【湯浅 博】世界の嫌われものになった中国が狙う「一点突破」

【湯浅 博】世界の嫌われものになった中国が狙う「一点突破」

 政党も政治家も自らの失政が非難されると、その苦境を打開しようと起死回生の一点突破を狙う。武漢ウイルスを拡散させて、世界の嫌われ者になった中国がそれだ。1989年の天安門事件後のように、北京はいま、主要国から封じ込められているかのような閉塞(へいそく)感の中にある。中国外交トップの楊潔篪(ようけっち)・中央外事弁公室主任と王毅外相は、血眼(ちまなこ)になってアジアとヨーロッパで一転突破の窓口を探している。

 日本でいうと、この「一点突破、全面展開」の窓探し名人は、民主党の菅直人であった。2010年に民主党代表の座を射止めるため「脱・小沢」で一点突破を狙った。小沢一郎代表が政治とカネで非難を浴びれば、間髪をいれずに全面展開である。政権末期に「やめろ」コールを浴びるころには、「脱・原発」を探し当てた。世を挙げて「原発怖し」の大合唱に、ポピュリズムの鼻が蠢(うごめ)いた。ここから一点突破で大震災初動の不手際を吹っ飛ばした。

 どうやら悪性ウイルスで世界を震撼させた中国共産党もまた同じ状況にある。多くの国々が、パンデミック(世界的大流行)禍の到来により、中国に依存するサプライチェーン(供給網)が、いかに危険であるかに気づいたからだ。

 かの国は、東ヨーロッパを中華経済圏の「一帯一路」に取り込み、巨大市場をエサに仏独を引き付けたと思ったはずが、パンデミック禍で旗色が悪くなった。ウイルス発生の事実を隠蔽したことに加えて、ウイグルの人権無視、香港の民主化を弾圧したことなどから米欧との溝は深くなる一方だ。

 これに対して習近平指導部は、孤立回避のターゲットをまずはアジアに絞った。楊潔篪と王毅は手分けして、シンガポール、インドネシア、日本、韓国の首脳部と会談を重ねた。本来なら「桜の咲くころ」に、国賓としての訪日が突破口になるところだが、武漢ウイルス感染の拡大によって頓挫した。

 楊ら2人には、天安門事件後の閉塞感を打ち破った成功体験が頭をよぎったことだろう。当時の先輩たちは、主要国から受けた経済制裁を破る突破口として、日本の「天皇訪中」を狙った。それは見事に的中し、天安門事件から3年後の1992年、天皇陛下が訪中して一転突破に成功し、そこから全面展開で制裁解除に持ち込んだ。
 しかし、いまの日本にある反中ムードは、とても突破できるような状況にはない。日本に変わる次善のターゲットといえば、中国依存度の高い韓国だ。この国とは、2016年に米軍の地上配備型ミサイル迎撃システム(THAAD)の配備を決めて以降、関係は冷え込んだままだった。

 それでも、韓国経済の6割以上が外需頼みであるうえ、中国との貿易量が高止まりしている。北京がこれを利用しない手はない。好都合なことに、文在寅政権は北朝鮮との対話路線が頓挫して、在韓米軍駐留経費の大幅負担増問題では、トランプ米政権との軋(きし)みがひどくなる一方だ。

 楊潔篪は韓国南部の釜山で8月22日、韓国の徐薫・国家安保室長と会談し、感染症が落ち着き次第、習近平国家主席の訪韓で合意した。四時間もの会談で、楊は「韓国は習主席が優先的に訪問する国だ」と歯の浮くような世辞を述べたというから、いかに韓国切り崩しが重要であったかが分かる。

 いまの韓国は、天安門事件後に中国の孤立回避に利用された日本のようだ。激しさを増す米中覇権争いの狭間で、経済は中国に大きく依存して、かつ政局が安定しない。あの時の日本も、国内政局の混乱に乗じて中国の甘い誘いにのせられた。当時、外相であった銭其琛がのちに回顧録『外交十記』で、「日本は最も結束力が弱く、天皇訪中は西側の対中制裁の突破口という側面があった」と描かれたことは不快な記憶だ。

 銭の回顧録に、外務省幹部は中国に裏切られた思いをしたようだが、すでに後の祭り。この時の教訓を踏まえ、2度と中国共産党の権謀術数や手練手管に乗らないことである。習主席の訪韓が実現することになると、文在寅大統領はあのときに先陣を切った日本のような、みじめな世界の裏切り者になる。楊は退任後に『新外交十記』もどきを発刊して、得意げに回顧することになるだろう。

 ただ、菅義偉新首相にはまだ危うさが残る。記者会見で語った対中観は、南シナ海、尖閣諸島、香港問題について「1つひとつ懸案を解決していく」などと食い足りない。アメリカが中国の覇権志向を抑え込もうと動き出したのに、対中認識が甘すぎないか。
湯浅 博(ゆあさ ひろし)
1948年、東京生まれ。中央大学法学部卒業。プリンストン大学Mid-Career Program修了。産経新聞ワシントン支局長、シンガポール支局長を務める。現在、国家基本問題研究所主任研究員。著書に『覇権国家の正体』(海竜社)、『吉田茂の軍事顧問 辰巳栄一』(文藝春秋)など。最新作に『アフターコロナ 日本の宿命 世界を危機に陥れる習近平中国』(ワック)。

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