イスラム教徒の首相や大統領が生まれる日も遠くありません。

岩田 自治体レベルでは、イスラム教徒の首長も珍しくない。ロンドンのカーン市長は、パキスタン系です。

飯山 議会や閣僚ポストの民主的な〝乗っ取り〟が成功すれば、既存の法律を廃止してイスラム法で国を統治する、なんてことになりかねない。ISやアルカイダみたいな物騒なことをしなくても、世界各国にイスラム教徒を送り込めば世界のイスラム化は進む。実際、世界のイスラム諸団体はそれを目論んでいます。

岩田 欧州各国で、移民受け入れに反対する政党が躍進している。メディアは彼らを「極右」と呼びますが、果たして本当に極右か。政策や主張をみると、「政教分離を守る」など至極まっとうなことが書かれています。

飯山 メディアが「極右」と煽っているだけ。レッテル貼りにすぎません。近代以後、ヨーロッパにはリベラルな価値観が根付いて社会が成熟した。しかし、リベラリズムを否定するイスラム教徒を大量に入れた結果、雇用が奪われ、給料も上がらず、治安が悪化し、街の風景はガラリと変わってしまった。現状を憂える「極右」は、むしろリベラリズムを守ろうとしているんです。

岩田 リベラルは、自らの首を絞めていることに気づいていません。

飯山 とはいえ、メディアによるコントロールが効かなくなっています。メディアが「ナチの再来を許していいのか」と騒いだところで、選挙のたびに「極右」政党が議席を伸ばしている。昨年末のイギリス総選挙でも、多くのメディアや専門家がEU残留派の労働党が勝つと予想していた。ところが、フタを開けると保守党の圧勝。思い込みと願望に基づいて報道するメディアと、一般国民の感覚がどんどん乖離しているということ。EU離脱派の勝利を受け、日本の知識人は「イギリス人はバカになった」と論じていました。なんて失礼な!

贖罪意識につけ込まれるな

岩田 イスラエル人学者ヨラム・ハゾニーが、『ナショナリズムの美徳』という本を書いています。彼は世界の歴史を、各国の垣根を取り払って一つの主体による統治を目指すグローバリストと、あくまで国家という単位を大切にするナショナリストの争いだと解釈している。さらに冷戦後、EUとアメリカ帝国主義が世界を席巻した冷戦後の流れを踏まえたうえで、改めて国家の単位で人々がまとまることの重要性も説いている。「極右」政党の台頭、ブレグジット、トランプ政権の誕生……すべて時代の要請です。上から目線のメディアは時代に取り残され、いずれ誰からも相手にされなくなるでしょう。

飯山 イスラム教とリベラリズムが「水と油」だということは、さすがにバレてきています。オバマ政権は、ISとイスラム教は無関係だと言い張っていた。対してトランプ政権は、イスラム過激派のテロはイデオロギーの問題だと明言している。その認識がヨーロッパにも広がりつつあるなか、日本だけが現実から目を塞いでいる。

岩田 イギリス人記者ダグラス・マレーの『西洋の自死』で、日本は絶賛されています。欧米は、移民なしに繁栄を遂げた日本を見習うべきだと。ところが、この本が発売された月、日本の国会では入管法改正が通ってしまった。なんとも皮肉なタイミングです。

飯山 マレーは、西ヨーロッパの贖罪意識を問題視しています。世界中で起こっている紛争や諸問題は、すべて自分たちの過去の行いに原因があると思ってしまっている。その心の隙につけ込まれて、移民を受け入れざるを得なかったと。日本人のメンタルに共通する。

岩田 慰安婦や徴用工、靖國参拝で防戦一方の日本政府と同じですね。

「常識」が問われる

飯山 欧米の自称〝リベラル〟は、本来のリベラリズムとは別物になってきています。アメリカの民主党もそうですが、自由や民主主義ではなく平等に重きを置くあまり、いまや共産主義と区別がつきません。

岩田 ジョン・ロールズの『正義論』以来、「リベラル」の意味が変質してしまった。日本では立憲民主党や共産党が「リベラル」といわれます。でも本来のリベラルとは、左右の全体主義に抗(あらが)った河合栄治郎のような人たちです。

飯山 私自身、古典的な意味のリベラリストだと思っていますが、メディアと教育界を支配するリベラルには与しません。「いい人」でありたいと願う多くの日本人につけ込んで〝リベラル仕草〟を浸透させ、徐々に社会の分断を図る──彼らの実態は、ただの左翼です。

岩田 いまリベラルを自称している人びとの本質は偽善者なんです。パレスチナ人にもイスラエル人にも、人権は平等に与えられている。ところがリベラルは、時と場合によって「人権」を使い分ける。パレスチナの子供たちが殺される場面では深い同情の念を示す一方で、イスラエル国民が殺害されることには冷淡。同じ人間である以上、人権の観点からは同じように論じられるべきです。

飯山 自分の主張は「表現の自由」で、都合が悪い言説は「ヘイト」とレッテル貼りします。欧米では、メディアだけでなく政治家・官僚レベルでイスラム教徒による犯罪を隠蔽している。ヘイトと言われるのを恐れて公表しないんです。

岩田 本当のことを言うことすら憚られる世の中になってしまった。

飯山 イスラム教を批判するとヘイト認定されますが、イスラム教徒によるユダヤ人やキリスト教徒への罵倒は許される。

岩田 アメリカでも、黒人やヒスパニックはヘイト対象で、白人は当てはまらない。自治体が続々と制定し始めているヘイトスピーチ禁止条例でも、日本人への罵倒はヘイトにならない。こんな二重基準(ダブルスタンダード)が許されていいのか。

飯山 ヘイトについて書かれた本を読むと、被抑圧者がヘイトの対象になるそうです。少数者(マイノリティ)でも、特権階級への悪口はヘイトにならない。在日米軍に「ヤンキーゴーホーム」と言ってもヘイト認定されないのは、そういう論理に基づいているからでしょう。

岩田 昭和天皇の顔写真が燃やされた「表現の不自由展」なんて、日本人へのヘイトそのものですよね。リベラルが卑怯なのは、本当に弱者を虐げる権力にはダンマリなところです。殺されるのが怖いから、金正恩や習近平、もっと言えば、ムハンマドの肖像は絶対に燃やさない。人の写真を燃やすような表現の自由を認めるべきではないと思いますが、「表現の自由」を最大化するのならば、論理的には写真を燃やしてもいいことになる。でも、彼らは絶対にそういうことはしません。自らを安全地帯に身を置いて、命の危険は冒さない。反撃できない皇室だけを狙い撃ちにしています。所詮、その程度の覚悟なんです。

飯山 表現の自由は、権利としては無制限。ただ、それをどう行使するかは最低限の「常識」が問われます。しかも、世界中の人が「常識」を共有しているわけではない。法律に「昭和天皇の肖像を燃やしてはならない」と書く必要はないけれど、それが誰かの心を傷つけることは知っておかなければなりません。超えてはならない一線を判断するために、教養を身につける必要があります。

岩田 ただ、常識や教養って意外に難しい。少なくとも、池上さんからは学べません(笑)。


飯山 陽(いいやま あかり)
1976年、東京都生まれ。イスラム思想研究者。アラビア語通訳。上智大学アジア文化研究所客員所員。上智大学文学部史学科卒。東京大学大学院人文社会系研究科アジア文化研究専攻イスラム学専門分野単位取得退学。博士(東京大学)。現在はメディア向けに中東情勢やイスラムに関係する世界情勢のモニタリング、リサーチなどを請け負いつつ、調査・研究を続けている。著書に『イスラム教の論理』(新潮新書)がある。

岩田 温(いわた あつし)
1983年生まれ。大和大学専任講師。早稲田大学政治経済学部政治学科在学中に『日本人の歴史哲学』(展転社)を出版。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。著書は『平和の敵 偽りの立憲主義』(並木書房)、『「リベラル」という病 奇怪すぎる日本型反知性主義』(彩図社)など。最新刊は『偽善者の見破り方』(イースト・プレス)。

岩田さんの『WiLL増刊号」 出演回はこちらから

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