谷本真由美:「データ」が国民の命を守る

谷本真由美:「データ」が国民の命を守る

 日本では着々とワクチン接種が進み、ついに接種率でアメリカを超えた。その一方で、コロナをめぐって日本の弱さが炙り出されることも多い。それは国民の希薄な当事者意識、行政の戦略の欠如である。典型例が今年の夏に開催された音楽イベントだった。千葉県や愛知県、埼玉県などでは、なぜか大規模なコンサートが許可されていた。

 とくに酷かったのは8月29日、愛知県常滑市で開催された野外音楽フェス「波物語2021」なるヒップホップのコンサートである。主催者が開催許可を取得するにあたって、愛知県はマスク着用の徹底や参加者間の距離保持、アルコール提供の自粛などを要請していた。しかし、当日そういった要請は完全に無視されてしまった。

 会場ではアルコールが提供され、マスクをきちんとつけている観客は少数派にとどまった。大勢の若者がソーシャルディスタンスなど完全に無視した密集状態で集まり、大声を上げて騒いでいたのである。

 緊急事態宣言下においてコロナ防疫を無視する観客に対して、注意する出演者も少数だった。主催者、出演者、観客のコロナに対する意識の低さが露呈した格好である。

 常滑市の伊藤たつや市長や愛知県の大村秀章知事も同イベントを批判したが、そもそもイベントを許可するべきではなかった。

 今年の夏、イギリスをはじめ欧州でもいくつか大規模なイベントが開催されてはいるが、日本とは大きな違いがあった。基本的に観客はコロナのワクチン接種を2回済ませていて、接種証明書の提示が必須となっているイベントも少なくない。入場の直前、24時間から72時間前までにPCR検査か抗原検査を受けて、陰性であることも参加条件に含まれていたりする。

 こうした条件があるため、欧州ではPCR検査を受けられる民間施設があちこちにあり、価格は5千円から1万5千円とリーズナブルだ。私の住んでいるイギリスの町でも検査屋が激増していて、美容院や服屋、サンドイッチ屋が商売替えをしている。
 
 イギリスのような国民皆保険の国は、国民の健康データを一括で把握しているため、誰がワクチンを打ったか、どのイベントに行ったか、PCR検査の結果がどうだったかがすべてわかるようになっている。
谷本真由美:「データ」が国民の命を守る

谷本真由美:「データ」が国民の命を守る

英国の検査センター
 国民皆保険の国は自己負担が少ない、もしくは無料の医療を提供する代わりに、国が医療データを一括して管理して、感染症対策や研究などに生かすのが当たり前である。

 国が提供するサービスに対して、国民もそれが円滑に進むように自分のデータや労力を提供するという「トレードオフ」が成立している。自分たちの税金が使われる以上、それが効率的に活かせる方法があれば協力する。自分は何ができるかという当事者性が強い。

 無料でサービスを受けるだけではなく、そこには「国民の義務」が発生している。「タダのランチはない」という考え方が強い欧州らしいやり方である。

 イギリスで大規模イベントが開催された際、誰がどこでコロナに感染したかが即座に判明した。そして、非常に正確な感染データが得られた。政府は国民の身長・体重、人種、年齢、住所、性別、既往症、治療歴、投薬歴……あらゆる個人情報を知っているので、ワクチンを打っても感染、重症化しやすい傾向があるのはどんな人たちかということもわかる。

 コロナという未知のウイルスに関するデータを積み上げながら、欧州各国は行動制限を緩めて「普通の生活」に戻ろうとしている。欧州はGDPRというEU全土にわたる個人情報管理の規制があり、日本よりも規制は遥かに厳しい。それでも、このような施策が可能となっている。

 日本の左翼やマスコミはなぜかこの事実を伝えないが、規制が厳しい国でも可能だということは知られるべきだろう。

 ところが日本では左翼を中心に、政府が国民の健康データを管理するのはケシカランという風潮がある。そのせいで、国民皆保険を導入しているにもかかわらず、戦略的な医療行政が実現していない。
 
 自民党新総裁=次の総理大臣は、左翼の言うことなど無視してエイヤッで欧州のような戦略的なデータ活用を実行すべきである。今はコロナという強力な敵との戦争中である。データがなければ国民の命を守ることはできない。
谷本 真由美 (たにもと まゆみ)
1975年、神奈川県生まれ。シラキュース大学大学院にて 国際関係論および情報管理学修士を取得。ITベンチャー、コンサルティングファーム、 国連専門機関、外資系金融会社を経て、現在はロンドン在住。日本、イギリス、アメリカ、イタリアなど世界各国で就労経験がある。ツイッター上では「May_Roma」(めいろま)として舌鋒鋭いツイートで好評を博する。

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