ウクライナを巡り、情勢が緊迫している。米国と欧州は軍事侵攻があれば経済制裁で対抗する構えだが、当の欧州のロシア産ガスへの依存が足枷になっている。このロシア依存は欧州の無謀な脱炭素政策がもたらしたものだ。

 「ロシア」を「中国」に置き換えると、日本も脱炭素政策によって鉱物資源の中国依存が進んでおり、明日は我が身になる可能性がある。鉱物資源供給を停止すると恫喝されたとき、日本は中国に逆らえるのだろうか。脱炭素政策は一時停止(モラトリアム)とし、エネルギー政策を緊急に再考すべきだ。
ウクライナが「脱炭素政策」の犠牲に 日本も急ぎ政策再考を

ウクライナが「脱炭素政策」の犠牲に 日本も急ぎ政策再考を

「脱炭素」政策の恩恵を一番受けているのはプーチン?

EUのロシアガス依存でウクライナが犠牲に

 ウクライナのNATO加盟は絶対に認めないとして、プーチンは国境沿いに10万を超える軍を展開している。米国とEUはこれに対して経済制裁で対抗するとしている。

 ロシアの経済は、資源、なかんずく石油とガスの輸出がその柱となっている。財政もそれに大きく依存している。だからこの輸出が滞ると大きな打撃となる。金融制裁などの方法で、実際にこの輸出を止めることが出来ると見られている。
ロシアの輸出構造(2019年)。石油・ガス等が半分以上...

ロシアの輸出構造(2019年)。石油・ガス等が半分以上を占め(左、茶色)、輸出先は主に欧州だ(右、紫色)。

 しかしこのガス供給が止まると、じつは、欧州と英国も破滅するのだ。

 ロシアはパイプラインによって、欧州のガス輸入量の約40%を供給している。もしもこれが、米国や欧州の制裁によって停止すればどうなるか。

 欧州の全域にわたって、暖房用燃料が不足する。真冬の欧州では、これは多くの死者すら意味するだろう。ガスは配給制になるかもしれない。製造業は操業停止を余儀なくされる。日本では工場の燃料は主に石油だが、欧州ではガスを用いている場合が多いからだ。コロナで傷んだ経済とサプライチェーンにさらなるダメージを与えるだろう。

 以上のような、EUはロシアのガスなしではまともに生活できないという構図があるため、いざと言うときに米国とEUがどこまで本気でロシアに経済制裁を出来るかは、多いに疑問視されている。ドイツは特にロシアのガスにどっぷり依存している。このためドイツはウクライナ問題についてロシアに対し弱腰で、米国の保守系メディアからは、同盟国として頼りにならない、と言われる始末である。
ウクライナが「脱炭素政策」の犠牲に 日本も急ぎ政策再考を

ウクライナが「脱炭素政策」の犠牲に 日本も急ぎ政策再考を

ロシアからのガス供給が止まれば、欧州の厳冬はとても乗り切る事が出来ないであろう―

ロシア依存を危険水準に高めたEUの「脱炭素政策」

 それにしても、なぜ欧州は危険なまでにロシアのガスに依存するようになったのだろうか。

 EUは「気候危機」説に取りつかれ、脱炭素に熱心だった。そして、石炭火力発電所が次々と縮小され、ガスへの依存度が高くなった。

 多額の補助金を受けた太陽光発電や風力発電も、太陽が照らないとき、風が吹かないときにはガス火力発電でバックアップしなければならない。2021年の夏から秋にかけて、風の弱い日が続き、ガスの需要と価格が高騰した。

 ガスの需要が増えるにしても、本来はEUはこれほどロシアに依存しなくて済んだはずだ。なぜなら、EUや英国にもガスは豊富に埋蔵されているからだ。

 だが脱炭素運動の高まりを受けて、先進国の石油・ガス企業(International Oil Companies)は、環境運動家や金融機関などの圧力を受け、資源開発は停滞してきた。
 
 また米国のガス市場に革命をもたらしたシェールガス採掘技術を、EU諸国は事実上禁止してしまった。採掘に伴う地下水汚染などが理由である。

 それを尻目にシェールガスの開発によって米国は世界一の産ガス国となり、ガス価格の水準は極めて低くなった。欧州のシェールガスの埋蔵量はじつは米国と同程度と豊富である。これを米国並みに開発していれば、今日のロシア依存はありえなかった。

 更に、ドイツなどの反原発運動もガス依存の高まりに追い打ちをかけた。ドイツは、エネルギー危機が顕わになった2021年12月に3基の原子力発電所を停止した。この2022年中にさらに3基の原子力発電所が停止される予定になっている。

 以上の結果、欧州ではガスの備蓄が乏しい状態でこの冬を迎えた。ロシアは、以前から長期に渡って契約した分については、忠実にガス供給を履行している。しかし、それ以上のガス供給については、それを故意に出し渋ってエネルギー危機を煽っているとEU諸国は非難している。ただしそのような事実はないとロシアは否定している。

 いずれにせよ、いまのウクライナ危機の構図を見ると、ウラジーミル・プーチンこそが、EUの脱炭素政策(と反原発運動)からの最大の受益者となっているのだ。
ウクライナが「脱炭素政策」の犠牲に 日本も急ぎ政策再考を

ウクライナが「脱炭素政策」の犠牲に 日本も急ぎ政策再考を

いくら「反プーチン」を唱えても、ガス問題がある限りは有効的な制裁策は打てないのか―

明日は我が身の日本 急ぎ政策再考を

 いま欧米は、ウクライナ紛争がエスカレートした場合に備えて、大慌てで世界中の液化天然ガス(LNG)をかき集めている。こうなると、もはやCO2などどうでもよいようだ。(皮肉なことに、英国とEUが2021年末の国連気候会議でさんざん脱炭素せよと圧力をかけた豪州こそがいまやLNG供給の頼みの綱だ)。

 今回のウクライナ情勢がどのような帰結になるかは予断できない。しかし、EUのロシアからのガス供給への過度の依存に見直しが入ることは必至だろう。LNGの更なる利用、先進国多国籍企業によるガス資源開発の復活、原子力発電の利用、そして、脱炭素政策の見直しまで視野に入ってくるのではないか。
 翻って日本はどうか。

 極端な脱炭素、再エネ最優先、そして原子力推進の停滞によってエネルギー安全保障、ひいては国の独立や安全すら危機に陥りつつあるのは、欧州と同様だ。いま日本は脱炭素政策を一時停止(モラトリアム)とし、緊急にエネルギー政策を再考すべきだ。

 論点はいくつもあるが3つに絞ろう。

 まず第1に、原子力の再稼働を加速することだ。これにより国際的なLNG価格の高騰がもたらす経済的影響を軽減できる。のみならず、国際的なLNG不足を緩和して、より多くのLNG船をEUに向かわせることで、EUのエネルギー危機の救済にもなる。

 第2に、石炭火力の位置づけを見直すことだ。いま日本のエネルギー計画では石炭火力はお粗末な役割しか割り当てられていない。2030年までの発電電力見通しを引き上げ、長期的に安定で、安価な石炭調達を実現するべきだ。

 第3に、脱炭素による中国依存を回避すべきだ。脱炭素政策は、脱物質ではなく、その真逆である。とくに心配されるのが、電気自動車EVである。EVは石油は使わなくなるかもしれないが、その分、バッテリー製造の為の鉱物資源は大量に必要になる。

モーター製造のために大量に必要とされるレアアースであるネオジム、バッテリー製造の原料であるコバルトなどは、世界において中国企業が圧倒的なシェアを持っている。

 中国が周辺諸国、例えば台湾を威圧するときに、日本や米国はどのように対抗するのだろうか。武力はもちろん一つの手段だが、米国とてそう簡単に武力には訴えない。すると金融制裁を含む経済制裁ということになるが、そのときに「中国からの資源供給が止まるとなれば、日本の産業が壊滅する」という構図になっていれば、経済制裁も簡単には出来ない。

 つまり、ガスについてロシア、ドイツ、ウクライナの間で成立していた力学が、そっくりそのまま、レアアースについて中国、日本、台湾の間でも成立するという訳だ。

 同じ事は台湾を尖閣に置き換えても当てはまる。

 脱炭素一本やりの現行のエネルギー政策は、独裁政権に力を与え、民主主義を滅ぼそうとしているのではないか。根本から見直すべきだ。
杉山 大志(すぎやま たいし/キヤノングローバル戦略研究所研究主幹)
キヤノングローバル戦略研究所研究主幹。温暖化問題およびエネルギー政策を専門とする。産経新聞・『正論』レギュラー寄稿者。著書に『脱炭素は嘘だらけ』(産経新聞出版)、『15歳からの地球温暖化』(扶桑社)、『地球温暖化のファクトフルネス』『脱炭素のファクトフルネス』(共にアマゾン他)等。

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