追い込まれるバイデン大統領

 バイデン大統領の支持率がいくつかの調査で30%台後半の危険水域に入っている。

 もともとはアフガニスタンからの拙速な米軍撤退がもたらしたものだったが、その後、新型コロナウィルス再拡大とワクチン義務化への反発から、トランプ前大統領の平均をもはるかに下回る40%ぎりぎりの低空飛行だった。

 ところがここに来て、アメリカ経済が深刻なインフレ懸念を起こしたことでだめ押しされて、ついに支持率30%台の「レッドゾーン」に突入することになった。選挙前から公約していた最大の目玉政策1兆ドルインフラ投資は実現することが決まったのにもかかわらずである。

 せっかくの大型インフラ投資も、バイデン政権を見限る国民が増える中だったこともあり、選挙前ほど注目されることなく、支持率アップにはほとんど貢献することがなかったということだろう。

 政策に対する関心の低さもそうであるが、同時に、このインフラ投資が大増税とセットとなっていることが効いている。いくらインフラ投資で中長期的に景気が上向いても、少なくとも短期的には増税が景気を冷やすことは間違いないだろう。

 さらには、インフレ懸念の中での大型インフラ投資であるゆえに、共和党は「インフレを悪化させる」と批判戦略を繰り広げている。

 バイデン大統領はまさに四面楚歌の状態にあると言ってよい。
白川司:追い込まれるバイデンの裏でプーチンの高笑い

白川司:追い込まれるバイデンの裏でプーチンの高笑い

追い込まれるバイデン大統領
 アメリカの10月のCPI(消費者物価指数)は前年同月比6.2%のプラスで、「高インフレ」と呼ぶべき状態になっている。日本の10月のCPIが前年同月比0.1%のプラス、生鮮食品とエネルギー価格を除くと0.7%のマイナスで、デフレが続いているのとは対照的だ。

 低インフレ・低金利・低成長という3つの「低」に悩む低体温症の日本からするとアメリカの高体温な経済力はうらやましくもなるが、高インフレが起これば起こったで、苦しむのは庶民である。とくにバイデン政権の支持層には都市の低所得層が大きな存在感を示しており、高インフレは支持率に大きな影響を与えている。

さらなる原油高騰はバイデン政権への致命傷

 バイデン政権として、目下進行中の原油高騰をなんとか抑える必要がある。

 というのは、インフレ懸念の上に、自動車が生活の一部になっているアメリカ人にとって、最も身近なガソリン価格がさらに高騰すれば、政権に壊滅的な打撃を与えかねないからだ。

 そうなれば低所得層だけでなく、中間層の民主党支持者からも見放されることになるだろう。次期大統領選の再出馬のもくろみなど霧散するのは決定的である。

 ただでさえ来年の中間選挙で民主党の敗北が予想されているのに、ガソリン価格の高騰でさらに追い打ちをかけられると、民主党「大惨敗」の可能性も出てくる。

そこでバイデン政権は、日本、インド、中国や韓国などと連携して、冬のあいだ石油備蓄の放出をおこなうことを決定した。

 需要の大きい冬を乗り切れば、なんとかなるとしての算段だろう。
白川司:追い込まれるバイデンの裏でプーチンの高笑い

白川司:追い込まれるバイデンの裏でプーチンの高笑い

米国でこれ以上の原油価格高騰は許されない――
 ただ、今回のエネルギー危機に関しては留意すべき点がある。

 天然ガスや石炭などエネルギー価格の高騰を招いたきっかけは、言うまでもなく、世界がパンデミックを脱して、需要が戻ってきたことにある。その回復速度が予想以上に速く、供給が追いついていない。さらには、人手不足も絡んで流通が目詰まりを起こしていることも深刻な影響を与えている。

 また、中国ではオーストラリア産石炭の輸入を停止していた上に、今年の大規模水害で国内の石炭鉱山がいくつも閉鎖に追い込まれて、石炭不足と石炭の高騰を招いている。

エネルギー危機の仕掛人

 ただし、そういった自然発生的な要因だけでなく、もう1つの人為的要因がある。それがロシアの存在だ。

 ロシアの天然ガス企業ガスプロムは、天然ガスの供給を著しく抑え込んで価格高騰を演出し、エネルギー価格の高騰に拍車を掛けた。

 その主たる目的はドイツへの新設ガスパイプラインであるノルド・ストリーム2の稼働にある。ノルド・ストリーム2はすでに建設を終わっているが、ドイツ議会がロシアの圧力を嫌って、稼働を承認しないのである。

 ロシアからEU圏へのパイプライン網はすでに十分だと考えられるが、それでもロシアがノルド・ストリーム2建設に着手した背景には、ロシアから離反したウクライナが、自国を通過するパイプライン網を人質に、ロシアを揺さぶったことがあるためだ(ウクライナ側がパイプラインから抜き取った疑惑もある)。

 ロシアとしては反ロシア国を迂回した新規パイプラインの建設を望んだわけである。

 また、ドイツ側もパイプライン網で事故が起こったときのリスク回避として建設を望んだ面がある。

 ただし、それはウクライナ危機が起こりドイツとロシアとの関係が悪化する前の決定であって、現在はスタンスが変わっている。

 そこで、ロシアは天然ガスの在庫を極端に減らしてエネルギー危機を演出して、ドイツに圧力をかけて、ノルド・ストリーム2の稼働を認めさせようとしているわけである。

 そうなると、私たちはロシアとドイツの対立に巻き込まれて、現在の原油高騰に見舞われているという面があることも否めないだろう。
白川司:追い込まれるバイデンの裏でプーチンの高笑い

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黒幕⁉

トランプの予言

 この状況を予言していたのがトランプ大統領前だった。

 トランプ大統領(当時)はドイツに対して「NATOでアメリカにまで負担をかけてロシアに対抗しながら、なぜ2つも大型パイプラインを引く必要がある。中止にすべきだ」と警告を繰り返してきた。トランプ氏はノルド・ストリーム2が、のちにEU側に害をもたらすことを予言していたのである。

 そして、トランプ前大統領の予言どおりに、ノルド・ストリーム2がドイツを、そして世界を、エネルギー危機に追い込んでいる。

 ロシア側は、バイデン政権が主導する備蓄の一斉放出に屈するわけにはいかず、OPECプラスの枠組みを使って、原油の大減産で対抗しようとしている。それはOPEC非加盟でありながら、価格競争力の高い原油を産出するロシアのプーチン大統領がすでにOPECの実質的なリーダーであることを示している。

 OPEC各国にしても備蓄放出で原油価格が急落するより、減産してでも高値を維持したほうが利益が高いので、すすんで協力しているわけである。国際政治に強い影響力を与えるプーチン大統領がOPECを先導すれば、その影響力がさらに強まるのことは必至だ。

 ロシアとドイツに端を発する原油高騰をめぐる戦いは、原産国と輸入国の対立になっており、突き詰めるとロシアとアメリカの対立である。アメリカも原油については輸出国になっているのであるが、コスト高で価格競争力ではロシアには及ばない。

 天才的戦略家であるプーチン大統領がエネルギーを使って、世界に影響を与えるという構図は、今後も続くことになる。

 このことは日本にも無関係ではない。エネルギー価格の高騰や不足は、電気料金の高騰や冬の電力不足を招きかねず、なりゆきを注視する必要があるのは言うまでもない。事態は決して「対岸の火事」ではないのだ。
白川 司(しらかわ つかさ)
評論家・翻訳家。幅広いフィールドで活躍し、海外メディアや論文などの情報を駆使した国際情勢の分析に定評がある。また、foomii配信のメルマガ「マスコミに騙されないための国際政治入門」が好評を博している。

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