共和党が"ウイルス起源"報告書を提出
作成したのはテキサス州選出の下院議員、マイケル・マコール議員(Micheal.T.McCaul)で、「新型コロナウイルスの起源ー武漢ウイルス研究所に関する調査書」と題する報告書を、下院の外交委員会の共和党側のトップとして、アメリカ連邦議会第117回議会に提出した。
バイデン大統領が示した期限は5/26の90日後だから8/24。だから今、CIA、FBI、NSA(国家安全保障局=デジタル情報の収集・分析を担当)、DIA(国防情報局=国防総省傘下の情報機関)など、アメリカの名だたる情報機関が、総力を挙げてウイルスの起源についての情報をまとめている最中なのである。
浅すぎる日本の報道
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[共同]
【ワシントン共同】米下院外交委員会ナンバー2のマコール議員(野党共和党)は2日、新型コロナウイルスの起源に関する報告書を発表し「中国・武漢のウイルス研究所から流出したことを示す多くの証拠が見つかった」と主張した。流出時期については「2019年9月12日より前」としている。
中国外務省の報道官は3日、「でっち上げのうそとゆがめられた事実に基づいており、証拠も出せていない。全く信頼性がない」と強く非難する談話を発表した。
ウイルスの起源を巡っては、バイデン米政権(民主党)も研究所漏えい説と動物を介した感染説があるとして、情報機関に追加調査を命じた。
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通信社の原稿にありがちな、事実だけを伝えるアッサリした外電だ。これに対して、産経新聞の黒瀬悦成支局長は、もう少し詳しい記事を書いた。
[産経]
【ワシントン=黒瀬悦成】
米下院外交委員会のマッコール筆頭理事(共和党)および同党スタッフは2日、新型コロナウイルスの起源に関し、「新型コロナを研究していた中国湖北省武漢市の研究所から流出したことを示す多くの証拠がある」と指摘する報告書を発表した。
報告書は、ウイルスが研究所から流出したことを示す状況証拠として、研究所のウイルスに関するデータベースが2019年9月に消去されていたことや、ほぼ同じ時期に研究所近くの病院を訪れる人が急増していたことを指摘した。
その上で、研究所に近い海鮮市場でウイルスが動物を介して人間に感染したのが発生源との説について「完全に否定すべき時期に来た」とし、「ウイルスが2019年9月12日よりも前に研究所から流出したことを示す大量の証拠があると考える」と強調した。
また、研究所でウイルスが遺伝的に操作されたことを示す「十分な証拠がある」とも主張した。
報告書は今後の対応として、ウイルス発生の隠蔽を図った中国の意向に沿う形で「市場起源説」を唱えた米科学者の議会への召喚や、ウイルスの操作や流出に関与したとみられる中国科学院やその関連団体に制裁を科すよう訴えた。
バイデン大統領は5月、国内の情報機関に対し、新型コロナの起源について「研究所流出説」と「市場起源説」の両面から調査し、90日以内に報告するよう求めている。
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この報告書は、連邦議会下院の外交委員会に提出された正式な調査書だから、外交委員会のホームページから誰でも閲覧する事が出来る。表紙の次のページには目次のタイトルには、次のように書かれている。
INTRODUCTION TO ADDENDUM TO THE FINAL REPORT
(最終報告書への追加付録)
その「最終報告書」は、昨年9月21日に、今回と同じマコール議員が、同じく下院外交委員会に提出したもので、今でも外交委員会のホームページから閲覧できる。
「世界規模のパンデミックを引き起こした新型コロナウイルスの起源ー中国共産党と世界保健機構の果たした役割」(THE ORIGINS OF THE COVID-19 GLOBAL PANDEMIC, INCLUDING THE ROLES OF THE CHINESE COMMUNIST PARTY AND THE WORLD HEALTH ORGANIZATION)
と題されたこの最終報告書は、90ページに及ぶ膨大なもので、昨年9月までにマコール議員が繰り返し発表していた様々なウイルスに関する報告書をまとめたものだ。
だから、今月2日に発表された報告書は、少なくとも形式上は、あくまでこの最終報告書の「付録」に過ぎない。
いま「追加文書」が発表された意味
(1)武漢ーパンデミックの震源地
(2)研究所流出の証拠
(3)ウイルス兵器化の証拠
(4)情報隠蔽の証拠
(5)研究所流出がパンデミックの起源だという仮説
という順に論理を展開している。
格別な新情報があるわけではないのに、なぜ追加文書が発表されたのか。その意図を滲ませる一文が、追加文書の冒頭に示されている。
「この報告書で使われている証拠は、出版された学術論文や、中国共産党の公式文書、インタビュー、メール、SNSなど、公開情報に基づいている」
The evidence used to inform this report is based upon open source information and includes published academic work, official PRC publications (both public and confidential), interviews, emails, and social media.
さらに秘密会というシステムがあり、情報機関側が「国益を毀損する」などとして情報提供を拒んだ場合には、出席した議員が委員会外で口外しない事を約束した上で、証言を求める事が出来る。
連邦検察官から国会議員に転出したマコール議員は、下院外交委員会の共和党トップで、国土安全保障委員会にも所属する外交・安全保障のスペシャリストだけに、「公開情報」以外にも、数多くの機密情報に触れる機会がある。
そして、昨年の3月以降ウイルスの起源に関する数多くの報告書をまとめている関係から、マコール議員の元には国防総省傘下のDIA(国防情報局)を中心に、情報機関からの内部情報が相当程度集積されているものと信じられている。
だからこそ、今回の「追加文書」は、アメリカ政府の報告書作成期限である8/24を前に、公開情報を基に分析した体を装いながら、「共和党は武漢ウイルス研究所から流出した事を示す様々な証拠を握っていますよ」「いい加減な報告書をまとめたら、タダじゃ済みませんよ」という、バイデン大統領と情報機関に対する牽制球なのだ。
「報じない」「ごまかす」…ワシントン報道の質の低さ
ところが、前掲の産経新聞の黒瀬ワシントン支局長は、「追加文書の発表」をこう書いた。
「米下院外交委員会のマッコール筆頭理事および同党スタッフは2日、新型コロナウイルスの起源に関し、新型コロナを研究していた中国湖北省武漢市の研究所から流出したことを示す多くの証拠があると指摘する報告書を発表した。」
黒瀬氏が、まるで昨年9月の最終報告書など無かったかのように書くのはなぜか。それは黒瀬氏自身が昨年9月の最終報告書を含む「研究所流出説」をこれまで意図的に黙殺し、報道してこなかったからだ。
黒瀬氏は、昨年の大統領選挙期間を通じて、アメリカの大手メディアも顔負けの「反トランプ」報道に徹した。選挙不正を告発する複数の証拠や資料が出てきているのにもかかわらず、トランプ陣営の選挙不正に関する主張を「根拠なし」と断定した。
昨年4/30にトランプ大統領が研究所流出説に触れた際には、反トランプの姿勢を鮮明にしていたニューヨークタイムズの記事を引用して
「同紙によれば、民主党を支持する一部の情報当局者の間では、トランプ政権が関連情報を中国非難のために政治利用する恐れがあるとして懸念が広がっているという」と書いた。
こうした黒瀬氏のような報道が、研究所流出説を大統領選挙の情報戦に矮小化し、ウイルスの起源を客観的に検証する道を阻んできた。
例えば、ニューヨークタイムズと深い関係のある朝日新聞は、マコール議員の追加文書についてこう伝えた。
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【朝日 大島隆】
新型コロナウイルスの起源をめぐって、米下院外交委員会の共和党トップのマコール議員と同党スタッフが1日、「コロナウイルスを研究していた中国・武漢の研究所から流出したことを示す多くの証拠がある」とする報告書を発表した。
同委の共和党は昨年9月に新型コロナの起源に関する報告書をまとめていた。その後明らかになった情報などを元に新たに作成したという。
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最終報告書が昨年9月にまとめられていた事については、当時は触れなかったくせに、何食わぬ顔をして、アッサリと触れている。
全く触れない黒瀬氏がズルいか。あるいはシレっと触れる朝日新聞大島氏の方がズルいか。
はっきりしているのは、黒瀬氏や大島氏の記事からは、
・ウイルスの起源を巡ってアメリカで何が議論の焦点になっているかも、
・バイデンと情報機関の駆け引きも、
・アメリカ政治のダイナミズムも、
一切伝わってこないという事である。
1966年、東京都生まれ。フリージャーナリスト。
1990年、慶應義塾大学経済学部卒後、TBS入社。以来25年間報道局に所属する。報道カメラマン、臨時プノンペン支局、ロンドン支局、社会部を経て2000年から政治部所属。2013年からワシントン支局長を務める。2016年5月、TBSを退職。
著書に『総理』『暗闘』(ともに幻冬舎)、新著に『中国に侵略されたアメリカ』(ワック、2021年7月下旬発売)。