ナザレンコ・アンドリー:戦争と領土拡大はロシアの「性」

ナザレンコ・アンドリー:戦争と領土拡大はロシアの「性」

全面戦争の狼煙が上がるか――ロシア vs ウクライナ

 ロシアによるウクライナへの大規模侵攻が現実味を浴びている中、英米などが大使館職員やその家族の退避を始めた。南部のクリミア半島や東部のドンバス地方での紛争は8年間も続いているものの、今回の危機とは大きな違いがある。今までロシア政府はロシア軍が直接介入していることを否定し、プーチン大統領自身、何度も「ロシアは当事者ではない」と言っていた。ウクライナ国境を越える際、ロシア兵は徽章を外し、「正体不明の覆面兵士」(リトル・グリーンメンという名前でも知られている)としてウクライナ政府軍と戦っていた。

 もちろん、実際にロシア兵が捕虜に捕られたり、東部の親ロシア派テロ組織がロシアしか持っていない装備を使ったり、そのテロ組織のトップがロシア国籍保有者で元KGB関係者(例:イゴーリ・ギルキン、自称ドネツク人民共和国元最高司令官)だったりと、ロシア軍による介入の揺るぎない証拠はあった。だからこそ、欧米諸国がロシアに対して経済制裁を課していたわけだが、ロシアは最後まで茶番劇を続け、限定戦争やハイブリッド戦争の範囲を超える行動を取ること避けていた。ところが今、ブリンケン米国務長官が指摘したように、その限定戦争が全面戦争になろうとしている。

領土拡張はロシアの止められない「性」(さが)

 しかし、私はロシアを批判してもあまり意味がないと思う。あの国はイソップの寓話「サソリとカエル」に出てくるサソリと同じだと考えているからだ。日本ではどれほど有名な寓話かわからないので、念のため紹介する。

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サソリとカエルが一本の川を前にしています。

サソリ「川を渡りたいので、背中に乗せてくれないか?」
カエル「そんなことをしたら、その針で背中をぶすっと刺すんだろう」
サソリ「いやいや、おまえを刺したら、二人とも川に沈んでしまうだろう」
カエル「なるほど。たしかに」

カエルは背中にサソリを乗せて川を渡ることにしました。
しかし川の中程まで来たときに、背中に鋭い一撃を感じます。

カエル「何でそんなことを? 二人とも川に沈んでしまうのに」
サソリ「それがサソリの性(さが)ってものなんだよ……」
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 古い時代からあらゆる方面に戦争を仕掛け、他民族の領土を奪ってきたおかげでロシアが世界一広い国になったのは周知の事実だろう。これはロシアという国の「性」だと言っても過言ではない。自分自身がいくら犠牲を払うことになるとしても、自国民の命や経済的繁栄より領土拡張の野望を優先してきたし、日本から3000億円の支援を受け取りながら、北方四島に新しい軍事基地をつくったり、そこに日本ではなく、中韓の資本を呼び込む政策を取ったりした恩知らずでもある。今さら「やめて」とお願いしても、イソップの寓話にあるように、サソリに「針で刺さないで」と願うのと一緒。無防備になったら必ず刺されることを理解した上で、無駄な説得ではなく、針を使わせない抑止力に力を入れるべきだった。しかし、西側諸国はそれができなかった。中でも、特に酷いのはドイツだ。
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説得したところで針は使う――それがロシア

弱者を見殺しにするドイツ

 日本ではなぜかEU諸国、特にドイツを人権先進国たる「弱者の味方」として見る傾向が強い。駐日ドイツ大使館もそのイメージを保つことに必死で、SNSなどで死刑やジェンダー問題について偉そうに説教している場面が多く見られる。はっきりいうが、口だけ番長だ。

 ウクライナとロシアの間では圧倒的な戦力の差があり、この8年間で1万4000人以上が実際に戦争で命を落とした。強者による弱者イジメそのものだろう。しかし、こんなことを許さないはずのドイツ政府は、ウクライナへの武器供与を拒否し、さらにエストニアによるウクライナへの武器供与を阻止しようと活発な動きを見せている。

 つまり弱者を守りに来てくれないどころか、弱者が自衛をする権利まで妨害しているのが実態なのだ。「ウクライナ人の命はロシアの天然ガスより軽い」とはっきり本音を言えばいいのに、「対話で平和を実現するのは望ましい」「過去の歴史から学んで武力では何も解決しない」など、自分の裏切り行為を美談にしようとしている。民主主義を積極的に守るために動いている英米もドイツの本性を見抜き始め、先日、ウォール・ストリート・ジャーナルには「ドイツは信頼できる米同盟国ではない」(寄稿:トム・ローガン氏)というタイトルの記事が寄稿された。行動を起こすべき時に平気に弱者を見殺しにするような国に他国の人権を語る資格があるか。私はそう思わない。
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英米までもがドイツに不信感を抱いている

ウクライナ・台湾/同時危機の恐怖

 日本もウクライナ問題に無関係に見えて、実は大きな影響を与えている。ロシアは陸軍の3分の1の兵力をウクライナ国境周辺に集結させているが、多くは極東やシベリアから移動された部隊だ。なぜそれが可能になったのか。日本が北方領土を取り返しに来ないことがわかっているからだ。たとえば、ロシアが西の国境に軍隊を集めるのに合わせて北海道に日米の兵力を集結させ、共同軍事演習を行なえば、それだけでも大きな牽制になるだろう。しかし、日本の政治家にはそれだけの決断力がないし、戦後教育に毒された世論もこうした行動を歓迎しないだろう。

 しかし、日本が米国と共にロシアを牽制できず、ロシアは西側で戦争を起こしたらどうなるか。米英を含めてNATO勢力にとって欧州の前線防衛が最優先の課題になり、中国に対する圧力が弱まるだろう。そうしたら中国が台湾や尖閣を侵攻しても、迅速かつ適切対応ができなくなる可能性が高い。それによって困るのはまた日本だ。

 結局、リベラルが崇拝している不戦主義とやら平和憲法とやらは、実際にはただ力のバランスを崩し、世界平和を脅かしているだけである。核兵器禁止条約を推奨する団体も、持っていた核兵器を全て廃棄したせいで核兵器保有国に侵略されたウクライナについては一切触れないし、誰一人助けに来てくれない。ウクライナの犠牲者は、ロシア軍の犠牲者であると同時に、綺麗ごと信奉者の犠牲者でもある。
ナザレンコ・アンドリー
1995年、ウクライナ東部のハリコフ市生まれ。ハリコフ・ラヂオ・エンジニアリング高等専門学校の「コンピューター・システムとネットワーク・メンテナンス学部」で準学士学位取得。2013年11月~14年2月、首都キエフと出身地のハリコフ市で、「新欧米側学生集団による国民運動に参加。2014年3~7月、家族とともにウクライナ軍をサポートするためのボランティア活動に参加。同年8月に来日。日本語学校を経て、大学で経営学を学ぶ。現在は政治評論家、外交評論家として活躍中。ウクライナ語、ロシア語のほか英語と日本語にも堪能。著書に『自由を守る戦い―日本よ、ウクライナの轍を踏むな!』(明成社)がある。

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